102 旧王都攻略戦③
俺は空を飛びながら先ほど聞いた話を思い出していた。
「ここはやけに立派な町だがこの国はこれが普通なのか?」
すると何故か男から呆れた顔を向けられてしまった。
どうやらこの町の事は彼らにとって常識的な事の様だ。
「お前は何も知らないのか?この町は少し前までは王都だった町だ。周辺の小国を吸収して国自体も大きくなったから位置を移動させたんだよ。全ては結界石のおかげだがな。」
「どういう事だ?」
「何処の王族も結界石が欲しくてたまらなかったのさ。だからこの国の国王はそれを餌に小国と交渉を進めて国土を奪い取って行ったんだ。小国だと結界石が無いのが普通だからな。」
どうやらこの国の国王は俺達があえて行わなかった事に手を出して国を大きくしたようだ。
俺達の世界でそれをやると色々と問題が大き過ぎるのもあって控えたと言った方が正しいがその付けが今払わされようとしている。
その付けというのは周辺諸国との不和が当てはまるだろう。
もしかすると、エルフの国が動いた事を知った他の国も動き出すかもしれない。
そう考えていると男は城の事も話し始めた。
「そして、現在あの町は敵を撃退するための砦にも使用されている。だからあの町には罠も大量にあるって事だ。」
しかし、それは普通に考えればおかしな話だ。
ここは国の中央も近く、東の海まで他国は存在しない。
いったい何処に敵がいるというのだろうか?
すると男は俺の顔を見て苦笑を浮かべる。
「その顔は敵が誰か分からないって感じだな。いるだろ敵が。」
そう言って彼は自分を指差して笑みを深めた。
どうやら国王の仮想敵はこの国の国民その物だった様だ。
たしかにこんな事をしでかせば反乱が起きるのは分かり切っている。
子供たちはそういう時の人質でもあったと言う事か。
「そういう事か。この国の国王は本当に腐ってるな。」
「ああ、噂では結界石の制作者も殺そうとしたらしい。異常としか言いようがないな。昔はあそこまで欲深くはなかったらしいが今は欲の塊の様な奴だ。情報では今の子供たちを育成して他国に侵略戦争を起こそうと画策しているらしい。だから、平和の為にもこの計画だけは潰しておかなければならない。」
恐らくこのまま放置すれば国内で反乱の嵐が巻き起こるだろう。
そうしなければ今回助けても再び連れ戻されるのがおちだ。
それに、それをしなかった場合は見せしめに何人の人間が殺されるかは見当も付かない。
ここでの戦闘はあくまでも始まりに過ぎないのだろ。
ライラは人々の笑顔と平和のために結界石を作ったというのに酷い話だ。
そして俺は城の中庭に到着すると後ろへ振り向いた。
するとそこには天歩で俺の後を追って来たホロが俺に笑顔を向けて来る。
別に待っていろとは言わなかったが追って来るのは想定外だった。
(これも強制力か。それなら何を言っても無駄だろうな。)
「俺から離れるなよ。」
「うん。」
俺は仕方なくホロに同行の許可を出し、連れていく事にした。
直感は連れて行くなと告げているが城の構造をマップで見て、もしかしたらここが夢の場所であるかもしれないと考えたからだ。
そして、あの時のホロは何故か普通の犬に変わってしまっていた。
その理由が分からない以上、どこに居ても危険である事に変わりはないだろう。
そして、俺達は二人で城の中に入って行った。
目的地は一階の大広間だ。
そこに何があるのかは分かっていて、気は進まないが行くしかない。
そして、到着すると俺は扉を開けて中に入った。
ホロも先ほどの俺が出した指示通りにピッタリと付いて来ている。
そして中に入るとそこには5人の兵士が待ち構えていた。
「お、お前たちが反乱軍か!?」
あれを反乱軍と呼んで良いかは微妙だが俺達はただの旅人だ。
ただ、俺にとって彼らは味方ではなく敵の敵なだけだ。
そうなると答えは一つしかないだろう。
「俺は反乱軍ではないがお前たちの敵ではある。もし、言う事を聞くなら投降は認めよう。その場合、お前たちが捕らえた者達と同じ扱いをすると約束する。」
すると彼らの一人がまるで狂った様に叫び始めた。
「い、嫌だーーー。死にたくない。あんな殺され方をするくらいなら今ここで死を選ぶ。」
どうやらこの国の捕虜の扱いは想像以上に酷いらしい。
少しカマをかけるだけのつもりだったがまさかここまで反応が酷いとは思わなかった。
これは捕らえられている人がいても生きているか微妙な所だな。
すると今度は別な男が突然走り出して壁に手を着いた。
(あれが仕掛けの起動場所か。)
しかし、俺達には空中を足場にする事が可能だ。
この部屋の床が彼らの立っている場所を除き落とし穴になっているのは分かっていたが無駄な事である。
そして俺は念のためにホロに視線を向けた。
するとそこには犬であるコーギーの姿で二本脚で立つホロの姿がある。
(え、なんでこのタイミングで犬の姿になるんだ?)
しかし、次の瞬間、足場が無くなり俺はその場に踏み止まった。
だが、ホロはスキルを使わず、そのまま暗い穴の中へと落ちて行ってしまう。
それを見て反射的に上えのベクトルを下に向けた。
そして即座にホロに追いつくとその体を優しく抱き留め上に視線を向ける。
するとそこには何層もの壁が閉じて行くのが目についた。
「仕方ない。一度下まで降りて行くか。」
そして俺は魔法で明かりを作り下へと向かって行った。
すると下まで降りて部屋に到着すると、そこには夢とは違い硬い地面が存在している。
今のところ水は無いが警戒をしておいても良いだろう。
側面にも壁があるだけで穴の様な物は見た目だけなら見当たらない。
ただ、マップには一つだけ小さな穴が存在していた。
ホロは通れそうなのでおそらくはここがホロが流される穴になるのだろう。
俺は広さ10メートル程の部屋を確認すると手に抱くホロに視線を移した。
ホロは俺に顔を向けると無言で首を傾げる。
しかし、俺の目はその首元へと向けられていた。
そこには黒く、蛇の鱗の様な模様が巻き付いている。
「これは何だ?」
そう思って手で触れて鑑定すると呪いだと分かった。
しかし呪いが強力で鑑定のレベルが足りていないのでそれ以上は分からない。
(スピカ、鑑定のレベルを10に上げてくれ。)
『分かりました。スキルポイントを使用してレベルを10に上昇させます。』
これでレベル5だった鑑定が最大まで上昇した。
そして再び鑑定するとその効果が明らかになった。
大蛇の呪い(スキル封印)
「大蛇の呪い・・・。あの蛇野郎の仕業か。これはお礼として美味しく喰いつくしてやらないと気が済まないな。」
すると俺の言葉にホロは再び首を傾げて返した。
スキルが封印されているために俺の言葉が分からないのかもしれない。
最初に話した時に言語スキルを習得して話していると言っていたからな。
(その仕草は可愛いが今は自重だ・・・。まあ、1枚くらいは良いかな。)
俺は密かにステータスの携帯機能でシャッターを連射してその可愛らしい表情を保存しておく。
(フ~。この画が取れただけであの大蛇への怒りが消えた気がするぜ。)
すると突然何処からともなく声が聞こえて来た。
どうやら上からここに繋がる穴がどこかにある様だ。
「ははは、掛ったなー!」
(何かライラも最初に会った時に同じこと言ってたな。この世界で罠にハメた奴はみんな言う事にでもなってんのか?)
「それは分かってるから早く先を言え。今は忙しいんだ。」
「グゥ・・・。そんな事言って強がってられるのも今の内だ。たった今、次の仕掛けを起動させた。お前たちはそのまま溺れ死ね。」
どうやら、夢ではこの後から見た様だ。
これで夢と現実の全てが繋がったな。
すると声の通り周囲から大量の水が染み出して来る。
この水は近くの水脈から流れて来ている様だ。
通常は塞き止めているようだが仕掛けを動かすと水が流れ込む仕組みになっているのだろう。
こんなに深い落とし穴を作るのもそうだがこんな大掛かりな仕掛けを作るとはご苦労な事だ。
なら、あの穴は何処に繋がっているかは分からないがこの部屋に溜まった水を出す為の排出口か。
死体を確認するために人よりも小さく作ってあると言う事だな。
ホロは犬の姿なので人の規格には当て嵌まらずに吸い込まれたと考えるのが妥当だろう。
そして部屋の水嵩が高まり、俺の胸まで来た。
するとホロの首の模様が蠢きその首を絞め始める。
それに驚いたホロは咄嗟に暴れて俺の手から抜け出してしまった。
そして水に落ちて溺れている所に排水口が開きホロは俺が抱え直す暇もなく吸い込まれてしまった。
その瞬間、俺の中に焦燥と絶望が湧き起こ・・・らない。
俺が見た夢はここまでだ。
すなわちこの後の結果はまだ決まっていない。
メノウは言っていたが過程を変える事は出来ないが結果は変えられる。
なら、ここからの結果は変える事が出来るはずだ。
だが時間はない。
スキルがある状態のホロならしばらくの間は耐えられる。
しかし、レベルは高いが犬の状態のホロが耐えられる時間は1分以下のはずだ。
「スピカ、忍術を習得してくれ。」
『分かりましたスキルポイントを使い忍術を習得します。』
『続いてスキルポイントを使いレベルを10へと上昇させます。』
「次に精霊王の寵愛を通して彼らに力を借りられるか?」
『可能です。精霊王たちの力を感知。忍術に特殊スキルが派生しました。』
『遁術を習得。それと同時に火門、土門、風門、水門が使用可能になりました。』
『スキルポイントを使用し遁術のスキルレベルを10に上昇させます。』
俺は即座に遁術についての説明を確認する。
遁術とはすなわち移動術である様だ。
精霊たちの様な瞬間移動ではなく、4つの属性そのモノになって移動をする。
すなわち、今の俺にはあの石の壁も関係なく通り抜ける事が出来る。
今回は水がホロの元まで続いている。
そのため俺は水門を開き水となってホロを追い掛けた。
(何だか何処までも溶けて行きそうな感覚に襲われるな。)
『そのまま広がると消えてしまいます。注意してください。』
そんな注意がスピカからもたらされたので俺は急いで意識を集中させる。
すると体の感覚が定まり溶けて行く感覚が無くなって行った。
(便利なスキルだけどそれと同時に危険でもあるな。使い所は注意した方が良さそうだ。)
そして、しばらく進んでいると前方にホロの背中、と言うかお尻が見えて来た。
俺はホロを包むように抱えるとその顔に魔法で風を生み空気を発生させる。
するとホロは「ケホッ、ケホッ」と咳はするが水は殆ど飲んでいないようだ。
俺はホッとしてそのまま流されるままに進むと5分ほどで外へと辿り着いた。
ここまでの時間を考えると今のホロなら俺が追いつかなければ確実に息が止まっていただろう。
助かったとしてもかなり危険な状態だったと考えられる。
俺は遁術を解き人に戻るとホロに回復魔法を掛けながらその体を乾かしていく。
通常、完全に濡れた中型犬を乾かそうとすれば1時間以上はかかるが魔法なら3分程度で終わる。
まさにアニマルトリマーさんに教えてあげたい魔法の1つだ。
これを覚えるだけで仕事の効率が一気に数倍まで上がるだろう。
さて、体は乾いたがこの呪いをどうするかが問題だ。
既に白魔法による解呪は試してみたが思いのほか強力で俺の魔法が弾かれてしまった。
このままではいつまたこの呪いがホロの首を絞め始めるか分からない。
しかも今後の事を考えれば俺自身にも強力な技が必要だ。
それは以前からゲンさん達を見て感じていた事だが今日の事で確信を持った。
簡単に家ば、彼らは魔力を技として効率よく、効果的に使用している。
そのため俺よりも低い能力で俺の何倍もの結果を生み出していた。
しかし、あれは彼らの長い努力の結晶なので妬ましいとは思わない。
彼らはあの力を得るために血の滲む様な努力をして来た筈なのだから。
そして、俺は1つの決断を下す事にした。
あまり褒められた方法ではないがスピカに言ってスキルを取得する。
(イミテーションを習得してくれ。)
『分かりました。イミテーション(模倣)を取得しました。』
『スキルポイントを使用しイミテーションをレベル10まで上昇させます。』
イミテーションは模倣とも言われ一度でも見た技を真似する事の出来るスキルだ。
しかし、あくまでも真似なので本物に比べると確実に劣る。
俺はこれで以前見た月読を模倣してみる事にした。
しかし、この技は以前に聞いた所では成功しなければ相手を傷つけるらしい。
その為、やはり試し切りが必要だろう。
当然、対象はホロではなくこの俺だ。
成功しなければ試し切りをしたところが切れるだけなので問題はない。
俺は耐性と回復のスキルを全てオフにして腕を掠める様に月読を放つ。
すると刃は光を放ち俺の手を通過していく。
しかし、やはり腕は切れており、そこから血が流れ出した。
「これじゃあダメだな。この呪いは首に巻き付いてる。失敗するとホロの首が落ちる事になるな。」
どうやら、俺がこの技を放つためには何かが足りないようだ。
俺は恥も外聞も捨ててアスカに連絡を入れた。
「ユウさん。どうかしましたか?」
「ツクヨミを成功させるコツって何かあるか?」
俺は素直にアスカに聞いてみる事にした。
サツキさんに聞くと後が怖いしゲンさんには少し聞き辛い。
その結果、消去法でアスカとなった訳だ。
「コツと言うか覚悟ですかね。あれの練習は自分の体を傷つけながら行いますから。最初は薄皮から初めて少しずつ刃を深く切りつけて行きます。最後は自分の首を切りつけて無傷なら成功です。私は習得に10年かかりましたけど・・・。って聞いてますか。もしもーし。」
ふむ、やっぱりあの家は普通じゃないな。
俺は電話を切りながらそう思った。
しかし、他人に放つならそれ位の覚悟が出来て初めて成功すると言う事だ。
(う~む。余裕そうだな。)
俺はホロと向かい合ってテイムのスキルを通じてホロに俺の考えを伝える。
するとホロは頷くと俺の肩に手を掛けた。
どうやら、スキルは封印されているが繋がりが切れた訳ではなさそうだ。
そしてこの態勢なら俺の首元と同じ位置にホロの首が来る。
俺は剣を構えるとホロに声を掛けた。
「怖くは無いか?」
「ク~ン。」
するとホロは目を瞑りコクリと顎を引く。
俺はそれを見て自分の首に向けてツクヨミを放った。
すると僅かに剣が首を通過する感覚が伝わってくる。
そして剣は俺の首を通り抜けると次にホロの首も通り過ぎた。
ここで失敗していれば二人そろって首が地面に落ちるだろう。
しかし、いくら待っても俺達の首が地面に落ちる様子はない。
そしてホロに視線を向けると首に付いていた鱗模様は綺麗に消え去っていた。
どうやら成功したようで俺はホロを地面に下ろすと首元を確認してみる。
すると僅かに切れたのか手に血が付いていた。
どうやら初めての成功はかなりギリギリだった様だ。
しかしホロには傷は無く、毛が切れてプードルみたいな姿にもなっていない。
やっぱりホロの方を後にしておいて正解だったな。
『イミテーション(模倣)がフル・イミテーション(完全模倣)へと進化しました。』
これで次からは完全なツクヨミが放てそうだ。
そう思って立ち上がると俺に向かってホロが全力で抱き付いて来た。
「ユウ、あんまり無茶はしないで!」
そう言って顔を埋めて泣いているので俺はその頭を優しく撫でる。
今回は今までで一番命を懸けた気がする。
出来れば二度とない様にはしたいが今後も俺の仲間や家族に危険が迫れば躊躇う事無く命を懸けるだろう。
俺にとって身近な人とはそう言うものだ。
俺自身もこの考えが少し普通ではない気はするが大事な者を見殺しにするくらいなら俺は全力で命を懸ける事を選ぶ。
なので俺はホロの言葉には頷かずに誤魔化すように頭を撫でるに留めている。
それにスキルをオフにしていたので気付かなかったが俺の後ろには現在、ゲンさんとサツキさんが居る。
どうやら先程の事をバッチリ見られていたようだ。
(迂闊だった。この感動的な場面を見て何処かに行ってくれないだろうか。)
しかし、そんな希望は二人からの言葉に木っ端微塵に砕かれた。
「見ておったぞユウ。この短期間でよくツクヨミを物にした。」
「最初は成功するか不安だったけど一番難しいその技が出来れば安心ね。明日・・・いえ。鉄は熱い内から撃てというわよね。ここを制圧したらすぐに訓練に入るわよ。運転はアキトにでもさせておきましょう。」
(サツキさん。そこは撃てではなく打てです。どんだけ攻撃的なんですか。)
しかし、そうなると地獄の訓練により俺が死んでしまう。
俺は僅かな希望に縋る様に種明かしをする事にした。
ただし能力をある程度隠してである。
「あの、今のは模倣のスキルのおかげで偶然と言いますか何と言いますか。」
「なーに気にするな。技の伝授とは模倣する事から始まるのだ。そんなスキルがあるならアキトにも取らせるか。」
「それが良いわね。それならもっと厳しくしても覚えは早そうね。」
はい、逆効果でした。
修行が更に厳しくなるそうです。
こうなればアキトを巻き込むしかない。
苦しい修行も1人よりも2人の方が楽になる。
それが仲間というものだ。
俺はアキトを道連れにする事を決意しホロが泣き止むまでその頭を撫で続けた。
それにスキルは進化しているので俺の修行の方が早く終わるだろう。




