第八話:ごめんなさい
いつもと変わらず目を覚ます。
今日も変わらず起きることができた。
昨日はひどい目に遭ったのに。
しかし、生き延びた幸運を喜ぶべきか、
スイーツパクられた事態に憤慨するべきか、
少女のイタズラを微笑ましく思うべきか。
一晩経つと、逆に色々考えてしまうものだな。
昨日はあれほど怒りに満ちていたのにな。
悩んでも、時間は容赦なく進むわけで。
仕方がないので、出勤の準備をする。
いつものコンビニで朝食を確保して、
いつもの公園で朝食をとって、
いつもの時間に出社する。
ようこそ、いつも通りの日常。
素晴らしいじゃないか。
意味不明な電話もかかってこないし、
逆無言電話なんて真似しなくて済むし、
少女に背後をとられたりもしない。
しかし、なんだろうな?
何度もスマホに着信がないか確認するのは、なんなんだろうな?
まあ、取引先から電話があるかもしれないから、着信あるか確認するのは間違ってないな。うん、きっとそうだ。
そんなことばかり考えていたせいか、目の前に取引相手がいるのに、集中しきれなかったようだ。
体調が悪いのかい?
と心配されてしまった。
こんな時は、トイレを理由にすると大抵相手は許してくれる。
「すみません。朝から腹の虫の機嫌が悪いみたいで……」
ジョークを交えて愛想笑い。腹を押さえてトイレへ。
個室に入って時間を適度に潰して、一応流して一応手を洗って。ふぅ、少し落ち着いた。
後は無難に取引先を回って、本日の業務はこれにて終了。
後は帰るだけさヒャッハー。
いつも通りの寂しくてつまらない安アパートへゴーヘブン。
……無理やりテンション上げてもキモいだけだな。うん、やめよう。
……うん? 着信?
定時過ぎても取引先から電話があることは別に珍しくないが……。
m(_ _)m
……はぁっ? えっ? 顔文字ってことは……
『もしもし、わたし、メリーさん』
うん? また沈んだ声だな?
(くーん、くーん)
(わふっ、わふっ、へっへっへっ)
(あん、あん)
『今、たくさんの犬に集られているの……』
うん、今度は犬の声も聞こえるな。
いやむしろ、犬の声聞こえないと状況が分からんか。
『謝るから、助けてほしいの……ごめんなさいなの……』
うん、どこにいるんだ? メリーさん? 目の前にいれば、話は別なんだがな。
(あん、あん)
(うるるる……)
(がふっ、がるるる)
(きゃわわわん、きゃん、きゃん)
『制御不能なの……お願いだから、助けてほしいの……』
そういわれてもな。
犬連れてここまで来れば考えてもいいぞ?
(はいはい、あなたたち、ハウスよ。メリーさんが困ってるじゃないの)
『ママさん……助かったの……』
(はいはい、メリーさん。よーしよし)
おお、西のマダムは最強だな。
相関図的に、
西のマダム>越えられない壁>犬共>>越えられない壁>>メリーさん>>>俺
ってか?
俺なら、西のマダムに間違いなく勝てるぜ? マダムが顧客なら立場逆転だけどな。
『……また、電話するの……』
がちゃ、つー、つー、つー。
はいはい、メリーさん。またな。
……またな、か……。
「ははっ、なんだよ? またなって、なんだよ?」
俺は、メリーさんに、また遭いたいってのか? 吐くほどの恐怖を、また味わいたいってのか……?
・俺:主人公。男性。
……備考:職業・会社員。
一日に何度も着信がないか確認してる。電話を、待ってる……?
・メリーさん:現代の怪異そのもの、のはず。数ある都市伝説の中でも、強力な存在。……たぶん。女性(推定)
……備考:犬には勝てない。マダムにはもっと勝てない。
・犬共:マダムの家族。たくさんいる。
……備考:序列がしっかりしているから、新入りの教育に熱心に取り組んでいる。
おやつくれ? 散歩連れてけ?
・西のマダム:西の高級住宅街に住むお金持ち。女性。
……備考:最強。誰も勝てない。勝ってはいけない。彼女を前にした時、全ての男は頭を垂れるのみ。