第七話:背後
会社に帰還してミーティング。
今日の成果と明日の予定を報告し合う。
成績優秀なヤツもいれば、俺みたいに底辺で燻っているのもいる。
とはいえ、優秀だからって売り上げを見ると平均と変わらんヤツもいるし、底辺だからって俺みたいにアホほど売り上げに貢献してるヤツもいる。
今日も、件数だけ見れば底辺だが、金額で見れば俺だけダントツだった。
……おいぃ……。大丈夫か? この会社?
俺、先輩から引き継いだ得意先回ってるだけだぞ? それに負ける他の連中って、なんなん? お前らも先輩から引き継いだ得意先あるだろうが?
そうは思っても、事実はネジ曲がらないわけで。
何でお前だけ?
そんな目で見られることもしばしば。
成績、月単位で見ると一定なんだけどな。
新規の顧客を求めての冒険も、件数増やすための無理な値引きもしてない。新商品だからって、相手にとって不要なものを売り付けようともしない。
毎日、同じ会社に同じくらいの時間にお邪魔して、雑談してお茶もらったりして、毎月一定の商談するだけだ。
値段は応相談だけどな。
何かあるとすれば……ああ、そうだ。
お邪魔した先の従業員全員の顔と名前を一致させてるくらいだな。それだって、別に特別なことじゃない。
雑談してれば、自然と紹介されたりするし、よその会社のこと聞かれたら、話してもいい情報を選んで話題にするくらいだ。
全然特別なことじゃないだろ?
同僚に問えば、変な顔してたっけ。
まあ、なんにせよ、本日の業務はこれにて終了。
メリーさんにも会えなかったし、適当に晩飯買って帰るか。
「ありがとうございましたー」
やる気に欠ける学生バイトの姉ちゃんの声を背に、近所のスーパーから三割引の弁当と惣菜とサラダ他を購入。
うーむ。三食作ってくれる相手がいれば、とは思うが、養ってやれるほど稼ぎも多くはないんだよな。
その相手が女性なら、当然責任を持たなきゃならんし。
その相手が男性なら、当然給金を用意しなきゃならんし。
はあ、どこかに、尽くしてくれる美少女とかいないものかね?
……っと、スマホに着信。このタイミングだと、まず間違いなく……
(・_・)
……強烈な、違和感。
なんだ? この違和感は?
いつもの顔文字のはずなのに、表情がないだけでこうも違うのか?
途切れない着信音に、我に返る。そして、
『電話を取らないと、即アウト』
ということを思い出して、電話を受ける……その前に、深呼吸を一つ。片手は口へ。
呼吸音を聞かれてはならない。
何故か強くそう思った。
何度目かのコール。制限時間はいかほどか? 震える指で、電話を受ける。
ーーーぶつっ。
『もしもし、わたし、メリーさん』
スピーカーのスイッチを入れたような音のあと、いつもの声でいつもの台詞が聞こえてくる。……ただし、人形のような、感情のこもらない声で。
ーーーぶわっ。
全身の毛穴が開くような感覚。心臓が早鐘を打ち、汗が吹き出してくる。
ーーー呼吸音すら、聞かれてはならない。
歯軋りの音を立てないように、強く歯を食いしばり、鼻で、乱れた呼吸をなんとか維持する。
気を抜けば、全身の震えと乱れた呼吸から、わずかな音が漏れてしまいそうになる。
『今、おまえの背後をとったの』
その言葉とともに、全身に圧し掛かってくるような圧迫感と、心臓を直接握りしめられるような恐怖。
ーーー俺の後ろに、今、何かがいる。
それは、日中、
朝食の話をしたり、
犬に追いかけられたり、
高級ランチをいただいて戸惑ったりしていた、
愛らしい少女ではなく、
数ある都市伝説の中でも、
屈指の致死率を誇る、
正真正銘の、
怪異のもたらす恐怖だった。
ガタガタと震える体。
しかし、頭はどこか冷静に、終わりの寂しさを感じていた。
そうか、これで、終わりなのか。
楽しかったか? メリーさん?
怪異に見入られたものは、全力で逃げようが、無駄なこと。
諦めて、逆に声をかけようかと思った時。
『さあ、おまえの罪を数えるの♪』
……はい? いやいや、メリーさん? なに言ってんのきみ?
つい、ツッコミそうになり、全身を押さえつける圧力が消えていることに、気付いた。
そして、緊張状態から解放された体は、過呼吸ぎみになっていた体は、咳き込む、というよりは、嘔吐する勢いで、息を吐き出そうとする。が、気合いで、最小限の音に押さえることになんとか成功する。
ここで大きな息で大きな音を立てていたら、アウトだったろう。
ゆっくり、静かに鼻で深呼吸をして、心を落ち着かせる。
『ちぇ。引っ掛からなかったの』
ずいぶん肝を冷やす『イタズラ』じゃないか、メリーさん? オイタをする悪い子はお仕置きだぜ?
気が付けば、わずかの間にいくつもの罠を仕掛けてきていた。
・後ろに立たれたらアウト
・振り向いたらアウト
・通話中に、返事をしたらアウト
・電話に出ないと即アウト
あれ? メリーさんの即死攻撃発動条件、ほとんどをぶち込んできてないか?
冷静に考えると、かなり危険な状態だったのが分かる。
しかし、乗り切ったというか、見逃してくれた……?
『また電話するの』
がちゃ、つー、つー、つー。
「……がはぁっ!? はぁっ、はぁっ、はぁっ。……ふぅ……」
今度こそ、息ではないものを、口から吐き出し、買い物袋も落とし、その場に手と膝をついた。
胃の中のもの……は、何もなく、ただ胃液だけが吐き出される。
「おぇっ、げほっ、……くそ、今度あったら、……いや、俺が背後を取ったら、絶対にお仕置きしてやる……」
やがて震えも収まり、帰るか、となった時。
「……おのれ……メリーさんめ……この恨みは必ず返すぞ……」
買い物袋の中を確認したところ、アホみたいに高いプレミアムなスイーツが消え失せていた。
定価の弁当一個より高いんだぞアレは!!
怪異がなんだ! 食い物の恨みは恐ろしいんだぞ!!
次に遭遇したら、必ずや背後を取り、必ずやキツいお仕置きをしてやる!!
あーーーーーーーーーー!!
マジで叫んだら近所迷惑なので、心の中で叫ぶにとどめた。
(また電話するの)
つまり、また会う機会があるってことだった。
人物紹介
・俺:主人公。男性。
……備考:職業・会社員。彼女や恋人よりは、家政婦さん辺りに世話してもらいたい。
メリーさん許すまじ。食い物の恨みは恐ろしい。
・メリーさん:現代の怪異そのもの。数ある都市伝説の中でも、強力な存在。女性(推定)
……備考:イタズラが成功してご満悦。
様変わりしていく現代社会を満喫している。