第六十八話: 幸せのかたち
『もしもし、私、メリーさん』
「なんですか? マダム? 今ちょっと大事な会議中でして、おちゃめさんならあとにしてもらえますか?」
『もう、少しくらいいいではないですかっ。テレビを着けてくださいな。国会中継をよーく見ていてください』
「国会中継……? あ、ちょっとマダム?」
がちゃ、つー、つー、つー。
「切ったよあの人……。なんだよもう」
気がつけば、その場にいた全員の視線が集まっていた。
桜井さん……美咲さん、雫嬢、双葉嬢、碓氷さん、朧。あと、メリーさんと姉貴も。
アパートの一室に全員集まるのは初めてのことだった。
だいたいは、外で合流してたからな。
普段は姉貴と二人で暮らしている部屋なので、俺含めて8人も居るとさすがに狭い。
けれど、これからのことを話し合うには、誰一人欠けてはいけないと思い、全員のスケジュールを合わせて集まった矢先に、マダムから電話がきたのだった。
「あの、電話、どうしました?」
「ああ、美咲さん。なんか、西のマダムがテレビ着けろって。国会中継を見てほしいそうだけど……」
全員が戸惑う中、姉貴だけはマイペースにテレビを着けていた。で、国会中継やってるチャンネルに変えると……。
『賛成多数。よって、本法案は可決されました。ただいまをもって、即時施行されます』
……ん? なんか、法律が、可決した?
よく分からないままでいると、またマダムから電話が。
『もしもし、私、メリーさん』
それはもういいから。
『テレビ、見てもらえました? 法律変えちゃいました。えへ♪』
ちょっと待ってください。今なんと?
『私、頑張りました。孝緒さん、ちゃーんと幸せになるんですよ?』
がちゃ、つー、つー、つー。
マダムの電話が切れたあとも、テレビでは今通過した法案のことで大騒ぎになっている。
記者会見が開かれる中、記者が声を荒らげて野次のような質問を飛ばす。
どういう法案なのか、なぜこんな法案なのか、どうやって野党と歩調を合わせたのかなど。
それらの質問を、総理大臣が一つ一つ答えている。
曰く、裕福な男性は複数の女性と結婚してもいい。その場合は、少子化対策として子どもをもうけることを努力義務とする。
曰く、複数の伴侶を持てるのが男性に限定するのは、誰の子どもか明確にするためである。
曰く、それだけ少子化を危惧しているということである。
同性カップル? 今回の法案とは無関係である。
などなど、記者たちからの質問に淀みなく答えている。
……しかし、その目はぐるぐると回っていて、とても正気とは思えなかった。
しかし、記者たちはそれに気づいた様子はない。
「…………えっ? これ、まじです?」
一番最初に口を開いたのは、朧だった。
戸惑っている様子がよく分かる。
「しかも、今日からって……」
碓氷さんもまた、戸惑いを隠せていない。
しかし、どこか嬉しそうに見えるのだが。
「式場の予約とか、今からできるのかな?」
双葉嬢は、戸惑いながらもすでに乗り気だ。
「それよりは、ドレスが間に合わないわ。レンタルじゃなくて、オーダーメイドで作りたいから」
まあ、ドレスも大事なことだよな。
……指輪もだけど、あまり高いのは無理よ? 俺の貯金も限界あるしさ。
「待って、みんな。まずは、孝緒さんが受け入れてくれるかが大事じゃない?」
美咲さんは、冷静に……振る舞っているようで、混乱の極致か?
いやね? どっちかといいますと、複数の妻を持つことをみんなが受け入れてくれるかの方が大事だと思うのですがね?
……大丈夫?
「…………俺としては、誰一人手放したくない。みんなそばにいてほしい。……という話になるんだけれど、大丈夫?」
内心ビクビクしながら見渡せば、それぞれが、それぞれの言葉で受け入れると伝えてくれた。
……マジで?
本来なら、ここで一人一人にちゃんとプロポーズするべきなんだろうけど、なにしろ急なことで、なんも用意できてない。
籍を入れるにしても、役所の方で受け入れ体制が整ってないとさ。
それに、せめて、指輪くらいはね?
そんなわけで、懸念事項が解消されたってことで、ひとまず解散。
色々決めなきゃならないことがあるけれど、それは追々ってことで。
車で送っていくことにして、遠い順に、隣町の碓氷さん……幸恵さんから送り届ける。
車から降りた幸恵さんは、なにやら恥ずかしそうに、もどかしそうにうつむいて、その場に立ち尽くしている。
……なにかを、求めてる?
恋愛経験値の少ない俺は、幸恵さんが求めるなにかを察するのに数秒かかり、理解したところで車を降りて、
「まだ日は高いけど、今日のところはこれでさよならだから……。おやすみの、ね」
あごに指を添えてそっと上を向かせて、唇を重ねる。
呼吸3回分くらいは時間をかけて、ゆっくりと気持ちを伝える。
顔が離れれば、俺よりも慣れていないであろう幸恵さんは、陸に上がった魚みたいに口をパクパクさせて言葉も出ない様子。
足元ふらふらで危ないので、ちゃんと家に入るまで寄り添ってから、車に戻る。
「さて、次は雫嬢だな」
車を運転しながらも女性陣から視線が集まっているのは分かっていたので、素直な気持ちを伝える。
「ここで言うのもなんだけど、全員平等に愛することを誓うよ。幸恵さんにもあとでちゃんと伝えるとして、雫嬢や双葉嬢も、他人行儀じゃなくてちゃんとするからさ」
「扱いが平等であることよりも、それぞれにきちんと向き合ってくれた方が、私は嬉しいわ。二人だけの時間を平等にとか、物理的に無理だもの。平等にしようと意識し過ぎて、他が蔑ろになってはダメよ?」
ルームミラーで少しだけ雫嬢……雫の表情を見てみれば、実に真剣で。
だからこそ、たまにはわがままを言えるように取り計らってやらないとなあと気をひきしめるのだった。
※※※
※※
※
「…………で? マダム、話とは?」
草木も眠る丑三つ時。
日付が変わる前、マダムから急な呼び出しを受けた俺は、街の富豪がよく住んでいる西区の西野邸を訪れていた。
誰も彼もが寝静まり、星すら姿を隠した闇夜の別邸。
そこで、燭台に灯されたろうそくの明かりを頼りに、闇の中でなお高級だと一目で分かるソファに静かに座っているマダムのそばに寄り、問う。
「夜更けに悪いわね。まずは、座ってくださいな?」
いつもどおりの微笑みと共に促されるので、一礼してから対面に座る。
「まずは……。これから、どうするの?」
「どうもこうもないですよ。あまりに急なもんで、俺もみんなも戸惑ってます。落ち着いたら、全員で過ごしたいと思ってますけれども」
よろしい。と満足げなマダム。
俺には、なにがなんだかさっぱりだよ。
「あなたのいう全員で過ごしていれば、そのうちに子どももできることでしょう。そうなれば、なにかと入り用になるでしょうね」
「申し訳ないが、マダム。自分だけ分かるように言わず、俺にも分かりやすく言ってもらえます?」
日付の変わった深夜で、頭が上手く回らない。
態度も、礼を尽くすべき相手にするようなものではなくなってしまっている。
回りくどい言い回しのマダムに、なんだかこう、妙に、イラついてしまっている。
「では、単刀直入に言いましょう。孝緒さん、私のげぼ……ゲホンっ。眷属になりなさい」
……下僕? 今、下僕って言おうとしたよね?
「私の力の影響下に入り、目となり耳となって、私の助けになりなさい」
じとーっとマダムを見つめる。
「……ん、コホン。そうすれば、お金には困らない生活をさせてあげます」
じとーっと、マダムを見つめる。
「……んもう。孝緒さん、そんなに見つめても、私はあなたのものにはなりませんよ? あなたが、私のものになるのです。時々お仕事をお願いします。そうしたら、十分なお礼をするって話ですよ?」
じとーっと、マダムを見つめる。
……ちょっと見下すような冷たい目をしてみたら、マダムは自分の体を抱き締めるようにしてブルリと震えた。
「……はぅ……。その目……なんだかゾクゾクしちゃう……」
……なんだかこのままでは話が進まないようなので、不躾な視線の非礼を丁寧に詫びて頭を下げる。
ついでに、部下的な立場になることも了承する。
今さらそれで、こちらにとって不利益になるようなことはあるまい。
「……も、もう。私をからかっていたのですか? 怒っちゃいますよ? ぷんぷん」
「帰っていいですか? 明日というか今日もまた仕事なもので」
ぷりぷりと可愛く怒って見せるマダムに、ため息混じりで言い放つ。
表層しか見せない人に、からかうもないだろう。
今はまだ、マダムの深層を、本性を、知らなくても構わないだろうし。
「そうですねぇ……。孝緒さんになら、主人にしか見せたことのない私の《本性》を見せてもいいでしょう。私の下僕、私のものになるのですから」
今度はごまかそうともせずに言いきりやがったよ。下僕って。
仮に下僕になったとしても、俺はあなたのモノにはなりませんからね?
……あなたも俺のものになるのなら、相応のモノは支払いますけれども。
「……もう、イロコイ沙汰は、前世でこりごりです。
……では、お見せしましょう」
ぶわっ、と、座っているソファごとひっくり返りそうな暴風が吹き付けてくる感覚。
抑えていた力が、マダムから噴出したようで、恐怖を感じる余裕すら無いほどに、全力で踏ん張らないと体が吹き飛ばされて散り散りバラバラにされそうで。
本能的に跪かなければならないと思ってしまうほどの、押し潰されそうな圧。
全身から、汗が止まらない。
今まだ生きていることを理解したところで、ようやく体が恐怖に震えた。
美しい白い肌に、輝かくような黄金の髪。
見るモノ全てを魅了する、完璧なバランスの体つき。
綺麗な姿勢でソファに腰かけるその姿を見ただけで、跪きたくなる神性の美。
神か悪魔か、唯の人では理解の及ばないほどに、圧倒的な存在が、目の前で優雅に微笑んでいた。
そして、その背後には、黄金色の毛並みで九本の立派な尾を持つ狐の姿を幻視した。
『白面金毛九尾の狐。あなたも、聞いたことくらいはあるんじゃなくて? わたくしの伝説の一つくらいは』
まさかまさかだ。
国を一つ滅ぼしかけた、伝説の大妖怪かよ。
海を渡ってこの国に来たあとも、大きな戦をやらかして、力の要になる石を砕かれて封印されたんじゃなかったのか?
「……ふぅ。……主人がね、封印を解いてしまったのよ。一つだけですけれどね。その執念に絆されて、今は一緒にいるのだけれど」
狐の姿をしたオーラを消して、しゃべり方も元に戻ったマダムは、急に旦那さんとのなれそめみたいなことを語りだす。
……いや、執念て。
「色恋沙汰はね、人を狂わすの。隣の国でもこの国でも、私はただ、愛を伝えられただけだったのよね、本当は」
いやちょっと待って? なんか、とんでもないことが暴露されてない?
「だからね、私はもう、色恋沙汰はこりごりです。主人は不能だから、ただそばにいることだけを望んだから、私はこうしていられるのよ」
……いやその、旦那さん、ええと……、なんといったらいいものか……。
「それに、主人はもうじき、迎えが来るの。たった一つとはいえ、私の封印を解くことに人生を捧げた人だったから、無理がたたって、ね。元々病気持ちで、長くは生きられないと宣告されていたけれど、ここで穏やかに過ごしていたら、死神もずいぶん遅刻しているみたい」
寂しそうに語るマダムに、どう声をかけてよいのやら。
「だからね、そうなると、私は一人になっちゃうのよ。だからね、寂しくないように、時々構ってくれる下僕がほしいなーと思って、あなたに恩を売ってみたわけなのです。えっへん」
暗い話を吹き飛ばすように明るい表情で胸を張るマダム。
……いやその、そういうこと言われたらさ? 寂しくないように、取り計らってあげたくなるだろう?
恩もあるし、否やはないさ。
そうして、晴れてマダムの下僕……ではなく、眷属になった俺。
愛する人たちと共に歩み、時折、眷属としての権能を振るいながらも、幸せのかたちを作り上げ、生涯かけて守り通すことができたのだった。
・俺 : 主人公。男性。名前は『孝緒』
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
マダムの眷属となり、魔性を退ける権能を得た。
そのマダムの計らいにより、絆を深めてきた女性たちと結ばれ、子宝にも恵まれることに。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
春から中学校に通うことに。
可愛らしさと持ち前のマイペースさとコミュ力で人気者になるが、時おり痛い子扱いされたり、生暖かい目で見守られたりしている。
・桜井 美咲 : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
愛しい人と一緒に台所に立つ夢が、夢ではなくなった。
夫と家庭を懸命に支え、子どもたちのことも皆平等に愛し慈しんだ。
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
自身の資産と実家のコネクションを存分に利用し、家族を経済面で支える役割を担った。
上流階級との顔繋ぎもこなし、他の嫁にはできないことで家族を支えた。
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
雫と一緒の大学に通い、男に言い寄られたら全て夫に報告するようになった。
そうすることで、嫉妬心を煽ればより強く愛してくれることに気づいたから。
嫁たちの中で一番胸が小さいことをずっと気にしていた。
・碓氷 幸恵 : 幸薄い元誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。
美咲と共に、家庭内のことを主に担当した。
ずっと自分に自信が持てずにいたことを気にしていたが、平等に愛されていることに気づいてからは、自分のことを肯定できるようにもなった。
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
お出掛けの際は、自身の権能を活用してたくさん思い出を作っていった。
なにげに、一番多く子どもに恵まれた。
・謎の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、姉と認識する幼女。
……備考:霊だったはずなのに、実体がある。
口数も少ないが、別にしゃべられないわけでもなさそう。
春から小学校に通うことに。
内向的な性格と無口な性分から、よく構ってくれる数人の女子以外とは積極的に仲良くなろうとはせず、可能なら引きこもりたいと思っている。
弟の嫁たちが産んだ子どもの世話をするのは好き。
・西のマダム : 高級住宅街に住む、セレブな女性。既婚者。
……備考:メリーさんを迎え入れ、たくさんの犬と旦那と一緒に過ごしている。
犬はたまに増える。犬じゃないのもたまに増える。
孝緒を眷属にしたことで、接する機会・時間が増えることになったが、その関係性は上司と部下のそれより深く濃いものとなった。
旦那に先立たれてからは、孝緒達を邸宅に招き入れ、同居するように。
たくさんの家族に囲まれ、幸せに過ごした。
・白面金毛九尾の狐:傾国の大妖怪。
……備考:持ち前の美貌と妖術を利用して権力者に取り入り、国を内側から腐らせ滅ぼしかけたとされる。
その後は、海を渡り別の国も同じように滅ぼしかけたが、土着の術士組織に滅ぼされ、力の源である《殺生石》を砕かれて封印されたとされる。