第六十七話:赤に染まる
夕暮れ時。
ふと、空を見上げる。
夕陽に染まった、赤い空。
……赤い紅い、血のような真っ赤な空。
不意に、頭が焼け付くような、恐怖。
視界の端に、全身赤いスーツ姿の紳士。
……全身、血塗れのような、赤い姿。
その姿に気づいたとき。
『領域展開』
全身赤いそれは、手に持つ赤いステッキで夕陽に染まるアスファルトを突いた。
瞬間、視界が、血のような真っ赤に染まった。
気がつけば、どこを見ても赤一色に染まっている異質な一室。
壁も床も天井も、一目で高級と分かるテーブルやソファといった家具や調度品も、すべてが赤で染まっている。
目の前には、ずっと遠くにいたはずの、赤い紳士が、品の良いソファに腰かけていた。
ステッキを、剣かなにかのように床に突き立てながら。
『掛けたまえ。なにも、取って食おうというのでない。……少し、話をしたくてね』
「………………こちらは、話すことなどない」
スマホを操作して、マダムに電話してみる。が、圏外になっており、繋がらなかった。
……物理的にも電波的にも遮断された《領域》ってことか。
……詰んだな。
『そちらになくとも、こちらにはあるのだよ。君が大切に思っている女性を、一人二人拐ってきても構わないのだがね?』
舌打ちを一つ。
そうなったなら、刺し違えてでもこいつを、と思ったところで、赤い紳士は嫌そうに手を振った。
『君が素直に話を聞くなら、というだけで、不要ならわざわざ面倒なことはせんよ。改めて言おう。掛けたまえ』
そう言って、ステッキは持ったまま、片手で再度着席を促してくる。
赤マント……。出会った際の問いかけに答えたら、答えに応じた方法で惨殺されるという、おおよそ都市伝説では指折りに物騒なヤツ。
そんなヤツを信用できるかといったら、間違いなくノーだ。
だが、このままだと文字通り話が進まないので、ヤツの対面のソファに座って視線で話を促す。
『まずは一杯。どうだ?』
俺が座るのを確認したら、なにもないところからいきなりテーブルにティーカップとティーポットが現れた。
そして、ティーポットが浮かび上がり、カップに赤い液体をなみなみと注いだ。
ヤツが飲むよう手で促してくる。
香りは紅茶だが、中身はどうだろうな。
一切を無視して、視線で話を促す。
軽いため息一つして、さして残念そうでもなく、語り出す話は、
『この街は居心地がよい。私は性質上同じ土地に長く居ることはまずないのだが、ついつい何年もここに居着いてしまってね』
ただの世間話のようでいて、
『ここを離れることにしたよ。マダムには、君から伝えておいて欲しい。《この街で誰一人として手に掛けたりはしなかった》と』
別れの挨拶のようでいて、
『ここに長居しては、私という存在が変質してしまう恐れもあってね。……いやなに、よそで悪さをしようって話でもないさ』
非常におかしな話が混ざっていた。
『ここは……この街は……いったい、なんなのだろうな? そこらじゅうに妖怪や怪異や都市伝説が闊歩している。それでいて、積極的に人を襲うことも…………いや、あったか? とかく、居心地が良く、心穏やかに過ごした数年だったよ』
壁や窓ではなく、どこか遠くを見上げるヤツは、無惨な死をもたらす都市伝説などではなく、ただの老紳士にしか見えない。
『ではな。もう遭うこともあるまいが、もしまた遭う機会があったなら』
『その時は、君の大切なものを悉く拐い、血の赤に染め上げよう』
そんな、犯行予告ともとれる安い挑発に、
「やれるもんならやってみろ。……後悔させてやる」
燃え上がらんばかりの怒りで応えた。
『おお怖い。…………では』
ヤツが立ち上がり、ステッキで床を突くと、
まるで、夢でも見ていたかのように、赤一色の異質な一室は消え去り、夕暮れ時の街並みに戻ってきた。
結局、なんだったんだろうな? 本当に別れの挨拶がしたかったわけでもあるまいに。
釈然としない気持ちでいると、スマホに着信が。
Σd(`・ω・´)
……うん? グッと、親指を立ててる?
Σq(`・ω・´)
あ、親指を下に向けたな。
『もしもし、わたし、メリーさん』
はいよ。どうしたんだい? メリーさん。
『わたしなりに、赤い変態紳士に向けて宣戦布告してみたの』
あー、前は逃げてたもんな。
『次に遭うことがあったなら、後悔させてやるの』
はいはい。そんな鼻息荒くせんでも。
ところで、今日の夕食はなんだい?
『ママさん特性のカツカレーなの! 今も、カレーの香りとカツを油で揚げる匂いと音で、お腹が空いてくるの!』
そうかい。それは良かったな。
たくさん食べなさい。
『言われなくてもそうするの~♪ あ、夕食だって言うから、また電話するの♪』
がちゃ、つー、つー、つー。
カツカレーか……。
姉貴も食べるだろうから、そっちはいいとしてだ。
家に帰ったら、夕食の良い匂いが出迎えてくれる様子や、大切な誰かと一緒に台所に立つことなんか想像してみると、なんだか元気が出てくるような気持ちだった。
・俺 : 主人公。男性。名前は『孝緒』
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
危険な怪異が去って、ホッと一息。
少し未来のことを、真剣に考えている。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
カツカレーは正義なの!
・桜井 美咲 : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
愛しい人と一緒に台所に立つ夢を見た。
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
双葉と改めて物件探しを始めた。
高層マンションの1フロアすべてを押さえようとして、止められる。
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
雫と一緒に、みんなで暮らせる物件を探している。
・碓氷 幸恵 : 幸薄い元誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。
実家の工場のこと、事務仕事を引き継ぐ相手が見つかって、引き継ぎ中。
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
今日も笑顔でお客を運ぶ。
幸せそうな笑顔といわれて、結婚間近とからかわれた。
・謎の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、姉と認識する幼女。
……備考:霊だったはずなのに、実体がある。
口数も少ないが、別にしゃべられないわけでもなさそう。
姉として、弟のことは気がかり。
みんながいようと、一人になろうと、どんなかたちであっても、弟の幸せを願っている。
・西のマダム : 高級住宅街に住む、セレブな女性。既婚者。
……備考:メリーさんを迎え入れ、たくさんの犬と旦那と一緒に過ごしている。
犬はたまに増える。犬じゃないのもたまに増える。
料理が得意で、いつも美味しいと言ってくれる夫やメリーさんのことが大好き。
赤マント:男性の姿の怪異。
……備考:辺りが夕日に染まる頃発生する怪異。人の不安な気持ちが世に満ち満ちている時代に姿を見せる。
その姿は、夕日に染まったからか、返り血に染まったからか、赤いマントを着ているようだと表現される。
子どもに質問し、返答内容に応じた方法で惨殺するとされている。
子どもに対して、絶対的な優位性を持つ。
紳士などでは、決して、ない。
・魂の安息所 : 死後、魂が行き着くとされる場所。
・備考 : 輪廻転生をする前の中継点として、前世の悲しみや苦しみで疲れた魂が休むとされる世界。
そこでは、心穏やかに過ごし、次の人生を待つとされる。
その世界のことを覚えているものは、幸いだという。
心穏やかであろうから。




