第六十三話:流星
『ふたご座流星群?』
『はい。年に一度の天体イベントみたいです。見に行きませんか? 夜ですけど』
朧からの電話の用事は、天体ショー観覧のお誘いだったようだ。
流れ星か。
流星群っていったら、どれくらいなんだろうな。
流れ星一つなら見たことあるような気がするけど、たくさんはないと思う。
ちょうどその日は天気もいいみたいだし、いい機会なんじゃないだろうか?
……ただ、その……。
「……メンツは、これだけか?」
「……うーん……。それぞれ、なにかしらあるみたいですね。まあ、今回だけは、私たちだけで楽しんじゃいましょう」
そう言う朧に合わせて、二人して苦笑した。
というのも、年に一度の天体イベント観覧の参加者は、俺、姉貴、メリーさん、朧の四人しかいない。
時間はどうしても夜になってしまう関係で、まだ学生で未成年の雫嬢や双葉嬢なら分かるにしても、桜井さんや碓氷さんまで欠席ときたものだ。
桜井さんは体調不良。碓氷さんは仕事が繁忙期。
いやほんと、二人とも体調には気をつけてよ? とメッセージアプリで一言送っておいたら、なぜか謝られてしまったよ。
そんな気にすることないのにね。
「じゃあ、とりあえず現地まで行っちゃいましょう」
「頼む」
「レッツゴーなの」
今回は人数も少ないので、朧の車は普通乗用車だ。
大型車でない分車内は狭いが、乗り心地は抜群にいい。
「後部座席でもシートベルトはちゃんとしてくださいよー?」
「出発しんこうなのー」
わくわくを隠せないメリーさんに、ほっこり。
いつぞやの、首なしライダーとバイクレースした峠道を登り、頂上の広い駐車場の一角にある、植木と生け垣で人工の光が遮られた区画に車を停める。
その区画の芝生は、ペット進入禁止になっており、寝転んで空を見上げるには最適な空間になっていた。
……いや実際は、レジャーシートなんかを敷いて、その上で天体観測をしてくださいと真新しい看板が立っているが。
冬のこの時期、レジャーシートだけではさすがに寒すぎるので、二人くらいなら楽に横になれるマットレスを敷いて大きい毛布で四人まるごと包んだ。
俺の膝の上には姉貴、右側にはメリーさん、左側には朧。
身体を冷やさないように、駐車場の街灯の下にあった自動販売機で買ったホットコーヒーとココアを配る。
カイロも用意していて、万全の態勢だ。いつでも天体ショーを楽しめる。
……という状況で、少し問題が発生。
「まだなの? 流れ星?」
「なあ朧、今何時?」
「……うーん、来るのが早すぎたみたいですね……。あと一時間くらいありそうです……」
やべえな。メリーさんがさっそく焦れてきて、姉貴がもうすでに眠そうだ。
「姉貴ちゃんが寝ちゃわないように、お歌でも歌って眠気を覚ますの」
ふんすとやる気なメリーさんに、一曲お願いしてみた。
♪
ねんねんころりー ねんころりー
ねんねんころりー ねんころりー
いーくつねーると めいどいきー
じーさんばーさん どこいったー
めいどでげんきだ まだくるなー
ねんねんころりー ねんころりー
ねんねんころりー ねんころりー
そーこでねーると あのよいきー
とーさんかーさん どこいったー
そこらでげんきだ まだいくなー
ねんねんころりー ねんころりー
ねんねんころりー ねんころりー
♪
……えっ? なにこれ? 子守唄? まさか即興なのか?
メリーさん歌めっちゃ上手いな。でも歌詞がひどいぞ。
あ、姉貴がツッコミチョップしてら。
朧もクスクスと笑ってて、眠気も覚めたかな?
「むー、違うのがいいの?」
むくれるメリーさんも可愛いだろうが、密着してても暗くてよく見えんよ。
「じゃあ、違うのいくのー」
♪
あめあめふれふれ 星の雨ー
おーちてはーぜて ぶっ壊せー
そーらにまばゆい 赤い星ー
もーえてはーぜて ぶっ飛ばせー
ねーがいかなえよ 流れ星ー
くーるいはーぜて 破滅あれー
♪
……なんだよこれ。応援歌みたいなノリだけど、さっきのよりひどい歌詞だなおい。
……あ、姉貴が地獄突きしてメリーさん悶絶してらい。
朧はもう笑いをこらえてないな。
メリーさんだけに歌わせるのも悪いから、俺もなんか歌うか?
そう思ったとき、朧が声を張り上げた。
「あっ! 見えました! 流れ星!」
声に合わせて空を見上げれば、一条の光。
「あっ! また!」
何とも嬉しそうな朧が、どこか夢見心地な感じで呟く。
「流れ星を見つけたら、消えるまでに願い事を三回言うと、その願い事は叶うそうですよ?」
澄んだ冬の空に、数秒から数分に一回。
か細い光の筋から火の玉のようなものまで。
なんどもなんども、流れては消える流れ星。
冬の星空を、滑るように、墜ちるように。
なんどもなんども、流れては消える。
その、圧倒的な光景に、願い事なんて言ってる暇もないくらい。
一つが消える前に、すぐもう一つ。
しばらく時間がかかったり、流れる方向が違ったり。
一つとして同じものがない流れ星を、ただ、無言で見続ける。
(孝緒さん)
ふいに、耳元でささやく朧の方を見てみれば。
唇に、柔らかいものがそっと押し付けられた。
その意味を理解するよりも早く、離れて。
小さな吐息が、朧の口から吐かれた息が、俺の吐く白い息と混ざって消えた。
・俺 : 主人公。男性。名前は『孝緒』
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
流れ星への願い事 : ……甲斐性。養われるより養いたい。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
流れ星への願い事 : 流れ星をキャッチするの。
・桜井 美咲 : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
流れ星への願い事 : 誰一人泣くことがない幸せな未来
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
流れ星への願い事 : 早く大人になりたい。
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
流れ星への願い事 : 友情に亀裂が入らないような未来。
・碓氷 幸恵 : 幸薄い元誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。
流れ星への願い事 : 自分の居場所。みんなと一緒にいていいのかな?
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
流れ星への願い事 : 恋愛成就。みんなの分も含めて。
・謎の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、姉と認識する幼女。
……備考:霊だったはずなのに、実体がある。
口数も少ないが、別にしゃべられないわけでもなさそう。
姉として、弟のことは気がかり。
流れ星への願い事 : 弟の幸せ。
・西のマダム : 高級住宅街に住む、セレブな女性。既婚者。
……備考:メリーさんを迎え入れ、たくさんの犬と旦那と一緒に過ごしている。
犬はたまに増える。犬じゃないのもたまに増える。
流れ星への願い事 : うちの子たちの幸せ。
……ちょっと本気で動いてみようかしら?
・流れ星 : 宇宙を漂う隕石が、地球の大気との摩擦によって火の玉となる現象。
占星術においては凶兆とされる一方で、天狗など妖怪に例えられることも。
その形状から、ほうき星とも呼ばれる。
・備考 : 流れ星が消える前に願い事を三度唱えると、その願いは叶うという噂がある。
実際に、わずか一秒前後で消えてしまう流れ星に三度願い事を唱えるのは至難の業。
むしろ、筆者としては、ごくわずかな時間で三度確実に願うことができるということは、普段から強く願っていることでもあり、流れ星に願わずとも自分の力だけで願いを叶えることができるのではと思われる。
それでも、人が流れ星に願いを託したくなるのは、そっと背中を押す最後のひと押しがほしいからではないかと思う。
・ふたご座流星群 : ギャラクシアン・エクスプロージョン
他に、しし座流星群、ペルセウス座流星群などがある模様。




