第六十二話:沈む
『もしもし。わたし、メリーさん』
『次の週末、みんなでプライベットピーチに行くから、お前も着いてくるの』
『お前に拒否権は無いの。いいからみんなの水着をほめるの』
がちゃ、つー、つー、つー。
……なんというか、まあ、いつものことか。
あ、プライベートビーチな。……つっても、もう電話切れてるけど。
海かぁ……。太ってないとは思うが、海パン入るか確認しとくか。
そんなわけで、やってきました週末のプライベートビーチ。
今回はありがたいことに、雫嬢の提供だ。
朧が車をワゴン車に変形させて運転すれば、揺れもあまりない快適なドライブになる。
そのおかげで、みんな疲れた様子もなく元気に着替え用に設置されているという海の家に駆けていった。
……あ、雫嬢がこけそうになって碓氷さんと双葉嬢に支えてもらってる。
危ないけど、雫嬢と双葉嬢の二人は仲良いよな。同い年だからかな?
「仲良いですよね、二人とも」
朧がどこか嬉しそうに笑う。
「そうだな」
何の気なしに応えれば、ビーチパラソルとか色々運んでいる俺に寄ってきて、「手伝います」と荷物を受け取る朧。
砂浜までの短い距離を、肩を並べながらもなんとなく無言で歩く。
静かな時間も好きな俺とすれば、こういうのも良いんだが。
……あと何回、こんな風に、みんなで遊びに行けるのだろうか?
本当になんとなく、そんな、益体もないことを考えていた。
海の家は、電気が通っていて冷暖房完備なだけではなく、キッチン、シャワー、トイレもちゃんとあり、広い着替えスペースも確保されていたという。
俺以外全員バスタオルで体を隠していて、水着をお披露目するのだという。
「では、私から。……どうでしょう?」
桜井さんの水着は、その名に合わせたような桜色のワンピース。
普段お淑やかな印象の桜井さんに良く似合う桜色の水着は、スタイルの良さと長めの髪を一つにまとめているのと背中が大きく開いていることで、どことなく妖艶さも感じられた。
いや、正直言うと、ドキッとしたよ。
「次は私だけど……。に、似合っているかしら?」
雫嬢は、藍色のビキニ。
体は細いのにそこだけ大きく自己主張しているわがままな二つの膨らみを、藍色のビキニがなんとか頑張って支えている感じ。
胸の谷間の結び目がほどけたら大変なことになりそうだけど、あれってそういうアクセサリなんだよね?
長い髪を結い上げている水着姿は魅力的とは思うけれど、普段から体が強くないこともあって、心配が先に来るなあ。
「次は私。……これでもちょっとは育っているのよ?」
双葉嬢は、黄緑色のワンピース。
ちょっとは育ったという平たい胸族の双葉嬢のスタイルを、かさま……ゲフンゲフン……カバーするかのようにあちこちに配置されている黄緑色のフリルがヒラヒラしてなんかワカ……ゲフンゲフン……か、可愛らしいな。
将来に期待しよう。
「ちょっと、奮発しました……。どうでしょう?」
碓氷さんは、……えっと、なんと言えば良いんだろう? これもワンピース?
前面は布面積が多いのに、へその辺りは露出していて、背面は紐だけで繋がっているような感じでほとんど露出している。
なんだろう? ビキニの布地を前面だけ繋いだような? そんな感じ。
普段から大人しい碓氷さんのイメージをガラリ変えそうな大胆な水着だな。
これでもう少し胸があれば……。いや、やめとこ。
「次は私ですねー。どんな感じでしょ?」
朧は、ボーダーの上にデニム地っぽい下。ビキニというよりはセパレートってやつだろうか。いや、そもそも上下はセットではなく違う水着か?
普段の明るい様子から、良く似合っていると思う。
でも、なんかこう……意外とスタイル良いし、赤いビキニとかでポロリするのはお前の役目じゃないかなって。
いや、ポロリとかされても困るけど。
「オオトリなの! 刮目しろなの!」
バーンと両手を広げたあと腰に手を当てて堂々と胸を張るメリーさんは……。
水色のワンピース……というか、スク水にエプロンドレスを思わせるフリルが着いていて、胸元にはやはり「めりーさん」の名札が縫い付けられていた。
……うーん、ここはシンプルなスク水の方が良かったな、俺としては。フリルが付きすぎで視覚的にやかましいというかそんな感じ。
ま、だからといって、わざわざ気分悪くさせるのもなんだし。
「みんな良く似合っているよ」
それもまた素直な感想ではある。
……うん、この程度で顔を赤くしてもらってもな。
俺としては、今後が心配だよ。ちょろすぎて。
……いやまあ、メリーさんは「当然なの!」とばかりにふんすと鼻息荒くしてるけど、正直きみのはあんまり。
似合っているのは確かだけどさ。
ちなみに、姉貴はシンプルな紺色のスク水だった。
胸の名札に「あねきちゃん」と書かれてて泣きそうになっていたのを主に桜井さんと朧が慰めていたが、二人と自分の胸囲の格差におののいていた。
それぞれの水着のお披露目も終わったことで、なにして遊ぶ? となる。
ここのプライベートビーチは入り江になっていて、波は穏やからしい。
浜に近い方は膝下くらいの深さしかないけれど、沖側は一気に深くなり、素潜りして貝を採ったりできるそうだ。
深くなる位置にはオレンジ色のブイが浮かんでいて、そこを越えなきゃ頭まで沈むことはないそうだ。
準備運動しつつ、浅瀬で軽くビーチバレー。
スパイク禁止で、トスやレシーブのみの軽いやつをやるわけなんだが、桜井さんとか雫嬢とか朧とかがトスとかする度に胸囲の格差にうちひしがれていく女性陣がいて、メリーさんはトスされたボールをキャッチ。
「つまんないからもうやめるの」
「あ、はい」
あまりにもしょんぼりしているメリーさんに、誰も声をかけられなかった。
では泳ぐか。となり、浮き輪を膨らませる。
自転車の空気詰めで浮き輪を人数分膨らませたほか、ゴムボートも一つ膨らませた。
朧が車を水上バイクに変形させて、その後ろにゴムボートをロープで括りつけて一足先に海へ。
ゴムボートに乗るメリーさんが調子こいてドリフトを要求していたので、
「しっかり掴まっててくださいよぉー」
と朧が二度警告。メリーさんも、
「ちゃんと掴まってるのー」
と片手をふる。
大丈夫かなあ? と浮き輪を膨らませながら首をかしげていると、朧の水上バイクがターンするのに合わせて、ゴムボートがひっくり返りメリーさんはぽーんとすっ飛んでいった。
あまりの事態に、水柱が上がったのを見て初めて悲鳴が上がり、助けに行かなきゃとプチパニック。
まあ、メリーさんがその程度でどうにかなるわけがないので、俺は冷静に防水仕様のスマホを取り出す。
(=`ω´=)
案の定着信が。
『もしもし、わたし、メリーさん』
はいはい、さっさと帰ってきなさいな。
『今お前の後ろにいるの』
突如現れた気配と砂を踏みしめる音。
姉貴以外はメリーさんのテレポート見るの初めてなんじゃないかな? 姉貴も実際はどうなんだろ?
さて、朧も戻って来てることだし、メリーさんと朧、ちょっと説教な? 理由は言わんでも分かるだろ? 分かんないなら、理詰めの心に来る方でガチ説教だからな。
みんなに心配かけちゃあいかんよ。
昼近くになって、なぜか食材を確保しようとなる。
というのも、ブイの少し外側の海底には、貝が自生してるのを確認したから。
雫嬢から詳しく聞くと、稚貝を採ってきて十分に育ててからビーチの利用に合わせて放流しているというのでほとんど養殖のようだが、素潜りを体験するには十分ではなかろうか。
そんなわけで、朧の車を今度は船外機付きの小型船に変形させて、ブイのギリギリ外側まで移動。
試しに俺が潜って適当な二枚貝を採って船に戻る。
それを皮切りに、みんな好きなように潜ってみては、息が続かないだの何度かの挑戦で採れただのはしゃいでいた。
朧は船の操縦、碓氷さんは潜らずにみんなの様子を見ていたから気付いたみたいだが、みんなに疲れが見えたことでそろそろ陸に戻ろうと碓氷さんが声をかけた時、
とぷん。
と水になにかが沈む音がして、メリーさんと姉貴の髪がぶわりと広がり、俺はジリッ! と焼け付くような恐怖を感じた。
即座に船を見渡す。
メリーさん、姉貴、桜井さん、雫嬢? 双葉嬢、碓氷さん、朧。
全員揃っているのに、誰かが欠けているとなぜか強く認識した。
メリーさんと姉貴が戸惑いながら全員を見渡しているが、俺の勘はそれでは間に合わないと告げていた。
「連れ戻す!」
それだけ告げて海に飛び込む。
誰かの悲鳴が聞こえた気がしたが無視だ。
海中に飛び込んで見れば、雫嬢が海底から伸びる青白い手に足を掴まれてゆっくりと沈んでいくのが見えた。
ここはブイのすぐそばだから、海底まで2mくらいだったはずなのに、今見た海底はなぜか10m以上の深さがありそうだった。
海中でありながら焼け付くような恐怖と凍えるような不安を同時に感じる。
俺の理性は逃げろと告げる。
しかし、俺の感情は、恐怖も不安も関係ないと、今すぐ助けに行けと叫んでいた。
一瞬すら迷わず、自らの意思で海底へ潜って、沈んでいく。
雫嬢が首を振るが、構うものか。
きみを見捨てて、これから先、胸を張って生きていけると思うかよ。
(この子はお前のものじゃあない。連れていかれてたまるかよ!)
雫嬢の手を掴み、抱き寄せ、その細い足を掴む青白い手を外そうと蹴ってみるが、水の入ったビニール袋でも蹴っているようでまるで手応えがない。
両手を使ってなんとか青白い手を外して雫嬢を抱き締めて、なんとか海面目指して上昇するが、雫嬢がぐったりと脱力していて上手く浮上できない。
俺も息が続かなくなり、これまでかと諦めかけた時、小指の赤い糸がはっきりと見えるようになる。
双葉嬢との《繋がり》を強く認識すると共に、彼女たちもまだ諦めていないことを悟る。
その事を頼もしく感じ赤い糸を引けば、海面まで一気に引き上げられていった。
海面に浮上してひと息つけてもまだ安心できない。
気絶している雫嬢を船に引き上げてもらい、続いて俺も、となったところで、俺の足の下の方から、海底の方から、10や100どころではない大勢の無数の気配が……。
足を掴まれる。背筋が凍る。動きが止まる。
俺を引き上げるべく手を伸ばす女性たちに、諦念を込めて首を振った。
……が。
『黙って沈んでいろなの』
どうやら本気でお怒りのメリーさんと姉貴から、ビリビリと痺れるような圧を感じる。
そして、姉貴が立てた親指をビシッと下向きにして手を下げると、大勢の気配と俺の足を掴む手が、離れて、沈んでいくのが感じられた。
『イア』
誰かが呟くのが聞こえた瞬間、海の中で炎が燃え盛る感覚が。
……いや、自分でもわけ分からんが、そんな感覚があった直後に船に引き上げられた。
「…………た、助かった…………?」
「し、雫が!」
船の上に引き上げられわずかな時間呆ければ、今度は双葉嬢の悲鳴が。
先に引き上げられた雫嬢は意識がなく、呼吸も止まっているようだった。
あまりの事態に、誰もが何もできていない。
だからといってこのままではいかないので、朧には船を陸に進ませて、陸に戻ったら海の家からAEDを探して来てもらうことにして、俺はこのまま心肺蘇生を試みるか。
気道を確保して、心臓マッサージ。人工呼吸はしなくてもいいんだっけか?
もう間に合わないのでは? と浮かんでくる弱気を知らないふりして心臓マッサージを試みること20回ほど。
驚くほどあっさりと水を吐いて咳き込む雫嬢。
横向きにして背中をさすってやれば、肺だけでなく胃の中に入った水も吐き出したようで、だいぶ気持ち悪そうに見えるがなんとか無事に収まったようだ。
浜辺まで戻ったはいいが、さすがにもう採った貝でバーベキューとかそれどころではなくなってしまって、着替えて片付けて帰ることに。
なんとなく無言の帰りの車内で、雫嬢が泣きそうな声で「ごめんなさい」とポツリ漏らしていたけれど、「あなたは何も悪くない」「無事で良かった」とみんなが慰める中、メリーさんのお腹は一切空気を読まずにぐーっと空腹を告げていた。
メリーさんはひたすら恥ずかしがっていたけれど、おかげで帰りの車内は一転して和やかな空気になっていた。
・俺 : 主人公。男性。名前は『孝緒』
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
心臓マッサージの時雫嬢の胸を触ってしまったけれど、人助けだからノーカンだと思う。
……そういうことにしておくれ。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
いつでもお腹は素直なの。
……すっごく恥ずかしいの……。いあ、いあ。
・桜井 美咲 : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
二人とも無事で良かったです……。
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
来てくれて嬉しかったけれど、二次災害になったらと思うと……。
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
赤い糸が本気で役に立ったの初めてかも。けれど、友達と大切な人が危険な目に遭ったのだから喜べない。
・碓氷 幸恵 : 幸薄い元誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。
心臓マッサージされている雫を見て羨ましいと感じて自己嫌悪に陥った。
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
海中にも意識を向けていたのに気付けなくて悔しいやら情けないやら。
せめて帰りも安全運転。
・謎の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、姉と認識する幼女。
……備考:霊だったはずなのに、実体がある。
口数も少ないが、別にしゃべられないわけでもなさそう。
姉として、弟のことは気がかり。
弟を害するモノは、ナニであっても容赦しない。いあ、いあ。
・西のマダム : 高級住宅街に住む、セレブな女性。既婚者。
……備考:メリーさんを迎え入れ、たくさんの犬と旦那と一緒に過ごしている。
犬はたまに増える。犬じゃないのもたまに増える。
その日のことをメリーさんから聞いて、大声上げそうになった。
無理にでも着いていけば良かったと少し後悔した。
・トモカヅキ : 海の妖怪の一種。
・備考 : ともにかづくという意味で、かづくは潜る、潜水することを潜くと書く。
トモカヅキは、曇天の日に海人や海女のような素潜り漁をする者に化けるとされているが、ドッペルゲンガーの亜種のような認識もされている。
このトモカヅキに遭遇した海女が漁師の夫に相談したところ、そんなバカなと無視され強引に潜らされ、帰らぬ人となった逸話もある。
実在したとされる人物に似た名前の魔除けの模様もあるとされているが、人物との関係はよく分かっていないとか。
このネタ《トモカヅキ》は、《keikato》さんに提供していただきました。
・船幽霊 : 海の怨霊。日本各地に怪談が伝わっており、一部地域ではアヤカシと呼ばれている。
・備考 : ひしゃくで船に水を汲み入れて沈没させると信じられてきた怪異。
水難事故で他界した人の成れの果てが怨霊となったといい、自分達の仲間に引き入れようとするという。
底の抜けたひしゃくを渡して難を逃れたという話は有名だが、他にも握り飯などの捧げ物を海に投げ入れるなどの説もある。
雨の日や新月満月、時化の夜や霧のかかった日が多いとされているが、盆の16日に船を操業していると寄ってくるとされている。
姿かたちなども様々で、海坊主や怪火なども広義的には船幽霊と同一とされることもあるとか。他にも諸説ある。
海難事故の多さ怖さを端的に表しているともとれる妖怪。
海で船に乗る際は、救命胴衣の着用が義務付けられています。
どうか安全に。何事も命あってのこと