第六話:ビジネスマンの戦闘服
「ふう、休憩」
外回りを全部終えて、やって来ました西中央公園。
こちらは中心部の中央西公園とは違い、広い敷地に、屋根付きベンチ、公衆トイレ、自動販売機、そして、広いドッグラン。
あれから何時間も経っているから、さすがにメリーさんはいないだろうが、どんなもんかと様子を見に来たわけだ。
外回りはすでに終えているから、休憩がてら立ち寄っても不思議ではない。会社に帰還する前の休憩だ。問題ない。……うん、理論武装完了。
自動販売機で適当に飲み物を買い、ベンチに座ってぐびぐびやっていると、また電話。
待ってましたとばかりにスマホを取り出す。
(T_T)
うん? 今度は泣かされているのか? メリーさんよ?
『……もしもし、わたし、メリーさん』
はいはい、こんにちは。沈んだ声だしてどうしたよ?
犬と遊びすぎて疲れきったか?
『ドッグランで遭遇したマダムたちに拐われて、ランチとお茶をご馳走になったの』
そりゃ良かったな。
マダムっていうと、さっきの電話から聞こえてきた感じからすると、高級住宅街のセレブたちかい?
まさか、近所のおばちゃんをマダムとは言うまい。
てかな、メリーさんや、拐われたは言い方悪いだろう?
『服を汚してしまったお詫びって、全身磨かれた上に新しい洋服まで買ってもらったの』
うん? 磨かれた? 風呂にでも入れられたか? まさか、エステとかではあるまい?
『洋服のコーディネートに四時間もかかるとか……。控えめに言って、狂ってるの……』
ああ、マダムたちがお上品に笑いながら、洋服を取っ替え引っ替え、着せ替え人形にされてるメリーさんが思い浮かぶよ。
しかしまあ、俺もスーツ選びには時間を掛けた記憶はある。
服の良し悪しってのは、分かる人には一目見ただけで分かるみたいだもんな。
格上の取引先にお邪魔するからと、大枚はたいてオーダーメイドしてもらったの着てったら、挨拶もそこそこに、いきなり、
「良いものを着ているね」
って言われて、値段や店どころか、おろしたてってことまで当てられたことがあったよ。
その時は、嫌な汗かきまくったな。
しかし、穏やかな雰囲気ながら結構誉められた気がする。
会社に戻ったら、上司が電話口で誉められたらしく、珍しく上司から大絶賛されたっけ。
そんなに喜ぶくらい難しい取引だったのかよって、心の中で愚痴ったのは、もはや思い出の彼方だ。……去年のことだけどな。
『ランチは、高級フレンチのフルコースだったの。……自分が今何を食べているのか、説明されないと分からないのは、悔しいと言うか、もったいないと言うか……。とにかく、美味しいということだけは分かったの』
それは良かった。しかし、メリーさんはソーセージで喜んでた点なんか考えると庶民派なんだな。あるいは、予想以上に子供なのか?
『犬のシャンプーは意外と楽しかったの。あんなに走り回ってた犬共が大人しくなるのは、意外だったの。そして、労働した後のお茶もお菓子も美味しいの』
お、声の調子が上がってきたぞ。満喫してるようだな。
有無を言わせぬマダムたちに連れ回されて大変だったろうけどさ。
『また電話するの』
がちゃ、つー、つー、つー。
うーん、メリーさん、何者なんだろうな……。
人物紹介
・俺:主人公。男性。
……備考:職業・会社員。大枚はたいた良いスーツは、良い思い出と共に宝物になっている。今でも、ここぞ、という時に着ると、気合いが入る。
・メリーさん:謎の存在、たぶん。女性(推定)
……備考:初フレンチに、喜ぶよりは戸惑っている。たくさん疲れたけど、一日楽しんだ。
・西のマダム:セレブ。女性。
……備考:愛犬とたくさん遊んでくれたメリーさんを気に入って連れ回した。
ちなみに、西の住宅地の一部が高級住宅街になっている。