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第五十九話:靴

「あー……」


 目の前の惨状を見て、どうしたものかと頭をかく。


「ごめんなさいね、孝緒(たかお)さん。私、止めたのだけれど……」


「ああいえ、さすがに、マダムに落ち度があったとは思えませんで」


 しょんぼりするマダムから目をそらし、今まさにヤバいことになっている二人の方を見てみた。



 黒髪幼女と金髪少女がガチ泣きしていた。



 それだけならまだ、泣かせた原因をぶっころ……排除してやればいいだけだが、


「……うぅぅ……ごめんなさいなの……」


「…………ひっく…………ひっく…………」


 なんというか、メリーさんと姉貴が、俺の革靴を持ったまま、ガチ泣きしていた。


 壊れた俺の革靴を持ったまま。


「二人を怒らないであげてくださいね?」


 マダムが、申し訳なさそうに言うが……。


 出費で頭痛い。


 ……いや、前にマダム所有の雪山でのことのあと、お年玉とかいって結構な額を報酬としてもらっている。


 ……その、桁が1個おかしくないですか? と素で聞いてしまうくらいの額。


 だから本当のところ懐は全然問題ない。


 というよりも、本当に頭痛いのは出費じゃない。


 ……えーとその、明日履いてく靴がないってことなんだよなぁ……。いや、今履いてる靴あるんだけど、それもそろそろ壊れそうだったから、修理に出すとこだったんだよ……。




孝緒(たかお)さんっ!」




「は、はいっ!?」


 急に大きな声を出したマダムに驚いてそちらを見れば、両手を胸元でぎゅっと握りしめて目に涙を浮かべながら覚悟完了したとでも言いたげな表情のマダムがいた。


「今回の件は、私に監督責任がありますっ! 今ならなんでも言うことを聞きます。金銀財宝美食に美女、なんでもいってください。不老不死以外ならどんな願いでも叶えてあげますっ! だから、この子たちはしからないであげてください……」




 ……あ、はい。美人なセレブの涙目とかすごい破壊力ですね。マダムが独り身で今二人きりだったなら、俺の理性の方がヤバいことになっていたと思います。




 ……でも、ですねぇ……。




「いったいなんの話かな? 僕に分かるように説明してくれないかな? かな?」




 怨念が感じられるような声を出す旦那さんが俺の背後にいるので、なんでもっていうのは取り消してもらえませんかねぇ? それこそ、土下座しますんで。




「あ、パパさんお帰りなのー」




 メリーさんの手のひらは滑らかだねぇ。






 翌日、仕事帰りに靴職人の店を訪ねる。


 新入社員の頃、当時の先輩から「営業は足で稼げ」と徒歩を推奨されて以来、それこそ足しげく通っている職人の店だ。


 一つの店舗で上から下まで一式全部揃う紳士服専門店あるけど、なぜかは知らんがその靴職人の手掛けた革靴は、耐久性がまるで違った。


 ……その分、お値段に反映されていたが。


 今では馴染みの店になったその靴屋に、壊れた(壊された)靴を持って入った。


「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」


 受付に座っていた気立ての良い老婦人が立ち上がって一礼した。


 ゆっくりとした美しい所作のお辞儀は、見るとなんか圧倒される感じ。

 老婦人が頭を上げて御用伺いするまでは、声を発しちゃならんと思えるくらい。


「本日は、どういったご用件です?」


「実は、これを……」


「……あら……まあ……」


 かつてこの店で仕立ててもらい、何度も修理してもらった革靴が、見るも無惨にぶっ壊されていた。



 ……おもに、メリーさんによって。




「…………車に、()かれましたか?」


「事故という点でいえば似たようなものです」


 姉貴は精一杯磨いてくれていたそうだ。

 しかし、メリーさんは……。


「どうすれば、こんなにぐしゃっとなるのでしょうね……?」



 むしろ俺の方が聞きたいのでございます。



 奥の工房で仕事をしているご主人は、老いてなお技術の衰えない職人気質(かたぎ)な偏屈ジジイ。

 しかし、靴のことなら誰にも負けないと豪語し、実際他で買った靴の数倍は長持ちする。しかも足が疲れにくい。

 となれば、評判になるとは思うのだが、一定以上は仕事を引き受けないことでも有名で、彼のお得意様がひと声かければ、なかなかとんでもないことになるのだとか。


 マダムの旦那さんがご贔屓にしてるってあたりで、どれだけヤバいかはお察しというか。


「これを履いてみろ」


 ご主人が差し出す靴を履いてみると、あつらえたようにぴったりだった。

 さすがだな、と思っていると、


「歩いてみろ。……次はこっちを」


 歩く動作と、別の靴を履いての歩きを確認された。


 俺には全く違いが分からなかったが、三回目にしてやっと合格を出された。


「それを履いていけ。あとは、直せるのは直す」


 そういうご主人、メリーさんによって破壊された靴(の残骸)を見て、恐れ(おのの)いていた。


「……何があった? 車にでも轢かれたか?」




 むしろ俺が知りたいですよ?




 姉貴が手入れしてくれた方は、メリーさんにクシャっとやられたものの、まだなんとかなるらしい。なので修理を依頼。

 もう一足の方は、どうにもならないそうなので、改めて仕立てるそうな。


 修理前の現状をデジタルカメラでパシャリしたり、ノートになにやら書き込みながら、ふと思い出したとでも言いたげに呟くご主人。


「……なあ、あんた。あんたは、妖精とか信じるか……?」


 怪異という名の妖精さんなら、少なくとも一人は。


「嫁も息子も、誰も信じちゃくれないが、俺は、妖精を見たことがあるんだ」


 これまでもあまり言うことは無かったのだろう。何度もつっかえながら、精一杯語っていた。


 誰かに聞いてもらいたかったんだと思う。

 誰かに信じてもらいたかったんだと思う。


 口数少ない偏屈親父が、熱を感じられるくらい精一杯語っていた。




 かつて、寝る暇もないくらい目一杯仕事しててんてこまいだった頃、夢に小さな妖精が出てきたのだと。


 その妖精たちは、途中だった革靴を瞬く間に仕上げて、ご主人をねぎらい消えていったのだという。


 そして、夢から覚めたあとは、普段以上の素晴らしい革靴ができあがっていたのだと。


 それから、ご主人の技量が目に見えて上がったという。


 それは妖精のおかげだと主張するご主人と、真摯に仕事に打ち込んできたから技術が上がったのだと主張する家族とで、微妙な対立になったらしい。



 そりゃあ、微妙だよな。



 お互い、喜ぶべきことを素直に喜べないのだから。



 妖精が手を貸してくれたと主張するご主人と、

 妖精、つまり幻覚を見たと言い張るまで追い詰められたと思う家族。


 自分だけの力ではないと主張するご主人と、

 夫(父)の技量がワンランク上がったと喜ぶ家族。



 どこまでも平行線で、分かり合えなかったことだろう。



 だから、俺が掛ける言葉はもちろん、



「信じますよ」



 ……だってさ、とんがり帽子被った緑の妖精さんたちと、邪悪なツラした赤帽子の妖精? 妖魔? たちが、今まさに大乱闘スマッシュフェアリーズしてるから。


 ……あ、スーツ姿のバーコード頭な小さいおっさんが乱入してきて、赤帽子の妖魔の一匹にドロップキックかました。


 それで形勢は決まったな。


 ……と思ったら、小さいおっさんが赤帽子の妖魔に捕まって、別の赤帽子に勢いつけて押し出されて……あ、ラリアットしようとした赤帽子に飛びひざげりかましよった。


 小さいおっさん、やるな。




「信じますよ」


 目の前で、大乱闘スマッシュフェアリーズやってりゃあね。


「……お、おぅ、そうか、信じてくれるか……」


「余計なお世話ですけど、息子さんと話し合った方がいいんじゃないですか?」


 遅くに授かった息子さんは、今は別のところで修行中。

 偶然会った際、父であるご主人との確執を隠そうともしていなかったが、それ以上に父の手掛けた靴を見て誇らしげにしていた。


「…………うむぅ。…………考えておく」


「早い方がいいですよ。それじゃ、よろしくお願いします」


 不承不承といったご主人と、いつも変わらない上品な笑顔の婦人に見送られて、店を出る。



 その際、一緒に外に出てきた小さいおっさんが腕を振り上げながらなにかを叫んだ。


 声は聞こえなかったけれど、確かに伝わってきた。



『元気ですかっ!?』



 と。




・俺 : 主人公。男性。名前は『孝緒(たかお)

……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。

 マダムに、貸し一つということで落ち着いた。

 ぶっちゃけ、旦那さんにぶっ殺されると思った。

 



・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?

……備考 : もうすっかりマダムの家の子。

 ママさんから、おしり百叩きの計なの……。

 おしり痛いの……。

 


桜井(さくらい) 美咲(みさき) : 同じ会社の、同僚の女性。

……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。

 時期的なことで忙しく、疲労ぎみ。

 


源本(みなもと) (しずく) : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。

……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。

 季節の変わり目もあって、若干体調が安定しない。

 


()(した) 双葉(ふたば) : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。

……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。

 父が腰をやっつけたことでちょっと騒ぎになった。

 腰とか肩とか、マッサージをしてみてる。

 


碓氷(うすい) 幸恵(さちえ) : 幸薄い元誘導員。実家は歴史ある町工場。

……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。

 職人さんが怪我をして休んでしまっていて、ちょっと大変に。



(おぼろ) 輪子(りんこ) : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。

……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。

 最近はお呼びがかからないとちょっと不満。

 またみんなで遊びに行きたいですよー。

 



・謎の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、姉と認識する幼女。

……備考:霊だったはずなのに、実体がある。

 口数も少ないが、別にしゃべられないわけでもなさそう。

 姉として、弟のことは気がかり。

 靴を磨いてあげたら喜ぶと思ったのに……。

 メリーさんのバカ……。

 


・西のマダム : 高級住宅街に住む、セレブな女性。既婚者。

……備考:メリーさんを迎え入れ、たくさんの犬と旦那と一緒に過ごしている。

 犬はたまに増える。犬じゃないのもたまに増える。

 ほんとになんでも叶えてあげるつもりだった。

 貸しを返してもらうつもりもなさそうだし、ホッとしつつもちょっぴり拍子抜け。




・レプラホーン : 夜中、寝落ちした靴職人の代わりに朝までに靴を仕立てる小人な妖精。いろんな呼び名がある。

・備考 : 忙しくてろくに寝る暇もない靴職人が、ある日朝までに仕上げなければならない靴を途中まで作って寝落ちしてしまう。

 しかし、次の日の朝には完成した靴が作業台に置かれていた。

 そんなことが何度か起きたことで、靴職人は妖精の存在を確信。

 感謝の手紙と妖精サイズの靴を作業台に置いて眠りについたところ、妖精らしきはしゃぐ声と共に、小さな靴もなくなっていた。


 これはおそらく、作業を完了させてから眠った職人が、その事実を忘れるほど疲労困憊(ひろうこんぱい)だったものと思われる。


 しかしながら、影女やシルキーなどのお助け妖精の存在は、古今東西どこにでも語られているように思える。


 それだけ、いつの世でも助けを求めている人がいるということだとしたら、悲しいことだと思ってしまう。


 英語読みはレプラカーン。ハイパーな赤い武器庫とは違います。

 自分のためにしか働かないとはいうものの、赤い帽子のヤベーやつとは一緒にしないでいただきたい。



・レッドキャップ : 赤い帽子を被る妖精。醜い外見をしている小人。

・備考 : 家の中のものを隠したり壊したりするイタズラ妖精。邪悪な相を持つ。

 置物や人形の真似をして隠れたフリをするものの、人に見つかると仲間を呼んで見つけたやつをぶっ殺そうとしてくるヤベーやつ。

 家の中という日常に潜む分、格段にヤベーやつ。

 むしろ、悪魔の一族じゃなかろうか?



・小さいおっさん : 小人サイズの小さいおっさん。妖精の一種と思われる。

・備考 : とても疲れた人の前に現れることがあるというおっさん。

 なんかちょこまか動いたり光ったりしたのちに消えるという。

 見つけた人に、ちょこっとの幸運を授けるとか。

 赤い帽子のヤベーやつとは一緒にしないでいただきたい。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 見えぬものが見えると、信じるものも変わってきますね。
[良い点] 大乱闘フェアリーブラザーズがむちゃんこ気になる [一言] うーん、脆弱な心を叩きそうな妖精だ。 作者さんは世代?
[一言] 1・2・3・ダーーーー!!!!
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