第五十八話:女三人寄らば……。
よくばりセットになります。
目の前で起きていることを、どう説明すればよいのだろうか?
仕事の帰り道、なんてことない十字路交差点。
そこで、ふと、ジジジと焼け付くようなナニかを感じる。
その交差点はちょうど、正確に東西南北に向いている場所で、街の交通の要とかいわれている場所でもある。
この日は徒歩だったが、西のマダムに姉貴を預けている関係上、この交差点を西に向かった方が一番効率がよかったりする。
そんなわけで、その交差点に向けて南下していたところで、何かを感じたわけだ。
……それも、複数。
西からは、清楚な印象の白いワンピース姿の女性が。
……相変わらず、でかいわぁ……。身長が。
東からは、普通に歩いていたはずなのに、突如飛び込み前転して、手足をアスファルトに着けてかがんだ状態でブレーキング、後方宙返りして地面に片手をついて着地、立ち上がってどこかを指差す赤い服の長身の女性。
白い方は、八尺さまか。
ジェットなジジイに弾き飛ばされて消えたと思ったけど、生きてたんだな。
赤い方は、……なんだろ? サーカスの人?
モデルみたいな細身なのに、2mはありそうな長身。
丈の短い赤のワンピースとソフト帽、高いヒール姿。
なんか、風もないのにさらさらと揺れる長い髪が、なんかウザい。
よく分からずに状況を見守っていると、白い女性と赤い女性がにらみあっているようだ? なんか、双方動きが止まってしまった。
そのまましばしのにらみ合い。
そして、双方、なぜか構えを取った。
白い方は、両手を胸よりは下くらいの位置で前に出す。……空手みたいな感じ?
対する赤い方は、両手の指を開いて、肩の高さくらいに構えている。……こっちはレスラーみたいな感じだろうか?
その状態で、じりじりと間合いを詰めて……。
突如、赤い方が飛び上がって蹴りを放つ。
白い方は冷静に、最小限の動きで蹴りを横にさばき、アッパー気味の突き上げる掌打で反撃。
しかし、赤い方が空中で錐揉み回転してその場からバック転、片ひざ立てた状態で着地した。
白い方が大振りの右ストレートで追撃、赤い方は迫る拳に両手を添えて、全身で飛び付き、体を回転させて腕を折る関節技へ。
しかし、白い方は意に介さず硬いアスファルトに赤い方を叩きつけるべく腕を振り上げ、地面に向けて振り下ろす。
赤い方、あわや地面に激突!? と思いきや、全身で絡み付いた腕から素早く離れ、手足を縮めた状態で後方宙返り三回転。両手両足使った獣のような低い姿勢で着地した。
その反動を利用して、赤い方が高く飛び上がる。そのまま空中で縦回転、何かの拳法の流派みたいな、片手片足を突き出した状態から不自然に加速して急降下、白い方に迫る。
対する白い方は、両手を突き出して脚を受け止め……素手だとヒールが痛そうだな。
……あ、ぶつかった衝撃波がこっちまで来た。
……これは、なんというか、その……。
怪獣映画か、縄張り争いみたいだな……。
……絵面がなんかアレだけど。
さて、西の白いのと東の赤いのの激突を、無言で見ているのにもまた、理由が。
『うふふ……。かわいい耳……食べちゃいたいくらい……』
なんかね、耳たぶを噛まれてます。甘噛みされたり痛むくらい強く噛まれたり。
でも、たぶんこれ、反応したり振り向いたりするとヤバいヤツじゃないかなと。
だから、白と赤の激突に見入ってるふりして無視してる。
時おり、こっち見ろとばかりに、
『あーん……がぶりっ♪』
とか言いながら強く噛みついてくる。
……あれ? これってもしかして、無視しててもいなくならないヤツ?
だとしたら、このままの方がちょっとヤバいかな?
いやさ、本当、やめてもらいたいんだわ。
女性っぽい声で色気出してるようにも思えるけど、後ろのヤツ口が臭いんだよな。
なんかこう、表現しづらいけど、ドブかなんかみたいな?
これで後ろのヤツがオッサンとかなら、悲鳴あげて全力で逃げるぞ俺。
白いのと赤いのは、いまだに一進一退の攻防を続けてるし、後ろのは口臭がひどいしで、なんかもう、誰か助けてって感じ。
そんな祈りが届いたわけでもなさそうだけど、スマホに着信が。
取り出そうかと思っていたら、後ろのが『はい、どうぞ』とポケットから素早く抜き出して俺に手渡してきた。
反射で礼を言おうとして、返事したらヤバいヤツかもと思い直し、とりあえずスマホの画面を……。
\( ;゜皿゜)/
……おおう、なんか知らんがこれはヤバいぞ。メリーさん激おこだ。
全身が震えて冷や汗が止まらない。
両手ももれなくガタガタ震えて、スマホの操作をミスりそうだ。
なんとかかんとか通話状態にすると、
……ブツッ
スピーカーのスイッチを入れたような音がして、なぜか勝手にスピーカーモードでメリーさんの声が聞こえてくる。
『もしもし、わたし、メリーさん』
あ、はい。これ死んだ。過去最高クラスの激おこぷんぷんまるだ。
『お前ら全員、いい加減にしろなの』
はは、震えが止まらねぇや。でもちょうどいい。メリーさん、助けてプリーズ?
『……むぅ……。それはわたしのものなの。それに、近所迷惑なの。今なら見逃してやるから、さっさと消えろなの』
白いのの拳と赤いのの蹴りが、当たる直前に止まる。
後ろのも、恐怖に震えるような息づかいで、刺激しないようにかゆっくりと去っていった。
白いのと赤いのは、ナイスファイト、とばかりに互いの拳を軽く付けてから、溶けるように消えていった。
いやー、助かった。さすがメリーさん。メリーさんは俺の恩人だな。
『しょっ! しょにゃこと、いっても、ごまかされにゃいの……』
うん? まさか照れてる? 事実を言っただけだぞ? あ、思っただけで声に出してないけど。
かわいいかわいい。メリーさんはかわいいなー。
『やめろなにょーーっ! …… 』
、 、 、 。
あらま、ストレートな言葉には弱いかな? 電話切った音も小さくなっちゃったぞ。
かわいいもんだな。
・俺 : 主人公。男性。名前は『孝緒』
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
仕事の都合上、義理チョコはけっこうもらう方。
営業先からは、毎年丁寧にお断りさせてもらっている。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
美味しいものと美味しいものを組み合わせたら、きっともっと美味しいと、チョコとステーキを組み合わせた。
……もう二度とやらない。
・桜井 美咲 : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
ハート型のチョコは、やりすぎでしょうか……?
味と形と食べやすさ、何を重視するかでさんざん悩んだ。
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
双葉と一緒に手作りチョコレートに挑戦した。
緊張して、味見してもよく分からなくなって不安。
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
雫と一緒に手作りチョコレートに挑戦した。
手作り頑張ったけれど、市販品の方が美味しいんじゃないかと不安。
・碓氷 幸恵 : 幸薄い元誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。
今年は、ちょっとお高いチョコレートを買ってみようかと考え中。
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
あの人が好きなチョコはなんだろうとさんざん悩んだあげく、けっこうお高い輸入物を選んだ。
・謎の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、姉と認識する幼女。
……備考:霊だったはずなのに、実体がある。
口数も少ないが、別にしゃべられないわけでもなさそう。
姉として、弟のことは気がかり。
本日はマダムとチョコを手作り。
手間ひまかかることを知った。
・西のマダム : 高級住宅街に住む、セレブな女性。既婚者。
……備考:メリーさんを迎え入れ、たくさんの犬と旦那と一緒に過ごしている。
犬はたまに増える。犬じゃないのもたまに増える。
メリーさんと幼女と三人で、チョコを手作り。
癒しの時間でした……。
・八尺さま : 都市伝説には珍しく、明確に創作と銘打たれた存在。身長が八尺(2m40cmほど)もあることから、そう呼ばれている。
・備考 : 白いワンピースとソフト帽姿の、清楚な印象の女性。
見る人によって、幼女から老婆まで年代は様々。
結界に封印された古く強力な怪異といわれ、結界内に迷い込んだ、もしくはその範囲に住んでいる、思春期前くらいの少年を拐うといわれているショタコン。
インターネットという電子の海で揺蕩ううちに、萌えキャラの印象を刻み込まれた。
……業が深いのは、人か怪異か。
・アクロバティックサラサラ : サラサラとした長い髪を翻す、赤い姿の長身の女性。
・備考 : 赤いワンピースにソフト帽姿の長身の女性として表現される。
ビルの屋上から上下逆さまに落ちてきたり、走行中の電車や自動車に飛び込んだりするが、ぶつかる前に突如消えてしまうという。
サラサラの髪を翻しアクロバティックな動きで翻弄し左手は傷だらけ。なんとも厨二くさいが……。
赤い服姿で子どもを抱いたままビルの屋上から心中を図った悲しい女性がモデルとされる。
ならば、素足は自殺の証拠、左手の傷はリストカットの痕か。
服装と長身という類似点から、八尺さまの色違い扱いを受ける。
静の八尺さま。
動のアクロバティックサラサラ。
・耳かじり女 : 女性の姿の怪異。一説によると、盲目ともいわれる。
・備考 : 耳には視神経もあるといわれるが、耳にピアスを開けた穴から出ている白い糸を引き抜いてしまうと、失明してしまうという都市伝説により生まれた存在。
若い女が、「あなたはピアスをしていますか?」と問い、「はい」と答えると耳に噛みつき食いちぎってしまうという。
この女は、ファッションとして耳にピアス穴を開けることが流行ったことと、前述の開けた穴から白い糸を引っ張るの都市伝説とが一体化した、人の不安から生まれた怪異。
口が臭いかどうかは不明だが、とりあえず返事はしない方がよさそう。
ピアスの穴を開けたい場合は、病院に相談しましょう。
※このネタ、「アクロバティックサラサラ」と「耳かじり女」は、keikatoさんから提供してもらいました。




