第五十七話:柱
『もしもし、わたし、めりーさん。新年明けましておめでとうなの♪』
「明けましておめでとうございます、マダム。新年早々、何の用ですか?」
『もう、新年の挨拶なんですよ? もっとこう、明るく愛想振り撒いてはどうです?』
「……用がないなら切りますね」
『待ってください。……もう、少しくらいおちゃめさんもよいではないですかっ。ぷりぷり』
「……あの、用とは何ですか?」
『よーく聞いてくださいよぉ。実はですね……』
「どーもー。今年もよろしくお願いしますねー」
「ああ、よろしく頼む」
新年早々、マダムから連絡を受けて、朧と合流する。
いつもにこにこ笑顔な朧だが、新年くらいはゆっくりしていたいのではと思ったが……。
「孝緒さんに会えるなら、いつでも大丈夫ですよ? 雑談でも何でも、いつでも呼んでください」
満面の笑顔で心底嬉しそうに言われてしまうと、……その、なんていうか……。
「……あ、ああ。いつも助かってる」
そっぽ向いて小さく感謝。それくらいしかできないのが、その、何か上手く言えないが。
「今年もよろしくお願いしますね~。は~いタッチ♪」
「♪」
姉貴とも、にこにこハイタッチしてる。
無表情ながら、姉貴もどことなく楽しそうだ。
「さて、さっそくで悪いが、移動しようか。よろしく頼む」
「はい、頼まれちゃいますよ♪」
目的地は、マダム所有の山。
そこで起きている異変というか、出没する怪異というか、何かを調査して欲しいとのかなり雑な依頼だ。
いやそもそも論として、冬には雪に閉ざされるマダム所有の山は、道路にも大量に雪が積もる上に除雪しないため、車では途中までしか近寄れないそうな。
で、何かが発生したことは分かるものの、その調査にドローンを飛ばしたら撃墜されたらしい。それも二度も。
ドローンに搭載されたカメラには、一瞬何かが映っていたらしいが、その何かの調査のためにヘリコプターを飛ばしてまた撃墜されたなら、搭乗員も一緒に失くしてしまうことになる。なので、空からではなく俺たちに地上から調査して欲しいとのことだった。
……これに成功したら、マダムがお年玉を奮発してくれるというので、やるしかないなと気合いを入れて。
……で、朧にヘルプを頼んだわけだ。
マダム所有の山への道すがら、途中までは、朧の車は普通の車だった。
山に近付き道路が雪に閉ざされてからは、車を変形させるから一旦降りて欲しいと言われ、車が停車してから三人して降りる。
「さあさあ、お立ち会い。朧車の七変化ですよ~っ!」
普通乗用車がウインガシャコンと変形して、タイヤがキャタピラに変わる。ボディも、オフロード車のような武骨な外観へと変わった。
……えっと、何て言うか……雪上車?
「はい、お待たせしました。これで雪でも問題ないですよ。大きな段差やクレバスみたいなのがあったら、また変形しますから」
「……うん。その時は、頼む」
相変わらずのいろんな法則とか無視した感じの変形に、姉貴と共に、しばし呆然とする。
……で、ふと、思った。
「チェンジで」
「な、なんでですかーっ!?」
「なんでって、な……」
ふと思ったことを耳打ちすると、
「それは良いアイディアですっ♪」
と、実に楽しそうに車を再変形させていた。
で、変形後の白くて丸いフォルムを見上げて、姉貴がグッと親指を立てた。
雪で、ウサギさん作ったことはあるだろうか?
白い半球状のボディの先頭部分には、頭を思わせる丸いキャビン。丸いしっぽと二つの長い耳も完備したパーフェクトなウサギさんがそこにいた。
……足に当たる部分はキャタピラだが。
それでも、姉貴と朧は大喜びでハイタッチしていた。
喜んでくれてなによりだよ。
ギャリギャリと、キャタピラの音を聴きながら、夏や秋に遊びに来たマダムの山を見渡す。
姉貴に、何か変わったのを見つけたら教えてくれと頼みつつ、俺も双眼鏡を使ったり肉眼で探したりと頑張ってはいるものの、おかしなものは特に見付からない。
「……うーん……何もないな……。朧、何か見つけたか?」
「私の方は何も。お姉さんは?」
朧から話を振られた姉貴は、ある一点を指さす。そこには……。
「あ、ウサギさんですか? おおー。この雪上車、普通車と比べて結構騒音あるはずですけど、よく逃げないですね~」
「……うーん? ウサギ?」
姉貴と朧には見つけられたようだが……。
「ほら、孝緒さん、あっちですよ、あっち」
目を細めたりしても見つけられない俺に業を煮やした朧が、一旦運転を止めて身体をピタリと寄せて指をさすが……。
「……んんっ。なあ、わざとか?」
俺自身ちょっと落ち着くために、咳払いを一つ。
俺の声に振り向いた朧の顔が結構近くて、目が合うと、朧の顔がどんどん赤くなっていって……。
「……ご、ごめんなさい……」
野生のウサギに興奮していたのは一体どこへやら。ぷしゅーっと、顔から湯気が出そうなほど真っ赤にした朧は、運転席の方に戻っていった。
……まあ、その、冬服の上からでも分かる柔らかさが離れるのは、男としてはもったいないと思うものの、姉貴に耳を抓られてしまっては、さすがに、な。
そんなわけで、ほほに手を当てたり胸に手を当てて深呼吸したり頭を抱えたりと、朧の表情七変化を楽しみつつしばらく休憩となった。
休憩後再出発し、今はドローンが撃墜されたポイントに到着したところ。
ドローンの残骸もすでに雪に埋もれたらしく、周囲には雪以外なにも見えない。
白い雪に覆われたなだらかな斜面は、夏や秋には色とりどりの花が咲き乱れる場所と聞く。今は白一色で見る陰もないが。
「……うーん。なにもありませんねぇ……?」
朧が首をかしげるのに合わせて、姉貴も同じように首をかしげていた。
思わずほっこりする様子を見て癒されているけれど、当初の目的はそういうことじゃないんだと思っていると、何やらチリリと感じるものが。
「うひゃあっ!?」
白ウサギ型の雪上車の目の前に空から飛んできて突き刺さったのは、なにやら黒くて長い柱状のナニか。
……なんか、木製の黒い電信柱みたいなものがどっかから飛んできて、目の前に突き刺さるというシュールな光景に驚いた朧が抱きついてきたが、このナニかをなんとかしろというのがマダムのお願いのようだ。
とりあえずスマホでパシャリ。画像をマダムに送信っと。
「なあ朧、これ、何とかしないといけないらしいぞ?」
「えっ!? ちょ、無理でしょう?」
「なんか重機とかパワードスーツみたいなのに変形できないのか? 乗り物繋がりで」
「いえいえ、無理ですよっ!? そんなに条件ゆるくないですからね!?」
「そうか……。前にスノボに変形したから、いけると思ったんだが……」
俺に抱きついたままポンコツ化してる朧は一旦おいといて、黒い柱どうすっかなぁ? と腕を組んで首をかしげる。
姉貴の方見てみれば、腕を組んで首をかしげていた。
……どうやら俺の真似しているらしい。
雪上車で踏み潰してみるかと、まだアワアワしてる朧をどうやって復活させるか別方向に悩んでいると、スマホに……メッセージが来たようだ?
『孝緒さんへ : 確認できました。対処はこちらでやるので終わったのを確認したら帰ってきなさい』
メッセージを読み終えるのを待っていたかのように、黒い柱はバキバキバキと何ヵ所もへし折れて消えてしまった。
……マダムの妖術か仙術かなんかだろうか?
「……帰るか」
「…………そう、ですね」
突然の事態に、ちょっと現実逃避したい俺と、呆然とする朧。
そんな状態で、姉貴は任務完了とばかりに親指を立てていた。
・俺 : 主人公。男性。名前は『孝緒』
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
マダムの怒りを垣間見た気がした。怖かった。
あと朧、ビックリする度に抱きつくのはいかがなものか?
帰りの車内はちょっと大変だった……。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
ママさんにお使いを頼まれていたら、いつの間にやら、なの。
今年もよろしくお願いなのー。
・桜井 美咲 : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
家族との時間は、穏やかでいいものでした。
今年もよろしくお願いします。
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
新年早々、老害どものご機嫌取りに終始。
政治家の決起集会とか本気でどうでもいい。
今年もよろしくお願いするわ。
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
新年早々、雫の愚痴を聞いてなだめる役を買って出た。さすがに不憫。
今年もよろしくお願いします。
・碓氷 幸恵 : 幸薄い元誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。
初夢は、中々に幸せな夢だった。忘れてしまったけれど。
今年もよろしくお願いします。
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
無意識に抱きついたりして、迷惑じゃなかったかな?
でも、ドキドキしちゃいましたよぉ……。
今年もよろしくお願いしまーす。
・謎の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、姉と認識する幼女。
……備考:霊だったはずなのに、実体がある。
口数も少ないが、別にしゃべられないわけでもなさそう。
姉として、弟のことは気がかり。
帰りの車内はちょっと変な雰囲気だった。
だいたいは、節操なしでヘタレな弟のせい。
今年もよろしく。
・西のマダム : 高級住宅街に住む、セレブな女性。既婚者。
……備考:メリーさんを迎え入れ、たくさんの犬と旦那と一緒に過ごしている。
犬はたまに増える。犬じゃないのもたまに増える。
旦那が飛ばしたドローンを二度も撃墜されて、実はかなり怒っている。
久しぶりにちょっと本気だした。
今年もよろしくお願いしますね~。
・イッポンダタラ : 山の妖怪。鍛冶を司るとも。
・備考 : 冬の山には、大きな足跡? が転々と残されている場合がある。それは、片足の妖怪が歩いた(飛んだ)からだと考えられた。
この妖怪は、黒い柱状の体の妖怪が、後方宙返り的に回転しながら飛んでいき、雪に突き刺さって転々と足跡? をつけるという。
なぜ後方宙返り的に縦回転して飛ぶかは不明。
アンダースローで投げた木の枝でも見間違えたのかな?
色々な意味であり得ない存在。
鍛冶をする姿で書かれる場合は、片目(一つ目)、片足、手には金槌とやっとこ(熱した金属を挟んで掴むための工具)を持つ姿。
山 = 鉱山 なイメージからだろうか?
また、ヤマワロやイチモクレンのように、山の妖怪は片目(一つ目)、片足はだいたい共通するらしい。
……でも、昔話に出てくるヤマンバ(山姥)は、片目でも片足でもない。包丁は持ってるけど。
なんでだろ?