表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/70

第五十五話:泣く子にゃ勝てぬが……。

 お酒は飲んでも飲まれるな。

 ほどほどに、楽しく飲みましょう。

 本日は珍しく飲み会があった。


 同じ部署内のメンツで、酔わない程度に軽く飲もうと係長の方から提案があり、10人程で会社から比較的近所の飲み屋で夕食がてらプチ宴会が行われる。


「女性社員など嫌がる相手に無理に飲ませようとした場合、パワハラやアルハラに相当するから気を付けるように。また、この飲み会は会社の交際費からは出ないから、常識と良識の範疇(はんちゅう)で飲むように。では、楽しんでくれ。乾杯」


 係長の乾杯の音頭の直後にブーイングが発生するも、比較的おとなしく飲み会が始まる。


 時間制限付きの飲み放題プラス料理一人一品まで無料のセットで、食事が次々と運ばれてきたから、文句言うより先に飲んで食べた方がよいと判断したのか、同僚たちはそちらに注力していた。


 うちの会社、男性社員は既婚者が多く、若い女性社員は未婚が多い。

 で、野郎どもは既婚者だからといって女性にちょっかい出さないわけではなく。

 開始10分もしないうちに男性側と女性側のテーブルが分けられることになった。




 ……で、俺はなぜか女性側のテーブルに。




 まあなぜかといっても、女性社員の方が少ないから、人数合わせに近いが。


 で、酒の入った女性社員たちから質問責めにされるわけで。


 烏龍茶飲みつつ料理を食べつつ、他の社員にせっせとビールを注ぐ困り顔の桜井さんとよく目が合うのだった。



 ……その、俺が既婚者と不倫してるとか、女性よりも男性の方が好きとか、別会社の若い女社長を狙ってるとか、愛人がたくさんいるとか、資産家の一人娘と恋仲とか、事実無根な噂ばかり話題にされて、辟易(へきえき)してしまう。


 その度に、桜井さんと協力して根も葉もない噂を一つ一つ否定して……。


 ……資産家の一人娘って、誰のことでしょうかね……?

 迂闊(うかつ)に否定できない噂に困ってしまったぞう。


 桜井さんといつ結婚するのって質問には、最後まで答えられなかったが……。係長が間に入ってくれて助かった。


 その係長だが、最近は営業に一緒について回り、各取引先に顔見せしながら、いつでも代理で営業回りできるようにしつつ、部下、つまり俺たちにいつでも有給を取っていいようにしていると宣言していた。


 調整は必要だから、何日か余裕をもって事前に相談してほしい。とも言っていたけどな。




 有給の申請を握り潰していた以前とは大違いだよ。




 男性社員の何人かは飲み足りないからと、会社とは関係なく二次会にいくそうな。

 いい感じに酔いが回ってる人と比較的遠い人と係長はタクシーで。こちらは交際費で処理できるそうな。

 俺と桜井さん、徒歩圏内の女性社員は歩きで。

 家まで送ってほしいという人もいれば、途中で「ここで大丈夫」と別れていく人もいる。


 集団から一人ずつ減っていくにつれて、口数も少なくなってしまうが、俺自身は気にならない。むしろ、静かな帰り道は嫌いではない。


 桜井さんと二人になったこともあり、早く帰って姉貴を引き取って、家帰って寝よう。

 そんなことを考えていたときだった。


「……あ、あの」


『……ほぎゃあ……ほぎゃあ……』


 桜井さんの声と、遠くで赤子の泣き声……というか、大人が赤子の泣き真似してるみたいな汚い声が重なった。



「あ……、えっと、どうしましょう?」


 とてもとても困惑した表情の桜井さん。

 気持ちは分かるぞう。


「ひとまず行ってみよう」


 チリチリとした違和感を覚えながら、下手くそな泣き真似のような汚い声のする方へ行くと……。



『……ほぎゃあ……ほぎゃあ……』



 生え際がだいぶ後退した、よれよれスーツ姿のおっさんが道ばたに転がり、赤子のように手足を縮めながら耳障りな鳴き声をあげていた。


「あ、大変。こんなところに赤ちゃんが……」


 マジか。普通の人にはこの汚いおっさんが赤子に見えるのか……。


 正気に戻りなさいなと柏手(かしわで)一つ。


 パァン、と大きな音が鳴り響くと、桜井さんも赤子のようなナニかの正体が分かったようで。


「……あ……あれ? 赤ちゃんは……? おじさん、が?」


 それはそれで、困惑を深めていた。


 師走の夜におっさんが道端に転がっているのをみると、おっさんの方に命の危機があるのではと思えて、どうしたものかと悩むが……。




 (¬ω¬)




 スマホに着信。


 こんなときに誰だよ、と舌打ちしようとして、桜井さんが目の前にいることに気づいて我慢し、スマホの画面を見てみると、いつもの顔文字が。


 これは……若干不機嫌か? 単に目をそらしているようにも見えるが。

 まあ、待たせたらヤバいことになるので、とりあえず電話に出てみる。



『もしもし、わたし、メリーさん』



 はいはい、どうしたよ? メリーさん。

 ナニか用かい?



『早く帰ってくるの。そろそろ姉貴ちゃんがぐずりだしそうなの』



 マジか。姉貴、ぐずるのか?

 俺よりもしっかりしているように思えたけど……。



『転がっている変態の始末はつけておくから安心するの』



 いやいや、待って。始末とかそれ笑えない。


『お姉さんといちゃいちゃしてないで、いいから早く帰ってくるの。……また電話するの』



 がちゃ、つー、つー、つー。



 とりあえず周囲を見回してみる。


「……あ、あの、どうしたんですか?」


「いやその、メリーさんがそこら辺から覗いてないかなって」


「メリーさんみたいな良い子は、こんな時間に外を出歩いたりしないですよ」


 いきなりあちこち見る俺を見て不安そうに声をかける桜井さんに気もそぞろに返事すると、苦笑されてしまった。


 確かに、普通の良い子はこんな時間に出歩いたりしないだろう。

 しかし、メリーさんは普通では……。


 ……と思ったが、みんなで集まっているときは外見的な年相応の普通な少女だったな。



 とりあえず、酔っぱらいはメリーさんに任せると大変なことになりそうだし、警察呼んで対処してもらおう。


 お巡りさーん、コイツです。




・俺 : 主人公。男性。名前は『孝緒(たかお)

……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。

 女性社員には無害認定されている。

 むしろ、狙われている。

 自覚はないが。




・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?

……備考 : もうすっかりマダムの家の子。

 姉貴という名前だと思ってた。

 ぐずっているように見えた理由が勘違いで、ある意味ショック。

 許してなのー。

 



桜井(さくらい) 美咲(みさき) : 同じ会社の、同僚の女性。

……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。

 路上で酔って寝転んでいる男性を見るのは初めてで、放置していいのか迷った。

 ……ところで、赤ちゃんはどこにいったのでしょう?

 



源本(みなもと) (しずく) : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。

……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。

 老害どもの汚い猫なで声と気持ち悪いニヤニヤ顔にはとっくに慣れたものの、孝緒の顔は見飽きない。




()(した) 双葉(ふたば) : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。

……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。

 恋愛小説のネタ募集サイトに、社会人男性(独身)と資産家の一人娘(女子高生)の、年齢を理由に正式な交際が始まらないジレジレ模様とか呟いたら、拾われてネタにされていることに気付いてない。


 


碓氷(うすい) 幸恵(さちえ) : 幸薄い元誘導員。実家は歴史ある町工場。

……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。

 実家の工場に勤めている呑兵衛の職人さんに、キツめに注意する時期になりました。

 居酒屋でやるのがいいんだよとか言われても、ダメです。




(おぼろ) 輪子(りんこ) : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。

……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。

 師走は稼ぎ時。同じくらいかそれ以上に、トラブルが起きやすい時期。

 そういうことがあってへこんでるときに限って、孝緒さんから電話があったりして、その……。

 ……こっちは、とっくに本気なんですけどね。




・謎の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、姉と認識する幼女。

……備考:霊だったはずなのに、実体がある。

 口数も少ないが、別にしゃべられないわけでもなさそう。

 姉として、弟のことは気がかり。

 メリーさんに名前を『姉貴』と勘違いされていて、結構本気でショックだった……。

 ぐずってないもん。メリーさんより私の方がお姉さんだもん。




・西のマダム : 高級住宅街に住む、セレブな女性。既婚者。

……備考:メリーさんを迎え入れ、たくさんの犬と旦那と一緒に過ごしている。

 犬はたまに増える。犬じゃないのもたまに増える。

 今回の電話の相手は河童さん。

 尻子玉を抜くと、不能にできるのよね……。ふふ。




・子泣きジジイ : 石像に化けることのできる老爺。別名、オバリヨン。

・備考 : ある日の夜、酔った男が赤子の泣く声を聞く。

 あわれに思った男は、その赤子を背負って家まで帰ろうとするが、赤子は石像に変化して徐々に重くなり男を圧し潰してしまった。


 これはタヌキが化けていたという説もあるが、前後不覚になるほど酔った愚かな男が付近の地蔵を担いでいこうとした(ばち)当たりな行為に(ばつ)が下った結果と思われる。


 酒は飲んでも飲まれるな。そんな教訓を示したものと考えるのが妥当。


 オバリヨンの方は、小鬼が『おばりよーん』と叫びながら背中に飛び付くもの。

 そっちはいたずらレベルから頭に噛みつく危険なもの、家まで帰れば黄金へと変化するものまである。


 勇気を示した者に褒美を与える威霊と混同される場合もあるが、勇気と蛮勇は違うものと言っておきましょう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こなきじじぃですかね。 係長さんほんとうに良い人になりましたね。上司の鏡です。 でも、モテる人は大変ですね^^;色々と考えることも多そうですし。 ぼちぼち読んでいきます。 また来ます。
[良い点] 係長が別人のように変わりましたね。 有給を取れと言えるなんて感動しました。
[一言] >……その、俺が既婚者と不倫してるとか、女性よりも男性の方が好きとか、別会社の若い女社長を狙ってるとか、愛人がたくさんいるとか、資産家の一人娘と恋仲とか、事実無根な噂ばかり話題にされて、辟易…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ