第五十三話:トリック・オア・トリート
季節は秋。
ハロウィンの時期になった。
今日は、町内会の行事に強制参加させられている。
対象は小学生までで、年が近いか、家が近いか、仲が良いか、のいずれかあるいは全部で班分けをして、そこに保護者が一人か二人付いて一緒に回る。
保護者含めて10人にならないくらいの小集団で、家にカボチャのランタンが置かれた場所を巡ってお菓子をもらいつつスタンプラリーの予定だ。
「いいかい? カボチャのランタンが置かれている家だけだよ? 夜お仕事をして眠っている人や、騒がしいのが嫌いな人もいるからね?」
「「「はーいっ!」」」
「「しーっ!」」
ハロウィンの仮装をした子どもたちの元気な返事のあとに、何人かが口に指を当てていた。
あー、静かにしろよ? って言った訳じゃないんだけどな。
配られた住宅地図に、○がついているのがお菓子をもらえる大丈夫な家。
逆に、×がついているのが静かにしないといけない家。
大きな音や子どもの高い声などがたまらなくつらく感じる人もいる。
何年か前、そんな風に大きな音が苦手な人のところに子どもたちが殺到してトラブルに発展したケースもあったらしく、子どもはギャン泣き、住人の一部がカンカンに怒って主催したイベント会社にカチコミをして警察出動の事態にまでなったとか。
そのイベント会社の担当、その時の教訓を生かすとか事前に言っていたが……。
ちびどもの父兄は開始早々どっか行ってしまい、俺と桜井さんの二人で引率する羽目に。
なぜだ。
そこにメリーさんも合流して、姉貴と手をつないで今から張り切っていた。
なぜだ。
「バスケットを、お菓子でいっぱいにするの!」
藤の木の皮を編んで作ったバスケットを両手で高く掲げるメリーさん。
姉貴も真似しようとしてたから、慌てて止めさせた。
持ち上げた藤のバスケットが大きいせいか、ふらふらしてて転びそうだったから。
ふうと胸を撫で下ろせば、桜井さんと目が合って、なんとなく笑い合った。
「「トリック・オア・トリート」」
「「お菓子をくれなきゃイタズラするよ?」」
インターホンを鳴らして、家の人が返事をしたのを確認して、小さくせーのでトリック・オア・トリート。
ニコニコ笑うお婆さんから、個包装のあめ玉などを一人一個や二個。
それだって、年金暮らしの隠居生活には痛い出費かもしれないけれど、お婆さんは一人一人におつかれさま、偉いわね、と声をかけて、お菓子を配り、スタンプラリーの台紙にハンコを押していた。
お婆さんは、歳を取っての一人暮らしだと、人と接する機会も減ったと言い、この日を本当に楽しみにしていたと言っていた。
そのときの笑顔がまた、楽しそうなのに寂しそうで。
ちびどももニコニコ笑顔であるにも関わらず、なにかを察した様子でお婆さんの手を握ったり抱きついたりしていた。
俺と桜井さんは、カメラマンに徹する。
この写真は、あとで参加者の住民に配られるというから。
ありがとう、またね、と、ちびどもは手を振りながらお婆さんの家をあとにした。
そのまま順調に家々を巡り、昼に近い時間な頃、ミトンを手にはめたままのお婆さんが中においでなさいと招いてくれた。
そこで、焼きたてのカボチャのパイを一人一切れいただく。
表面サクッと中はしっとり。
とても熱いけれど、カボチャの味が引き立ってて好きな味だった。
……一人につき一切れなので、おかわりと言い出したくても言い出せないメリーさんが、なんか笑えた。
…………。うーん…………。仮装しているちびどもの中に約一名、カボチャの中身をくりぬいて作ったランタンを被っているすごいビジュアルな子どもが居る。
朝の点呼の段階ではいなかったように思えるのだが、なんか誰も気づいていないっぽい?
いつ増えていつ混ざった? 記憶にないが、今の段階では危険なものをなにも感じないからか、警戒心が働かない。
……まあ、いいか。
スタンプラリーは早さを競うものではなく、参加者の住民の家をできるだけ多く回ることを求められる。
つかれたー、楽しかったー、と満足げな表情のちびども。
それに対してメリーさんは、
「……バスケット、いっぱいにならなかったの……」
大きなバスケットに、それでも半分くらいは集まったお菓子を見て、しょんぼりしていた。
……欲張りすぎだって。
桜井さんと顔を見合わせて、クスクス笑うのだった。
各班が集合したあとは、主催者側からお菓子の詰め合わせを貰い、解散となる。
意外と大きな詰め合わせを貰い、メリーさんはホクホク顔。姉貴は無表情ながらサムズアップしていた。
満足したようでなにより。
引率したちびどもが解散していくのを見守るなか、例のカボチャのランタンをかぶった子どもが近寄ってくる。
『トリック・オア・トリート』
《《お菓子をちょうだい? でないとイタズラするよ?》》
反響して聞こえるたくさんの声に、ぞわり、と、総毛立つ感覚。
桜井さんが、とっさに俺の腕をつかんだ。
その桜井さんの表情は、恐怖ではなく、覚悟や決意が見て取れる表情。
メリーさんや姉貴が臨戦態勢になる中、桜井さんをしばし見つめて、大きくうなずく。
「ほら、持っていきな。足りなくても文句言うなよ?」
俺と桜井さんは、主催者側からもらったお菓子の詰め合わせと、各家からもらった残り物を全部、カボチャ小僧に差し出した。
『ありがとう』『ありがとう』『ありがとう』『ありがとう』『ありがとう』『ウリイィィィ……』『ありがとう』『ありがとう』『リア充爆発しろ』『ありがとう』『ありがとう』『アリベデルチ』『ありがとう』『アリアリアリ……』
たくさんの子どもの声が聞こえて、差し出したお菓子とカボチャ小僧はすぅっと溶けるように消えていった。
……ん? なんか色々変なのが混ざっていた気がするが、まあ、気のせいだろう。
「ああー……。お菓子持っていかれたの……」
残念そうにするメリーさん。
「…………(ぐっ!)」
無表情でサムズアップする姉貴。
「……成仏、するといいですね」
カボチャ小僧がナニモノか分かっていたのか、空を見上げて気遣わし気な桜井さん。
「…………ああ、そうだな」
で、俺はというと。
「お菓子ぃ、お菓子いぃ、なんで渡したのぉ……。わたしのものになるはずだったのにぃぃぃ……」
メリーさんの怨念から全力で目をそらしていた。
『おノれ、カボチャめ……。コの恨み晴らサでおくべキカ…………』
やっべぇ、冷や汗が止まらないぞ?
食べ物の恨みは恐ろしいっていうし、メリーさんが、キレたら手がつけられないんだが……。
今からマダムを呼んどくか?
・俺 : 主人公。男性。名前は『孝緒』
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
夕方からハロウィンパレードがあり、参加者目当ての出店が出ていたからカボチャ味のロリポップをメリーさんに買ってあげたらおとなしくなった。
それまで、生きた心地がしなかった……。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
お菓子を持っていかれておかんむり。
でも、代わりに奢ってもらったからチャラなの。
・桜井 美咲 : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
カボチャの子どもが増えていたのは、実は気づいていた。
なんだか寂しそうな感じがして、そのままにしていたけれど……。
満足していったのでしょうか?
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
子どもではなく老害どもに山吹色の菓子を配る羽目に。
終始不機嫌だった。
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
なんとなく、指の糸を辿ってパレードに着いていったら、あの人がいた。
なんだか無性に泣けてきて、慰めてもらった。
・碓氷 幸恵 : 幸薄い元誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。
家族と工場の職人たちに勧められて、ハロウィンだからと猫ミミ猫シッポのコスプレしたら、訪ねてきた取引先の人から普通に怒られた。
あとで写メ撮って送ったら、可愛いって言われたけれど……。
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
ハロウィンだからとタクシーをカボチャの馬車風に変形させたら、大繁盛だった。
しかし、警察から普通に説教された……。
・謎の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、姉と認識する幼女。
……備考:霊だったはずなのに、実体がある。
口数も少ないが、別にしゃべられないわけでもなさそう。
姉として、弟のことは気がかり。
これでしばらくはお菓子に困らない。
しかし、不機嫌なメリーさんにお菓子を分けてあげようとしたら、目をそらされた。
・西のマダム : 高級住宅街に住む、セレブな女性。既婚者。
……備考:メリーさんを迎え入れ、たくさんの犬と旦那と一緒に過ごしている。
犬はたまに増える。犬じゃないのもたまに増える。
本日は、魔女のコスプレです。
・ジャック・オー・ランタン : ジャックという名の死者の霊。ランタンを持つ姿が伝えられている。
・備考 : 冥府へ逝けず現世を彷徨う死者の霊。あるいは、守護霊的な意味での祖霊。
カボチャを人の顔のようにくりぬくのは、祖霊を宿し守護してもらうため。
また、迷子を道案内するとも言われているが、冥府へと逝けない霊は、人に害を成す存在でもある。
ジャックという人物自体が、非業の死を遂げた恨みから現世にとどまっているという説もあり、決して善良な存在ではない。
ケルトの伝承において、ハロウィンは日本のお盆に相当する。
その際に、悪しきモノが家に入らないように魔除けの焚き火をしたのが起源という。
南米にも似た風習があるという。