第五十一話:お盆
お盆が近づくと、生家のことを思い出す。
地元の元カノの丘野によって既に解体されてしまっているが。
さらにいうと、お供えをしていたご神木は炎上して、燃えて炭化しつつも残った一部だけが骸を晒しているような状態だ。
さて、なんで丘野の話が出るかというと……。
※※※
『……ねぇ? ……私、キレイ?』
ここ何日かの話だが、顔含めて身体中あちこち火傷して、それはそれは醜い姿となった丘野が夢に出てきて、そう問うのだ。
日本の幽霊のような白い着物を雑に着崩して、焼けただれた顔や体や手足を晒して、問うてくるのだ。
笑顔といえるかは微妙な、引きつった表情で。
俺の返答はいつも同じ。
「お前はキレイだと思う。だが、心は醜い。……以前はそうじゃなかったと思う。俺と付き合っていた頃は、心もキレイだったと思ってる」
夢の中の俺がそう言うと、丘野は夜叉のような形相に変わる。
『それは、あんたが!』
そう叫んで、丘野は消えていく。
夢の中の俺は、首をかしげる。
はて、俺は丘野に何をしたのかと。
その結論もまた、いつも同じ。
地元に伝わる言い伝えには、
『ご神木の桜の木に贄を捧げて儀式を執り行えば、願いが叶う』
というものがある。
丘野は、自らの出生の秘密を知って、道を誤ったのだろうと。
今の俺としては、以前とは違い、思うところはもう無い。
だから、一人道化を演じる羽目になった丘野が、憐れで仕方がないと思う。
せめて、安らかに。
※※※
夢は、いつもここで途切れる。
毎回、安らかにってなんだよとツッコミたくなる。
縁起でもない。
……ふと、浮かぶことがあった。
夢に出る丘野が怨霊なら、丘野は死んだのだろうかと。
そう思いつつも、即座に否定する。
あいつが死ぬ様を想像できないから。
はぁ、とため息一つ。
死霊や怨霊でないなら、生霊か。それはそれで嫌だなと。
「そっちから切った縁だから、そっちから繋ぐのが筋だろと言ったはずなんだが」
引っ越しの際にもらったカレンダーを見る。
そろそろお盆だ。キュウリとナスを用意しないとな。あと割りばし。
ほどよく冷房の利いた部屋での夏の朝。
まだまだ暑い季節は続く。
今年は、亡き両親はこちらにくるのだろうか。
迎え火焚くのに、松も買わないとな。
みんなは、どう過ごすのだろうか?
予定が合わない日が続くが、盆の休み1日くらいなら、みんなで集まれないだろうか?
今日もまた暑くなるだろうと思いつつ、すやすやと眠る姉貴の頭を撫でて、今後の予定を考えてみた。
いつものように出社すれば、最近にこにこが止まらない係長を見かける。
世情から、式は上げていないが、籍は入れたという。
過去に怪我をして、マスクが欠かせないという関口さん。
そんな彼女と、ついにゴールインしたという係長。
以前とは違い、表情も穏やかで人当たりもよくなり、出勤時間も早まって退勤時間も部下全員の退社を確認してからになった。
以前は定時で帰っていたのにな。それが今では、優秀な人材として上司から認識されていた。
「いやー、伴侶がいるってのは、良いことだぞ。早く帰りたいのは変わらないが、仕事に張り合いが出る。きみも、腹をくくった方がいいぞ!」
そんな風に、俺の肩をばんばん叩きながらにこにこと笑う係長。
その、係長の影響で、交際を始めたり結婚に踏み切ったりする同僚もいて、俺も少し焦りを感じるときはある。
だからって、今焦って決断したら、みんなを傷つけてしまいそうで。
焦らずいこう。自分にそう言い聞かせるのだった。
・俺 : 主人公。男性。名前は『孝緒』
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
取引先の女性と交際を始めて、そこを軸に会社同士の結び付きを強めた社員などもいて、少し焦っている。
焦りは禁物と自分に言い聞かせる日々。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
特に予定の無い日は、庭兼ドッグランで先輩たちと戯れている。
水撒きすると先輩たちみんな元気になるの。
・桜井 美咲 : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
係長の影響で決断する者たちがいる中、焦らないでと言った側。
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
一番良い結果になるように、色々模索中。
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
早く大人になりたいと思いつつも、焦らないでと諭されている。
・碓氷 幸恵 : 幸薄い誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。
家を出るか、工場はどうするか。
悩みは尽きない。
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
大人数にも対応できるので、仕事は尽きないのが強味と思っている。
でも、それだけで足りるかどうか……。
・謎の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、姉と認識する幼女。
……備考:霊だったはずなのに、実体がある。
口数も少ないが、別にしゃべられないわけでもなさそう。
姉として、弟のことは気がかり。
今のところ、癒しを与えるくらいはできるので、やれることをやる所存。
・キュウリとナス : お盆のお供えの一つ。
精霊馬ともいう。
・備考 : キュウリやナスに、割りばしを挿して4本の足を表現する。
キュウリは実が早く成長することから、馬に準えられる。
そこから、ご先祖様に早く帰ってきてほしい。という意味になる。
ナスは牛に準えられ、少しでも長くこの世にいてほしいという意味になる。
迎えるときは、馬。送るときは、牛。
間違えるととても失礼。