四十九話:四十九日
「やあやあ、今日も元気そうだね。どうだい? ボーナスはもらったかね?」
営業先の1つには、公共施設……ぶっちゃけると学校がある。最近よく行くところじゃないけど。
公務員はボーナスが早い。と浮かれる担当に、うちはまだなんで。と嫌そうに返す。
……営業が顔と態度に出すのとか、本当はよくないんだけど、この担当は曖昧なことが嫌いで、何でもはっきりすることを好む。
……いや正直疲れるんだけどな。
良い面もあるし、悪い面もある。だけど、この人は「持ち帰って検討します」が通じない人なんだよな。「ここで決めなさい」と平気で言うタイプ。
……まあその、代わりに、「不快なことがあったら言いなさい。こちらも態度を改めるから」とはっきりと言う人でもあるから、疲れるし苦手ではあるけど、嫌ではないというか。
「いやー、お金に関してはあまり言うものじゃないな。後でやり返される。具体的にいうと来月辺り」
……分かってるなら、黙っていれば良いのにほんと。
……うちの会社の夏ボーナス、どうなるかな……。
俺のところは営業成績変わらないけど、他の連中成績良いのかな……?
前のボロアパートから焼け出されたのはやはり痛い。
失くしたものを買い直すたびに、貯金が容赦なく減ってくんだよな……。
そんな状況だと、ボーナスも期待しちゃうよ?
……去年より下がらないと、いいなあ……。
曇り空の下、次の営業先へ移動中、ふと、誰かとすれ違う。
それに合わせて、ちり、とヒリつく感覚。
慌てず騒がず、周囲を見渡す。すると、白い着物を着た老婆の背中が見えた。その老婆の前からは、体格の良いビジネスマン風の男性が。
危ない、と言おうとしたが、強い違和感を覚えた。
なぜなら、男性は老婆にぶつかることなく変わらない速度ですり抜けたから。
さすがに、こうなると状況は分かった。
ほどなくして、立ち止まる俺とすれ違いそうになる男性。
そこで俺は、わざと急にしゃがみこんだ。
「っと、どうしました? 大丈夫ですか?」
その男性、人は良いのだろう。急にしゃがんだ俺を見て、自身もしゃがみこんで目を合わせてきた。
「……え、ええ、なんとか。ちょっと立ちくらみが」
「それはいけない。今の時期、こんな曇り空でも熱中症になることもあるのですから。ささ、そちらの暗がりゴホンッ、日陰で休憩していきましょう。二時間ほど」
違う意味でクラっときたわ。
「うほっ、中々にイケメンですね。さぞかしモテることでしょう? ……じゅるり」
違う意味でゾワッときたわ。舌なめずりすんなや。
なんというかもう、相手にするのも嫌になったので、目的だけ果たすか。
パンパンっと、柏手を二つ。
「……う、ん? ……えっと?」
「大丈夫ですか? 気分でも悪くなりました?」
今度は逆に、俺の方から問うてみる。
「ああすいません。今日も暑いですね。夏だから仕方がないのですけど」
「水分補給はしっかりと。よかったらどうぞ」
たった今、すぐそばの自販機で買ったスポーツドリンクを手渡すと、男性は喜んでゴクゴクと飲み干していた。
「ああ、これは申し訳ない。私、こういうものですけれど。……何かありましたら、……こちらのプライベートなアドレスにご連絡もらえればと。……きみならいつでも歓ゲイしますよ子猫ちゃん。……うほっ」
名刺を取り出して、裏に書かれた自分のものと思われるアドレスをなぞってみる男性。そして、名刺を俺に手渡したあと、なぜか俺の手をぎゅっと握ってウインクひとつしてから立ち去っていった。
…………なんだよ。あの老婆の趣味が腐ってたんじゃなくて、あいつが元から真性だったのかよ。
……………………老婆の未練の残りカスを祓ってやったの、失敗だったかな?
…………いやいや、あのままだと別の誰かがアーーーッ!? な状態になってたかもだから、人助けしたと思うことにしようそうしよう。
人助けしたはずが、あまりの展開にしばし呆然としていると、スマホに着信がある。
こんな時に誰だよと舌打ちしながらスマホを取り出すと、
Σ(゜ロ゜ノ)ノ
急に暑さを感じなくなった気がするが、このままにはできないので出てみるか。
『もしもし、わたし、メリーさん』
はいはい、どうしたんだい? メリーさんや?
『バラにはお花以外の意味もあるって聞いたから、ママさんに聞いてみたの』
ぐ……ぶほっ。なんてタイムリーな。
今吹き出したの、メリーさんにカウントされてないよな?
『でも、ママさんは教えてくれなかったの……。逆に、誰からこんなこと聞いたのってしつこく聞かれたの』
マダムグッジョブ。……うん? これ、マダムからお呼び出しのパターンかな?
『パパさんに聞いても、苦笑いするだけで教えてくれなかったの。むー』
メリーさんが電話の向こうで可愛くむくれる様子が手に取るように分かるな。
『もう、誰でも良いから教えてほしいの』
ほら、アレだよきっと。豚バラ肉とか言うじゃん? メリーさん好きだろ?
『何か違う気がするの……。でも、バラとは、美味しくいただくモノだということは分かったの。……バラの花びらのジャムとか砂糖漬けみたいに』
うんうん、そんな感じだろきっと。
『今度また、ママさんに作ってもらうの~♪ また電話するの』
がちゃ、つー、つー、つー。
……ふう、なんとかごまかせたか?
…………ところで、今のやり取りをマダムが把握したら、やはりお叱りを受けるのだろうか? 俺なんも言ってないのに?
……無事でいられますように……。
・俺 : 主人公。男性。名前は『孝緒』
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
イケメンって初めて言われた気がする。
……全く嬉しくなかったが。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
ママさんに、「バラは美味しくいただくモノって聞いたの」って聞いたら、バラの別の意味を聞いたときよりガチで問い質されたの。
……目が据わってて怖かったの……。
・桜井 美咲 : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
最近、孝緒さんが同僚の男性社員たちと少しだけ距離を取るようになりました。
……何かあったんでしょうか?
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
最近あの人が、スーツ姿の男性を見ると少しだけ警戒するようになった気がする。
何かあったのかしら?
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
最近、あの人が、体格の良い男性を見ると、少しだけビビってる気がする。
……妄想が捗るわ。ふふ。
・碓氷 幸恵 : 幸薄い誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。
最近あの人が、工場の職人さんたちと少しだけ距離を取ってる気がします。
……何かあったのでしょうか?
……もしかして、私が何かしたんでしょうか?
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
最近、孝緒さんの顔色が微妙に暗く感じたので、悩みでもありますー? って明るく聞いてみたら、思いがけない爆弾抱えてた。ヤバい。
まだ実害がなくても警察に相談しましょう、被害届出しましょうって説得したついでに、その場の雰囲気で抱き締めちゃったら、少しだけ震えてた……。
ヤバい、どうしよう?
・謎の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、姉と認識する幼女。
……備考:霊だったはずなのに、実体がある。
口数も少ないが、別にしゃべられないわけでもなさそう。
姉として、弟の交遊相手は気になります。
泣かせるつもりなら容赦はしない。
何かあったなら、私が守る所存。
・四十九日 : 亡くなった方の霊が、あの世へ逝くまでの期間。
・備考 : 亡くなった方は、自宅や死んだ場所と、墓とを往復しながら、少しずつ未練を捨ててあの世に逝くための準備をするのだという。
その日数にどんな意味があるか調べてはいないものの、7日を7回繰り返すということではなかろうか。
初七日、つまり、亡くなってから7日で拝むこともあり、その7日間で一巡りするとの考えだろうか。
余談ではあるが、遺骨を墓に納める葬列の時に、晴れていれば亡くなった方は笑って逝ったと教えてくれる方もいる。
雨が降っていれば、まだ逝きたくないと泣いているのだと。
それらは、今生きている我々にとっても、心の整理をつけるための理由にもなり得ると思う。
少しでも、慰めになればと思う。