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第四十八話:天井のシミ

「もしもし、碓氷(うすい)ですけど。どうも、こんばんは。お疲れさまです。今、大丈夫ですか?」


「はいよ、こんばんは。どうした? なんかあった?」


 普段より少し早い帰り道。見知らぬ番号からの電話だったので、念のため出てみたら碓氷さんだった。

 なんだろう? また、仕事関係でトラブルかな?


「あの、ちょっと相談がありまして……」


 時間がどれ程かかるか分からないから、休日都合のいい日に会えないかというお誘いだった。


 ……ん? デートのお誘い? いやいや、そんな甘い雰囲気ではなく、どこか緊張感を覚えるような真剣さだったな。




 ……えっと、両親に会ってくださいとかじゃないよね?




 で、予定の空いてる休日。

 姉貴と一緒に車で訪れた俺は、碓氷さんの工場のとなりにある彼女の自宅に招かれていた。


「お休みの日に、すみません。もう、どうしていいか分からなくて……」


「うん、なにがあったんだい?」


「ご案内しますね」


 心底申し訳なさそうな顔で、半泣きな碓氷さん。

 事態は深刻なのか? 挨拶も早々に、状況の確認に動く。


「こちらなんですけど……。えっと、家族の名誉のためにいいます。毎日は無理でも、週に一回は必ず掃除していて、目立つ汚れは無かったはずなんです。それが、10日ほど前から急に……」




 ……うわぁ……。




 碓氷さんが半べそかきながら風呂……ユニットバスの天井を指す。


 そこは……。その、シミが、とんでもないことになっていた。


 大量のシミが、人の顔みたいになっていて、ニヤニヤといやらしく笑っているように見える。


 これでは、たくさんの知らない人に風呂を覗かれているような気分になるんじゃないかな?


 ……正直、かなりキモい。


 碓氷さんの話を詳しく聞けば、10日ほど前から急に、天井にシミができていったらしく、強力なカビ取りとか何度も試したのにどれも一時的な効果しかなかったという。




 ……で、そのバスルームの隅っこに、体育座りしている四角い顔の変なやつがいるんだがな?


 姉貴も、天井のシミよりその変なやつの方が気になるらしく、ずっとそいつを見ている。




 で、その変なやつ。こちらに気づいていないのか、天井をずっと見ている。

 ……かと思えば、口をかぱっと開け、舌が蛇のようににょろにょろと天井に伸びて、



『レーロレロレロ、レロレロレーロ、

 レーロレロレロ、レロレロレーロ、

 レーロレロレロ、レロレロレロ、

 レロレロレーロ、レロレロレロレロォ』



 なぜか、歌っているようなリズムで、天井を舐めだした。


「ひっ? また、シミが……?」


 で、舐めた場所に人の顔のようなシミが増えていった。


「ところで碓氷さん? 天井のシミ、入浴中でも容赦なく増えるの?」


「あ、はい。あまり気にしないようにしてますけど……。もう、ここ数日はあまりにひどくて、車で10分くらいの銭湯に通ってました」




 ほうほう、つまり……。




 オイコラ『天井(なめ)』、てめぇ、碓氷さんが入浴中もそこに居たってことかよ?




 ……ギルティ。




 姉貴が、立てた親指を下に向ける。

 それを合図に、風呂場の隅っこにいるそいつを、怒りのストンピング。


 ぱん、と弾けるように堂々とした覗き魔は弾けて消えた。


 ……人の方には興味はなかったのかもしれんが、相手は嫁入り前の年頃の娘さんだぞ?




 どう考えても、有罪に決まってんだろうが。





「……あ、シミが消えて……」


 人の顔のようなシミが消えて、ほっとしている碓氷さん。

 しかし、なんだろうね? 碓氷さんって、人でも妖怪でも、変なのに絡まれやすいのかな?


 実家暮らしとはいえ、ちょっと遠くに住んでる分、何かあったら……。


 そこまで考えて、そっから先は一旦保留。


 俺の方がちゃんとしてないと、ね。



 少し先のことを考える俺の悩みをぶった斬るようなタイミングで、着信。


 まさかと思い画面を見れば。




(;>ω<;)




 ……うん? 汗を、かいているのかな?



『もしもし、わたし、メリーさん』



 はいよ、こんにちは。どうしたんだい?



『梅雨の晴れ間に合わせて、ママさんと大掃除なの。カビもシミも見逃さず、滅殺なの』



 物騒だなぁ。今に始まったことじゃないけどさ。



『わたしも、汗水垂らしてお掃除頑張るの』



 うん。それはいいことだね。



『ママさんのご飯はいつも美味しいけれど、汗をかいた後のご飯は、格別に美味しいの』



 ……うん、それはいつもどおりだね。



『先輩たちをシャンプーしながらお風呂にはいるのも、大変だけど楽しいの♪』



 先輩たち、今何頭いるんだろうな? 楽しんでるならいいんだけどさ。



『また電話するの』



 がちゃ、つー、つー、つー。



 うん、今日も暑いから、シャワーでも浴びて汗を流したくなるな。


「あの、今日も暑いですね?」


「ああ、もう夏だからね。暑いけど、仕方ないさ」


 思い出したように、額を汗が伝う。

 あー、暑いな。


「……あの、お風呂、きれいになったことですし、その……入っていきます? ……私と一緒に」


 なんでそうなるかなあ?


 ……いやその、せっかく勇気だして誘ってくれたんだろうけどさ、姉貴に無言でつねられてるからやめとくよ。





・俺 : 主人公。男性。名前は『孝緒(たかお)

……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。

 碓氷さんのご両親は、最初からずっと見ていました。

 碓氷さんのお父さんに、「きみはそれでも男かね?」

 と怒られました。

 そんなこと言われても、遊びで手を出すつもりなんてないですから。



・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?

……備考 : もうすっかりマダムの家の子。

 汗をかいた後のおやつは最高なの。

 ママさんの手作りなら、もっと最高なの。



桜井(さくらい) 美咲(みさき) : 同じ会社の、同僚の女性。

……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。

 トークアプリで幸恵(さちえ)さんから謝られました。

 正直、不憫だなって思ってしまいました……。



源本(みなもと) (しずく) : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。

……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。

 彼のガードの堅さは異常なレベルなのは知ってたけど……。

 さすがに同情する。



()(した) 双葉(ふたば) : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。

……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。

 むしろ、さっさと手を出して欲しい。

 でも、自分からは言えないもどかしさ。



碓氷(うすい) 幸恵(さちえ) : 幸薄い誘導員。実家は歴史ある町工場。

……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。

 後になってから、抜け駆けするところだったと青くなった。

 でもなぜか、みんなから慰められた……。



(おぼろ) 輪子(りんこ) : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。

……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。

 アプローチ、してみた方がいいのかなぁ……?

 迷惑に思われたりしないかなぁ……?

 そう送ったら、みんな同じこと考えててちょっとびっくり。



・謎の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、姉と認識する幼女。

……備考:霊だったはずなのに、実体がある。

 口数も少ないが、別にしゃべられないわけでもなさそう。

 姉として、弟の交遊関係は気になります!





天井嘗(てんじょうなめ) : 風呂場などに現れる妖怪。舌が天井まで伸びる。

・備考 : 天井とか、掃除のしにくいところにできるシミが、なんだか人の顔に見えたりしたことはないだろうか?

 それは、天井嘗が嘗めたことで、そんな(いびつ)なシミができたのかもしれない。


 桶についた水垢などを嘗め取るのは、垢嘗(あかなめ)。同じようで、違うものらしい。

 担当区域の違いで、名前も違うようだ。


 風呂場は、ちゃんと掃除しないといけないよっていう教訓みたいな妖怪。


 別に、覗きが趣味というわけでもないし、人に危害を加えるわけでもない。


 てゆーか、ニンゲンとか興味ないし。

 オイラが興味があるのは、天井のシミだけさ。レロレロ。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 姉貴が居なければ風呂に入っていたことでしょうね。 ……いや、それでも入らなそうですが。
[一言] >碓氷さんのお父さんに、「きみはそれでも男かね?」 と怒られました。 ホントだよ( ˘ω˘ ) >でもなぜか、みんなから慰められた……。 ドンマイ( ˘ω˘ )
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