第四十七話:長い休み
あれから、引っ越しを前提に、普通の一軒家を借りて住むことにした。
良くも悪くもない、普通の一軒家だ。
とりあえず、買ったものを置くための場所が欲しかったから。
家具はともかく、着替えとか、……スーツとか。
……スーツ……くそっ。いい値段のした思い出の品も、先日の火事で失われてしまったのはショックだが、営業先で惜しんでくれた人がいたから立ち直れたようなものだ。
でなきゃ……くっそう……。
まあ、そんなわけで、失くしたものを買い戻さなければならず、買ったら置く場所が必要。そんなわけで、早々に物件を決めた。
……あのタヌキ親父が居たとことは別の不動産屋に相談して。
ゴールデンウィークの長い休日。
俺と姉貴は、雫嬢と双葉嬢に呼ばれて、二人の通う学校へと足を運んでいた。
春休みのうちに、マダムの要請で行った学校で、夕方になんか変なのが出てくるというやつ。
……ところで、雫嬢? 学校通ってたんだ? いや、普段雫嬢って、日中何してるか言わないからさ。
学校で何か異変が起きているらしい。
マダムから電話があり、雫嬢と双葉嬢の二人からも世間話というか相談というか、あいまいな感じで聞いてはいた。
また、教師も事態を把握しているらしい。
「先日はどうも。大変お世話になりました」
前回ビビりまくっていた女性教師さんが、今回も案内役を務めてくれるそうで。
前回とは違って、笑顔なのが、なんというか、その。
「孝緒さん?」
「また落としたんですか? 今度は女教師。マニアックですね?」
二人から向けられる圧がすごい。俺、無実なのに……。
姉貴も、こっち見なくてもいいよ。なんか非難されている気分だよ。
「では、案内させてもらいますね。……ふふふ♪」
その含み笑いはなんなんですかね?
「今、当校では『コックリさん』なるおまじないが流行っているそうです」
女性教師さんの案内で、空き教室へ。
その教室で『コックリさん』をやると、成功する確率が跳ね上がるのだという。
最初は、事実と噂話を元に、一緒に参加している誰かの話をしていたのだという。
・誰かの好きな食べ物
・誰かの趣味
・誰かの好きな人
・誰かを秘かに思っている人
それは、日常的な女子トークの範疇だったという。
それが、いつの間にか、
・恨んでいる人
・憎んでいる人
・殺したい人
・罪に問われない殺害手段
など、どう考えてもまともではなくなり、しかも、『コックリさん』を行っている生徒の表情が抜け落ちて、何を言っているのか分からなくなるほどの早口になって、最終的には発狂したのだという。
今、その女生徒は、病院で人形のように動かなくなってしまっているという。
無表情で、何も言わず、食事も取らず、起きている時はただぼうっとどこか一点を見続けていると。
ただ、マダムがカウンセリングを行っているとのことで、いずれは正気に戻るだろうと思われた。
で、その女生徒がそうなったのは、直前までやっていた『コックリさん』が原因では? となり、因果関係を突き止めろ。と上の方から無茶振りされたのがこちらの女教師さんだそうだ。
「必ず四人でなければいけないそうですから。生徒を巻き込むのは業腹ですが……。あなたを引き込むために利用させてもらいました」
そういう言い方はないんじゃないの? なんて思えば、
「いざという時は、私のことは捨て置いて、二人のことを助けてあげてくださいね。それは、私にはできないことですから」
女教師さんはそんなこと言いながら、覚悟完了した強い表情から、優しげに微笑んでみせた。
……と、言いますかね、覚悟完了してるのはいいんですけどね。
たぶん、上の人が言ったことは、その時の目撃証言とかの情報を集めろってことで、実体験しろってことじゃないと思うよ?
空き教室の机を一つ、椅子を、姉貴の分も合わせて五つ用意。
机に文字の書かれた紙を広げて、俺から見て正面に女教師さん、右手側に雫嬢、左手側に双葉嬢、俺のすぐ隣に姉貴が座る。
この女教師さんも、事前に色々試したらしい。
同年代の教師たちに声掛けして、男性教師のみ、女性教師のみ、男女混合、などなど。
しかし、どれも失敗したそうな。
だから、マダムの方に相談がいって、俺を指名することになったとか。
また、『コックリさん』をやるには、生徒が、それも、女生徒が四人中二人は必要とマダムに言われたらしく、俺と縁のある雫嬢と双葉嬢の二人に白羽の矢が立ったそうな。
……てか、マダム? この状況はあなたの差し金ですかい?
まあ、マダムのお願いなら仕方ないか……。
マダムが相手なら勝てる気がしないし。でも、後で皮肉の一つ二つくらいはいいだろう。
紙の上に硬貨、今回は五円玉を置いて、その五円玉に四人が指を乗せる。
指に決まりはないというが、全員なんとなく人差し指だった。
「コックリさん、コックリさん、おいでください」
特に力を入れてないのに、五円玉が勝手に動く。女教師さんが息を飲んだ。
『は、い』
なんか姉貴が、女教師さんの右上の方をじっと見つめてる。
なるほど。そこにいるのね。
「コックリさん、私の好きなものを当ててみてください」
女教師さんが、緊張気味に言う。
『シ、ョ、タ、と、び、い、え、る』
……おい待て。それは、答えが違くないか? いきなり失敗か?
「…………っく? まさか……?」
戦慄している女教師さん。
えっ? まさか事実? 腐ってるの?
「コックリさん、どうしてさん付けで呼ばなくてはならないの?」
雫嬢は、堂々たる態度で割りとどうでもいい質問をしていた。
『………………』
五円玉は動かない。
答えられない質問のようだった。
雫嬢? その質問って、犬に対してあなたはなんで犬と呼ばれているの? って質問だと思うよ?
「孝緒さんが、現在交際している女性の数を教えてください」
『1、2、に、ん』
「12人…………」
「事実無根だ」
全員の視線が集まる。女教師さんは汚物を見るような目になっているが、雫嬢と双葉嬢は興味深そうに目が輝いている。
……無表情の姉貴の視線が、一番怖い。
「お前は何者だ?」
『お、し、え、な、い』
だろうな。というか、女教師さんの右上の何かが、だんだん見えてきたぞ?
……姉貴? なんでサムズアップした?
……なんで、親指下に向けるよ?
「女生徒が、今、病院に入院しています。元に戻してください」
『こ、と、わ、る』
女教師さんは、真剣な表情に見えるが……。
さっきの返事でショタとBL好きってあったからなぁ……。
せめて否定しなよ?
「獣臭いのだけれど?」
『………………』
五円玉は動かない。
や、雫嬢さ、答えやすい質問にしたらどうかな?
「孝緒さんが、これまで交際してきた女性の人数を教えてください」
『1、1、4、に、ん』
「114人…………?」
「事実無根です」
また、全員の視線が集まる。
女教師さんはともかく、雫嬢と双葉嬢は困惑気味。ほんとなんですか? という心の声が聞こえてきそう。
……姉貴? どうして俺の膝の上に乗るのかな? ボディーをぽすぽす殴るのはやめて?
「正体現せタヌキオヤジ」
どさ、と、女教師さんの右後ろの辺りに、全裸のおっさんが転がっていた。
「はい全員そのまま。五円玉から指を離さないで」
タヌキオヤジを〆るために指を離せば、なぜか姉貴が五円玉に指をのせて、任せろとばかりに親指立ててみせた。
で、四つん這いのまま逃げようとするタヌキオヤジの背中を踏んづけてやる。
そのまま少しずつ圧をかけていけば、ポンとばかりに全裸のオヤジがタヌキへと変化した。
「このくそタヌキ。皮剥いで鍋にするぞ」
俺が凄んでみせれば、
「そんなの食べたくないのだけれど」
冷静な雫嬢。
「野生動物って、寄生虫だらけと聞きますよ?」
嫌悪感むき出しの双葉嬢。
「あ、あの、これは、どういう状況です?」
困惑する女教師さん。
で、姉貴は、グッと親指を立てて、その親指を下に向けていた。
そして、やっちゃえ、と口の動きだけでゴーサイン。
まあ、やらかした分くらいは罰をもらっとけ。
ギャーン。
汚い悲鳴を上げたタヌキは、すーっと体が透けていって、やがて消えた。
……ふう、悪は滅びた。適当なことばっか言いやがって。
そんなときに限って、スマホに着信。
まさかと思えば……。
ρ(тωт`)
冷や汗たらしながら電話に出る。
『もしもし、私、メリーさん』
どうしたんだいメリーさん。拗ねた声だしちゃって。
『やっぱり、ボインがいいの? すとーんは眼中にないの?』
ははは、なんのことかさっぱりですよ?
『現在12人……。残りの女どもを教えるの。さあ、キリキリ吐くの』
真っ赤な嘘です。事実無根でございます。
『今日という今日は、むぐっ? ももあん? (もしもし、孝緒さん? メリーさんはこちらで引き受けるので、終わったら帰ってらっしゃい)』
帰りなさいではなく、帰ってらっしゃいですか。
この状況で、そちらにうかがうのですかマダム?
がちゃ、つー、つー、つー。
うーん、生きて帰れる気がしないなぁ……。
・俺 : 主人公。男性。名前は『孝緒』
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
この後、メリーさんの誤解を解く羽目になった……。
おのれタヌキオヤジ。
あ、マダム。夕飯美味しかったです。ごちそうさまでした。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
ママさんはクスクス笑っていたので、嘘だということは分かったものの、不機嫌なの。
・桜井 美咲 : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
引っ越し祝いに、以前マグロ尽くしをごちそうになった大将から出前を頼んだら、ビックリするくらいの値段を提示されて、しかもタダでいいと言われて二重でビックリした。
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
他に女がいるのかとちょっと気になる。
探偵でも雇おうかしらと考え中。
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
自分たち以外にも? と内心プチパニックだが、堂々としている雫を見て少し落ち着いた。後でグチろう。
・碓氷 幸恵 : 幸薄い誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。
仕事が忙しくて、会う機会が減って寂しい……。
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
自分も引っ越そうかなぁ? と考え中。
ちょうどいい物件が……。
・謎の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、姉と認識する幼女。
……備考:霊だったはずなのに、実体がある。
口数も少ないが、別にしゃべられないわけでもなさそう。
姉として、弟の交遊関係は気になります。
・西のマダム : 高級住宅街に住む、セレブな女性。既婚者。
……備考:メリーさんを迎え入れ、たくさんの犬と旦那と一緒に過ごしている。
犬はたまに増える。犬じゃないのもたまに増える。
今回は、ある意味自分がまいた種だったので、アフターフォローは請け負います。
今度こそ、タヌキはちゃんと〆ました。
・コックリさん : 降霊術の一つ。
・備考 : 漢字で書くと、『狐狗狸さん』
それぞれ、狐、キツネ。狗、イヌ(ヤマイヌ)、狸、タヌキを意味する。
人霊や天使や悪魔などを呼び寄せる正式な作法ではなく、そこらにいる雑多な動物霊を適当に呼ぶため、トラブルが頻発する。
いくつかあるルールの中でなら、比較的安全に行使できるものの、格の低い雑多な動物霊ごときがルールを厳格に守るわけもない。
そのため、気まぐれに嘘を教え場を荒らし、呪いを掛けたりもする。
使用する硬貨から指を離すと、呪われるらしい。
良い子も悪い子も、決して遊びでやっていいものではない。