第四十五話:燃える
「もしもし、朧。次の土日どっちか1日空けといてもらいたいんだが。連れて行ってもらいたい所がある」
『どうも、こりゃまた、急ですね。私ならどっちでも構いませんよ? なんなら、平日でも』
「いつ終わるか分からんから、1日付き合ってもらうことになる。平日でもいいなら、貯まってる有給消化するか」
とりあえず予測はたてられるが、また丘野に会ったらめんどうだから、早く行って早く帰りたい。
「えー、有給とか。休んでもらうわけにはなー。仕事サボって、デートのお誘いですか?」
「ならしようか、デート。金曜の朝8時に、よろしく頼む」
「……え……? ちょ、ほんとに、デートなんです……? ……え?」
スマホから、慌てふためく声が聞こえてくる。
俺としてはほっこりだが、そんなんでこの先……。ごほんごほん。今はやめよう。
「じゃ、よろしくな」
プー、プー、プー。
スマホから聞こえるのは、無機質な電子音。やはり、メリーさんの声の方が、いいなあ。
そんな風に思ってしまうのだから、もう逃げられないんだろうなぁと。
さて、スキーに行ったら雪崩に巻き込まれて入院という、なかなかハードな週末を経て、退院して出社したら、花束贈呈と拍手で迎えられた。
入院中は骨休めが出来たかというと、そうでもない。
代わりの人員はいないからと、病院側と交渉して許可をもらって、会社と各取引先とを電話でやり取りして、痛み止めを飲んで体動かしてと、時間は作れるがそれほど暇はなかった感じ。
取引先との電話では、ずいぶん心配してもらったのだが……。
会社の方から、欠勤扱いな。出社してないし。テレワーク? 何だそれは? と、社長直々にお声をお掛け遊ばされて。
そういやそういう会社だったよ。と心の中で悪態吐いてみても、分かりましたと言う他なく。
俺の癒しに会えないのは、しんどいなーと思った入院生活だった。
……美人な女性看護師さんとかいないかなとか思ったが、前にも世話になった恰幅のいいおばちゃん看護師だった。
相変わらず、嵐のような人だった……。
さて、退院してからは、普段通りの営業回り。
毎日が忙しく過ぎていき、あっという間の金曜日。
礼服着て、朧が来るのを待つ。
滑らかに車が止まった時間は、ちょうど8時ぴったり。
運転席から出てきたのは、戸惑った顔の朧。
デートというのを真に受けたのか、いつもの仕事着のベスト姿ではなく、動きやすそうなパンツルック。
気負ってない感じで、俺的には好印象。
しかし、いつまでも戸惑った顔させておくのもな。
「今日は親の命日なんだ。よろしく頼む」
「えええ……。デートって言うから、結構気合い入れてきたんですけど……まあいいですけどー……」
不満そうなのは、分かるよ。休日、遊びに出掛けるって感じの服装だもんな。車もいつものタクシーじゃないし。
変形シーンをまた見たかったんだが。
「親御さん、命日なんですね」
「ああ。二人とも、事故でな」
会話が途切れて少ししたら、遠慮がちに朧に問われる。
「えっと、その、……聞いても?」
隠すようなことでもない。……けど、面白くもない。
「追突されて、ガードレールの途切れたところから、崖下に。その後炎上して、犯人諸共にな」
珍しく急ブレーキ。後ろに車はいなかったから、別にいいんだが……。
「どうした? 急ブレーキは危ないだろう?」
「いえ、でも、その、あの……」
俺の顔を見ながら、慌てふためく朧。
ハザードランプを点けてサイドブレーキを利かせているあたり、プロなのかな、なんて思ったり。
「俺は乗ってなかったから無事。あまり行けてなかったから、今年は事故現場に行きたくてな。だから、よろしく頼むよ」
ほっとした様子の朧を見て、なんだか俺も、ほっとした。
※※※
……さて、これは一体どういう状況なんだろうな?
両親の事故現場に寄って花を手向けてから、桜の木のある山手の広場に来たのだが……。
や、さすがに見れば分かる。しかし、なんでそうなるのかが全く分からん。
「あ、あの、これは、まずくないですか? どう見ても、放火の現行犯ですよね?」
朧の言う通り、赤いポリタンクと火の点いたままの松明を持ち、ケラケラ笑っている女が一人。
その視線の先には、毎年拝んでくれと亡き両親に頼まれた大きな桜の木。
その、桜の木が、燃え盛る炎に包まれていた。
「あははは……。これで、これで、あいつは、あたしのところに来るしかなくなる。本物の遺影と位牌はうちにあるんだし」
さすがに、状況は理解できた。
しかし、御神木の桜の木に油をかけて燃やすとか。
丘野のヤツめ、狂ったとしか思えんぞ。
「あ、孝緒、久しぶりぃ。これでもう、こんな寂しいところに来なくてもいいよぉ? うちに、あんたの両親の本物の遺影と位牌と遺骨がちゃんとあるからぁ」
「ちょ、この人……」
丘野の見開かれた目と、三日月のようにつり上がった口は背後の燃える桜の木と相まって、狂人にしか思えなかった。
怯えて後ずさる朧の気持ち、よく分かるぞ。
「ところで丘野、その桜の木に、なんで注連縄が張ってあるのか聞いてないのか?」
「そんなの知らないわよぉ! そんなことより、孝緒、あんたのことよ! たぶんあたしが悪かったんだと思うわ! 謝ってあげるから、うちに来てよ! あたしが養ってあげるからぁっ!」
はあ、と大きく息を吐いて、一旦心を落ち着かせようとしてみる。
「あ、あの、逃げましょう? あの女おかしいですよ!」
朧が両手を絡ませて無理矢理引っ張ろうとしているが、逆効果だと思うんだよなぁ。
「あたしの孝緒になにしてんのっ!? お前も燃やすわよっ!?」
火の点いたままの松明を突き出し、悪鬼羅刹もかくや、というほどの形相の丘野に、ひぃ……。と小さく悲鳴を上げる朧。
はあ、と、ため息一つ。
「ところで丘野、上」
「孝緒、そんな他人行儀じゃなくてさ、前みたいに名前で呼んでよぉ」
メラメラバチバチと、桜の木の燃える音に負けないくらいのでかい声を出している丘野には、もう、人の言葉も現世の音もちゃんとは聞こえないのかもしれない。
「枝が、逃げて!」
朧の必死な叫びも届かず、不自然に折れて落ちてきた大きな枝の下敷きになってしまった。
その枝は、当然燃えたまま。その火が、丘野の服に燃え移り、そこでようやく事態を理解したようだ。
「な、なによこれ? えっ? あ、熱い熱い。ぎゃあああぁぁっ!?」
ちっ、と、舌打ち一つ。
別に、今の丘野など見殺しにしてもいいのだが、人が焼けていくさまを朧に見せるのもな。仕方ない仕方ない。
「くっそ、熱っちぃっ!」
礼服で手を保護して、丘野の上の枝をどかした上で、丘野に燃え移った火を脱いだ礼服で包んで消火。
押さえる力が強い気もしたが、まあ、恨みもこもるだろうさ。
「あああ、あの、その」
面白いくらいに狼狽える朧を見て、少し冷静になれた気がする。
「あ、朧。救急車呼んどいてくれ。俺は、アレを何とかしないとダメっぽいし」
「…………ひぇ」
燃え続ける桜の木に、人の顔のような模様が浮かび、しかも、苦悶の表情を浮かべているようにも見えるし、木全体が右へ左へ曲がったりくねったり。
その姿は、生きたまま焼かれる人のようで、火が移って焼けた丘野は、まさに因果応報と言うべきか。
……で、問題は、その桜の木に、子供の霊かなんかが見えるんだよな。三人くらい。
さらにいうと、三人とも着物姿で五、六歳くらいの小さな子で、一人の女の子を他の二人が拘束しているように見える。
……でもって、その、拘束されてる女の子、なんでだろうな? 『姉貴』と認識してる。
……おかしいんだよな。初めて見るはずの子供三人。そのうちの一人が、母親の幼少期の写真にそっくりで、なぜかその少女を俺は『姉貴』と認識してるんだ。
……まあ、とりあえず。
「ちびども、『姉貴』を離せや」
『姉貴』を拘束している二人の霊を、両手でデコピン。
二人の霊が頭を押さえてのけぞっているうちに、未だ燃えている桜の木の幹に、両手を突っ込んで『姉貴』を引っ張り出した。
その直後、桜の木は断末魔の叫びのように激しい音を立てて更に激しく燃え上がり、大きな火柱のようになって、
次第に、舞い上がる火の粉が光の粒へと変わり、木の上の方から徐々に灰へと変わって空へと登っていった。
あとに残ったのは、礼服をダメにした俺と、あちこち電話しまくっている朧と、全身火傷の丘野と、
……なぜか、俺が両手に抱いている、透けてないし重みもある五、六歳くらいの着物姿の少女。
……霊じゃなかったの?
俺も、朧も、少女も、呆然として辺りを意味なく見渡していた時、俺のスマホに着信が。
こんなときに、誰だよ? と舌打ちしながらスマホの画面を覗いてみれば……。
!!ヽ(゜д゜ヽ)(ノ゜д゜)ノ!!
あ、何かヤバいことが起きた感じ。
『も、もしもし、わたし、メリーさん!』
はいよ、どうしたんだい? メリーさんや?
嫌な予感がすさまじいぞ?
『あ、あ、アパートが、燃えてるの! 火事なの! あ、あーっ!』
うん、何が起きてるか大体分かった。
……現実逃避していい?
『呆けている場合じゃないの! アパートが、火事で、たった今倒壊したの!』
……うん。なんつーか、帰りたくなくなったよ……。
『何でもいいから、早く帰ってくるの!』
がちゃっ! つー、つー、つー。
……うん。しばらくは帰れないと思うぞ?
今ようやく救急車と消防車が来たところだし、事情を説明せねばなるまいて。
「あの、逃げますか?」
朧が控えめな声で、魅力的な提案をしてくるが……。
「手遅れだと思うぞ? まあ、諦めよう」
俺は、なぜか『姉貴』と認識する幼女を手に入れた代わりに、自宅のボロアパートを、帰る場所を失ったらしい。
・俺 : 主人公。男性。
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
名前の『孝緒』は、両親の名前から一文字ずつもらった。
父の名は孝志。
母の名は美沙緒。
自身の名こそが、両親の愛の証しと誇りに思っている。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
消防車を呼んだものの、気が付いた時は既に手遅れ。
燃えるアパートの中は無人と分かったものの、じゃあ主人公はどこに? と、プチパニック。
・桜井 美咲 : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
有給で休んだかと思えば、自宅アパートが火事。顔を見るまで気が気じゃなかった。
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
突然の火事の連絡に、唖然……。
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
雫と一緒に物件探ししたのが役に立つ? と思ったものの、不謹慎? とビクビクしてる……。
・碓氷 幸恵 : 幸薄い誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。
隣町だし、朧から連絡があるまで火事とか知らなかった……。
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
状況についていけず、右往左往。
とりあえず電話しまくった。
・着物姿の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、正体不明の幼女。
……備考:霊だったはずなのに、実体がある。また、三人は、かつて桜の木の根本に、人柱として埋められた数と一致するが……?
・ジュポッコ : どこからか種が飛んできて、埋葬された遺体の上に偶然育った木。
……備考 : 遺体を取り込み、妖樹へと変化した存在。人の生き血をすするという。
漢字で書くと、樹木子。
村で、かつて起きた災厄の時に人柱が埋められていた御神木。
時間と共に、人柱の亡骸をその幹に取り込みながら成長し、妖樹へと成った。
囚われていた人柱の魂が昇天したことで、御神木もまた消滅した。