第四十三話:放課後
正月明けのある日。ある高校にお邪魔することとなって足を運ぶ。
学校自体はまだ冬休みで、教師や職員もほとんどおらず、閑散としている。
そんな状況で、なぜ高校に来ているのかといえば……。
「本当に、あなたが、西野様の紹介で?」
「そうですが……。この問答何度目になります? もう帰っても良いですか? 西のマダムには、先方に拒否されたとありのままを伝えますから」
効果は抜群だった。
若い(といっても、30歳前後の)女性教師は、さっと顔色を青くして、しばしうつむく。
分かりました。と校舎の中へ通されたのは、それから一分もしない。
ビクビクと警戒しまくりの女性教師の後に着いて、校舎内を案内してもらう。
……なんで、こんなことになったのかというと……。
『もしもし、私、メリーさん』
「用件はなんですか? マダム? イタズラなら、他を当たってもらえますか?」
『もう、たまにはおちゃめさんも良いではないですか。ぷんぷん』
「用がないなら、切りますね」
『ああ、もう。分かりました。ちゃんと言います。実はですね……』
メリーさんとは違い、スマホにちゃんと番号が表示されていたので、間違いようもない。声真似とかもしてなかったし、マダムのおっとりとした優しげな声は、さすがに聞き間違うことはなかった。
で、その用件は、夕暮れ時の学校に、不審者が現れるのだそう。
不審者の特徴は、不明。
姿は見えるが、特徴をとらえることが出来ず、男性か女性かも分からないという。
ただ、夕暮れ時で放課後のチャイムが鳴ったあとのどこかの教室に現れることは分かっているらしい。
学校が冬休みに入ってから、たびたび目撃され、見回りの用務員や教師が何度か被害に遭ったらしい。
その被害というのも、気がつけば教室の床に倒れている程度で、怪我も盗まれたものもなく、全くもって意味不明とのこと。
しかしながら、本日の見回り担当はこの女性教師なのだという。
もし女性が気絶して無防備な姿で床に倒れていたりしたら?
イタズラ目的な犯人でも、何をされるか分からないために、年のいった先輩教師の面々から、さんざんに心配という名の脅しを受けていたのだという。
そのため、この女性教師、すっかりまいってしまって、男性不信になってしまったと。
……で、ただいま謝罪中。
「すみません。本当にすみません。私、何度も何度も脅されたことで、怖くなってしまいまして……。無礼な態度、本当に申し訳ありません」
深々と、頭を下げる女性教師さん。
でも、俺からは三メートルは離れたまま。
その距離から一歩でも近付こうとすれば、目を吊り上げて距離を取るわけで。
ぼくは怖いにんげんじゃないよ? プルプル。
などと言ってみたくなった。
さて、女性教師さんとのやり取りで時間を食ってしまって、放課後のチャイムまであとわずか。
鬼が出るか蛇が出るか。
そうやって、気合いを入れたところで、辺りの空気が変わった気がした。
教室に設置されているスピーカーから、ぶつっ、とスイッチを入れた時の音が漏れる。
ぎーんごーんがーんごーん。
ずいぶんと、音の割れたチャイムが鳴り響き。
……それは、俺の背後に突如現れた。
『あぎょうさん、さぎょうご』
天井から、上下逆さまの何者か……うん、白い靄で構成されているヒトガタは、何者かとしか言えんな……は、何事か問いかけてきたが……?
『あぎょうさん、さぎょうご。いかに』
いかに、て、以下ってことか? どうだって問うているのか?
『時は刻まれる。ちっちっちっちっちっ……』
「時間制限ありかよ!?」
あぎょうさんのさぎょうごってなんだよ?
あぎょうさんて、こいつのことか?
さぎょうごって、なんの作業だよ?
『ちっちっちっ……』
「答え : うそ。あ行の三とさ行の五で、うとそ。だから、うそだ!」
『ちっ……。次の問い。《はぎょうよん、わぎょうご、たぎょういち、あぎょうに》 いかに?』
舌打ちした!? いや、それよりさっさと返すか……っておい。
「……へんたい」
『ぷーくすくす。へんたい。次の問い。《らぎょうご、らぎょうに、かぎょうご、わぎょうご》 いかに?』
今度は笑ったか? おまえ、喧嘩売ってるんだな? さっさと全問正解して、グーでこらしめてやるぞおい?
「ら行の五……ろりこん。……ロリコンだと? おまえ、ふざけているな? ちょっとこっち来いや」
『ぷぷーゲラゲラ。ろりこん。次の問い。《はぎょういち、あぎょういち、らぎょうよん、まぎょうさん》 いかに?』
よし、喧嘩売ってるな。こんなふざけたやつはちょっとこらしめて……。
「……はあれむ」
『……ぎりっ。最後の問い。《かぎょうよん、たぎょうさん、かぎょうご、わぎょうご》 いかに?』
「けつこん……結婚。分かっているよ、そんなこと。それを今考えているんだろうが」
ほんと、なんなんだろう? こいつは?
『けけけ……。たぎょういち、らぎょうよん、たぎょうご』
「たれと……誰と? そんなもん。おまえに関係あるかよ!」
『けけけ……。けつこん、けつこん! だれと? みんなと?』
「うるせぇっ! 笑うな! こっちは真剣に悩んでいるんだよ!」
『ハズレ、ハズレ、問いにこたえなかった! さぎょうに、なぎょうよん!』
「お前が死ねぇっ!」
どったんばったん大立ち回り。
何度か手応えは感じたが……。
そもそも、倒せるタイプの都市伝説か?
……まあ、いい。消えたのは確かだ。
ちょっと乱れた教室内を片付けて、報告して、と。
「こ、これは一体……。な、なにがあったのですか!?」
……あ、忘れてた。
結局、問いに答えれば済むタイプの都市伝説なので、そこら辺の説明をして、さようなら。
次また出るなら、また呼んでと言っておいて、マダムと高校の校長に連絡を。
今回は、それで終わりだ。
……次回は、なければ良いなあ……。
ため息吐きながらの帰り道、スマホに着信。
?(゜_。)?(。_゜)?
……うん? これは……どうした? メリーさんや?
『もしもし、わたし、メリーさん』
はいはい。このはてなマークはなんじゃらほい?
『あぎょうさんて、誰なの?』
……えっ? まさか、勘違いしていらっしゃる?
『また、増えるの? 節操なしもいい加減にするの』
いやその、メリーさん?
あああ……今返事したら即死攻撃が飛んでくるから、説明も出来んぞ。
『これはみんなに報告なの……また、電話するの』
がちゃ、つー、つー、つー。
夕闇に染まる空は、憎たらしいほど晴れ渡っていたが、俺の心は台風直撃な感じの大荒れだ。
立ち止まって空を見上げてみると、一番星まで俺をバカにしているように思えてしまった。
・俺 : 主人公。男性。
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
ハーレム願望は無かったはず。もう自信無い。
今後のことで、まだ考え中。
少し鬱憤溜まってます。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
センサーは今日も好調? トークアプリで連絡したら、間違いを指摘されてへこんだ。
・桜井 美咲 : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
若い子が増えるのは、ちょっと問題かなぁ? と思っている。
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
物件とか、少しずつ興味が出てきた。
……何部屋必要だろうと首をかしげた。
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
雫と一緒に、物件とかネットで漁っている。未来を想像するのは、意外と面白い。
・碓氷 幸恵 : 幸薄い誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。
後々、家を出るか。出るなら、両親と工場はどうなるか。
色々お悩み中。
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
少しぶりに呼ばれたと思ったら、なんだかどんよりしていたので、普段よりさらに気を付けて送ってあげた。
……釣りは要らんって押し付けてきた額が、今回も多すぎるんですけど!?
・西のマダム : 高級住宅街に住む、セレブな女性。既婚者。
……備考:メリーさんを迎え入れ、たくさんの犬と旦那と一緒に過ごしている。
犬はたまに増える。犬じゃないのもたまに増える。
なにかあると、主人公に『お願い』することも。しかし、出来ない人間に仕事を任せることはしない主義。
・あぎょうさん : 容姿など正体不明の存在。問いを掛けてくる。
……備考 : 学校の放課後、遅くまで教室に残っていると、天井から現れて問いを掛けてくる。上下逆さまで出てくるともいわれている。
問いに答えられないと噛みついてきたり殺されたりする。
『あぎょうさん、さぎょうご、いかに?』
これは、あ行の三と、さ行の五。つまり、『う』と『そ』で正解は『うそ』。
似たような別の存在は、鎌を持って襲いかかり、拐ってしまうものも。
放課後は、早く家に帰りなさいというたしなめか。あるいは、早く家に帰ってきてほしい親の願望と心配か。解釈の分かれるところ。
噛み付く = 怪我をする、事件事故に巻き込まれる。あるいは誘拐される。
恐らくは、そんな想像から生まれた都市伝説。
※このネタは、keikatoさんからいただきました。




