第四十二話:初詣(はつもうで)
虚ろな表情の少女が、焦点の合わない目をしている。
どこを見ているのか分からないような少女の正面には、人の悪意に取り憑き、実体を得るに至った異次元思念体。通称《悪魔》
その、《悪魔》を目にした時、少女の憎悪が、炎のように燃え上がる。
「心に憎悪を」
取り出したスマートフォンに向けて、呪いのような言葉を吐き出した時、足元から夜闇のような炎が吹き出し、その小さな身を包んだ。
黒く暗い炎の中で、少女の着ていた水色のワンピースは焼失し、代わりに、黒い炎がゴシックロリータ調のドレスへと変貌を遂げていた。
「蝕め、絶望の刃!」
右手には、身の丈を越える大きさの、黒刃の大鎌。
背中には、黒く燃える一対の炎の翼。
自慢の金髪は、ポニーテールに結い上げられていた。
「魔法少女、マジ狩るメリー。お前の後ろを獲ったぞ」
一歩駆け出せば、一瞬で影のように《悪魔》の背後を獲り、首に大鎌の刃を添えていた。
いつでも、お前の首を刈れるぞ? とでもいいたげに。
「さあ、絶望しろ! ……なの」
『新番組、《魔法少女 マジ狩るメリー》! 毎週日曜、朝9時から放映開始。きみは、忘れかけた伝説を垣間見る!』
『絶対に逃がさない……。なの』
※※※
※※
※
……なんだこれ? え? なにこれ?
これが初夢? マジで? メリーさん、俳優デビュー? 魔法少女になっちゃうの?
いやいや、落ち着け。そんなわけあるか。
俺の知っているメリーさんは、絶望に満ちたあんな目はしない。
あれはきっと、そういう配役なんだ。
あんな新番組なんかないんだ。
と、思いつつ、ついスマホでプリティで武闘派な魔法少女の新番組とか探してしまった。
もちろん、そんなのあるわけなかった。
全員で初詣をしましょうと連絡を取りあったのは、去年最後の日曜日。
そこから、全員が集まれる日程を調整したら、元旦どころか三が日を過ぎてしまった。
学生はまだ冬休みのようだけれど、働いていると、日程調整が難しいと感じる時がある。
まあいいか、と頭を振る。
それよりは、よく分からん夢で全身汗びっしょりだ。
汗くさいなどと言われないように、風呂に入って支度をしよう。
「おはようございます。今年もよろしくお願いしますね」
待ち合わせ場所の神社に着いたとき、一番早く挨拶してくれたのが、桜井さんだった。
今日の桜井さんは、桜井 美咲の名を誇るように、桜色に桜の花柄な振り袖姿だ。
嬉しそうな微笑みが、なんとも魅力的です。はい。
「今年も、よろしくお願いします」
続いて深々と頭を下げたのは、源本 雫嬢。
白地に水色のグラデーションのかかった涼しげな色に、雪の結晶の柄の振り袖姿。
色合いが名を示しているようで、なんともマッチしている。
「どうも。よろしくどうぞ」
白衣に緑色の袴姿でちょこんと頭を下げたのは、木ノ下 双葉嬢。
樹齢数百年とも言われる御神木を奉るこちらの木下神社の、神主の孫にあたるそうで、元旦から三日ほどは手伝いで忙しかったそうだ。
「本年も、実家の工場諸共に、よろしくお願いします」
少しビクビクしながらお辞儀をするのは、碓氷 幸恵さん。
一人だけ工場の作業着姿なのを、ものすごく気にしている。
工場が忙しくなってしまったので、誘導員を辞めて実家の工場の事務員に専念しているのだけれど、今は忙しすぎて正月休み返上している職人さんもいるとか。
お疲れさまです。
「今年もご贔屓にー」
ロングコートにパンツルックで明るく挨拶するのは、朧 輪子。
今日も、みんなの送迎を担当してくれている。
俺は自分の車でここまで来たがな。
というのも、みんなの晴れ着姿……約一名、悲惨な人もいるけど……を、見せて驚かせたいからだそうだ。
なら、朧は振り袖じゃないのか? と問えば、
「一人だけ仲間はずれだと、ね?」
と、耳打ちしてきた。
「真打ちの登場なの!」
元気な声で背中に飛び付いてきたのは、和風の顔立ちなのに見事な金髪の、メリーさん。
都市伝説で有名な存在のはずなんだが……。
なんかもう、よく分からない感じになってる。
とりあえず、明るく元気で何でも美味しく食べる少女だ。
で、そんなメリーさんの今日のお召し物は?
「その目に焼き付けて、恐れ戦くがいいの!!」
両手を腰に添えて胸を張る姿は、微笑ましいのだが……。
黒地に金色の登り龍。
振り袖の足元から肩口までド派手に描かれた金龍のインパクトが強すぎて、言葉を失ってしまう。
背中の方を見せてちょうだいな、と言えば、ぴょんと跳ねて振り向く。かわええ。
で、その背中には、コウモリのような翼がこちらも金色で描かれていた。
黒地に金てよく映えると思うけど、この振り袖、いったいいくらしたんだろ?
はいはい、かわええよ。と頭を撫でてあげれば、メリーさんは満足したらしく、鐘を鳴らすのー。と神社の方に行ってしまう。
うん? 鈴じゃないの?
みんなで揃ってお参りしたあとは、おみくじを引く。
今年最初の運試し。俺は……まあ、いつもより少しマシかな?
それより、みんなのを見てみよう。
桜井さんは、中吉。
恋愛運、吉。焦らずゆっくりじっくりと。
雫嬢は、吉。
健康運、大吉。体を鍛えるのによい年。
双葉嬢は、小吉。
総合、他人との交流に難あり。短気は損気。
碓氷さんは、末吉。
総合、未来を信じ、堪え忍ぶ年。されど、悪い年にはならない。
朧は、吉。
仕事運、笑顔を絶やさずに。
で、大トリはメリーさん。
もちろん大吉。
恋愛運、突撃あるのみ。
金運、絶好調。
健康運、無双。
仕事運、いつでも道は開かれている。
総合、最強に良い年となるでしょう。
うーん、ツッコミどころ満載な気のするのは、それこそ気のせいかな?
うん? 俺の結果知りたいの?
毎年面白いものじゃないけど……。まあ、見たいならどうぞ?
凶。
恋愛運、拗れないよう、誠実に。
金運、油断大敵。節約を心掛けよ。
健康運、突然の事故や病気に警戒を。
仕事運、真摯に打ち込めば、道は開かれる。たぶんきっと。
総合、お祓いをおすすめします。
去年は大凶だったけど、こうやって縁に恵まれたからね。
だから、おみくじとか信じないことにしてるんだよ。
要は、一年を、人生を、精一杯生きて、良いものにしていけば、おみくじの結果とか関係ないってことじゃないかな?
まあ、あえて言うなら、今年は去年よりも良い年になるってことかな。
みんなで、良い年にしようってことだよ。
・俺 : 主人公。男性。
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
ハーレム願望は無かったはず。もう自信無い。
今後のことで、考え中。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
振り袖着て気分も上げ上げ。登り龍の如し。
・桜井さん : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
今年も、焦らず、ゆっくりと攻略していくつもり。
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
見合いの話もよく来るが、全部断っている。
断ったのになぜか両親がほっとしているのを見て、内心首を傾げている。
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
最近、さらに可愛くなったと密かに評判で、男子から声を掛けられることが増えた。
けれど、陰で「口を開けば罵声が飛び出す。触るな危険」と言われているのに気付いていない。
ぼっち上等。
・碓氷 幸恵 : 幸薄い誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。
最近、取引先の担当が代わったと思ったら、あの人だった。嬉しい。
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
最近呼ばれる回数が減り、ちょっと寂しい。
お金よりも、顔をみたいなぁ、なんて。