第四十話 : 紅葉、高揚。
さて、やってきましたマダム所有の山。
本日のメンバーは……その、増えたんだよな……。
「や、どうしましたか? 気分でも悪くなりました?」
うーん、何度見ても不可解だ……。
いや、その、朧嬢の運転するタクシーは、普段は普通乗用車な訳だが、今は9人乗りのワゴン車みたいになっている。
なんと、朧嬢の意思一つで、軽乗用車から大型バスまで自由自在だそうだ。
車が《変形》する様子をこの目で見たはずなんだが……。
…………うん、あまり気にしない方向で。
そして、朧に嬢つけるのなんかやだわ。年下ばかりの中、一人だけ俺と同い年みたいだし。
それよりかは、碓氷さんの戸惑いが、かわいそうなレベルになっている。
「碓氷さん、そんなにビクビクして、どうしたんですか?」
「……え、ええと……。私、仕事関係で手伝ってほしいと言われて……え? ピクニックですか……?」
なるほど。碓氷 幸恵さんは、取引先にでも引っ張られていくのかと思っていたわけだ。
それなら、まあ、間違ってもいないかな。
「ピクニックという認識でも大丈夫です。引率が、私とあちらの桜井さんだけなので、若い子がはしゃぎたいとなると手が足りなくて」
「……え? あ、あなたのお誘いだったんですか……」
……なんでそこで、頬に手を当てて顔を赤くするかな?
変なことはなにもありませんよ。ただの栗拾いとキノコ狩りですって。ぶっちゃけ、マジで手が足りないので。
…………しまった。マダムのところから、くろすけ先輩とか借りてくればよかった……。
だってさあ、『山に自生する松茸、トリュフを指定した量以上取ってきてください』って、マダムに命令されてるんだぜ?
トリュフ、見つけてこないと、俺、明日には行方不明になってるかもしれないんだぜ?トリュフなんて、テレビ以外で実物見たこともないのに。
あの、マダムのガチの目、ハンパなく怖かったんだよ?
吊るされるのも埋められるのも沈められるのも豚のエサも、どれも嫌じゃい。
だから、一人でも多くの人手が欲しかったのに……。
係長はマスク外さない彼女さんの関口さんと同居して初の連休(週末ではない)だから、自宅で目一杯に密で蜜な連休を過ごすと言っていたし! 課長は馬に蹴られたくはないと辞退したし! 他に声かけても、ことごとくノーを突きつけられたよ……。
…………もし、トリュフ見付からなかったら、謝ったら許してくれるかな…………。
その時は、メリーさんにも一緒に謝ってもらおう。
※※※
山は広く、栗の木が密集している栗山と、キノコが生えるキノコ山は別々と言っていた。
……同じ山なのに、栗山とキノコ山で分かれているとか、どういうことなんだろうな。
まあ、それはよしとして、二班に分かれる必要がある。
や、ないかもしれないが、トリュフを探す時間は限界まで確保したい。そして、その責任を、女性陣に擦り付けたくない。なので、俺がキノコは確定。あとは、女性陣を三人三人で分けることに。
で、その結果。
・栗山班 : 雫嬢、双葉嬢、朧。
・キノコ山班 : 俺、桜井さん、メリーさん、碓氷さん。
雫嬢の運動能力の低さなどが気になったが、栗山はすぐ近く、キノコ山は少し歩くため、この割り振りは妥当だろう。
ウォーキングから始めて、現在はランニングで体力をつけている最中という雫嬢。
胸が重いとよく愚痴をこぼしているそうだけど。……その、樹木のように平たい胸族の双葉嬢相手に。
その双葉嬢、Bはあるって騒いでたけど、なんのことやら。
で、ある程度体力がついたから心配いらないと胸を張ってみせる雫嬢。
無理はするんじゃありませんよ? と頭を撫でてあげたら、口をパクパクさせながら顔を真っ赤にしていた。
で、目を閉じて気持ち良さそうに頭を撫でられている。
…………え?チョロすぎないか?
双葉嬢? よろしく頼むよ? 雫嬢に無理させないでくれよ?
無言で頭を差し出してくるので、こちらも頭ナデナデ。
表情が乏しいけど、それでも嬉しそうに感じる。
朧? お前もか? 仕方ないな。引率よろしくな。ナデナデ。
……って、そんなビックリすることか? お前が撫でろと頭出して来たんだろ?
あ痛っ? こらこら、メリーさん、すねを爪先で蹴らないでくれる? ビックリしただろ。
さて、時間は有限だ。キノコ、探すか。
……で、問題が一つ。
「みんな、トリュフって、見たことある? このキノコ山のどこかに自生してるらしいけど……」
全員、首を横に振ったよおい。
仕方ない。魔法のスマホでチョチョイのほい。
……マジか。知りたくない雑学まで知ってしまったよ。
……まあ、それはいいんだ。まずは松茸か。松茸というくらいだから、松林の方にあるんじゃないか? 松茸。
なら、トリュフは……?
……おう、マジか。ちゃんと載ってるよ。スゲーなウィッキーさん。
「松茸を狩りまくるのーっ!!」
「あ、メリーさん、待って! 私もいくから!」
「……あ、あれ? 行っちゃいました……」
メリーさんが元気に走り、その後を会釈してから桜井さんが追いかけ、取り残された碓氷さんはひたすら戸惑っていた。
……まあ、無理もないけど。
……でも、逃がさないからね?
後ろからガシッと肩を掴み、振り返った碓氷さんに、にっこり。
「トリュフ、絶対見付けましょうね?」
碓氷さん、涙目。
※※※
「あ、お疲れさまでした。……どうでした?」
二時間後、集合場所に戻ってみれば、全員お揃いで食事を作っていた。
俺は、途中で体力が尽きてふらふらの碓氷さんを背負って戻ってきたのだが……。
「碓氷さん」
「は、はぃぃ」
碓氷さんを下ろした上でひと声かけると、背負っていた籠から黒い塊を取り出す。
「これが、トリュフらしい。キノコに詳しい知り合いに写真を見てもらったんだけど、スマホのレンズ越しでも間違いないと断言していいみたいだから」
「…………すごく、大きいですね?」
「それが、よく分からないから困ってる」
戸惑う桜井さんの気持ちはよく分かる。
料理で勝負のテレビ番組とかを見た記憶を引っ張り出してきても、トリュフってピンポン玉くらいじゃなかったっけ? これ、握りこぶしより大きいくらいあるんだよな。
「これ、これを見るのっ!」
「…………すごく、大きいですね」
はしゃぐメリーさんに、そう言うしかなかった。
……え? なにこれ? こけし? でかすぎない? 松茸だよね? これ。
……この山、なにかおかしくない?
ま、まあ、いいか。
今、みんなで食事の準備をしているんだが、雫嬢と双葉嬢が不器用で怖い。野菜を切ってもらっているようだが、力み過ぎていて野菜以外も切ってしまいそうだ。怪我だけはするんじゃありませんよ?
朧は、にこにこしながら意外なほど器用に栗の皮に傷を入れている。
虫食いの栗は、ここで食べてしまうことにしたらしい。
煮るのと、焼くの。
ちゃんとやれば、そのままで十分美味しくいただけることだろう。
さて、俺はどこを手伝うか……うん? なんだアレ?
羽の生えた……子犬? それとも小型犬? 毛は灰色に近くて、狼犬みたいな感じだ。そんな小さい犬が、しっぽを振り鼻をひこひこさせながら近付いて来ていた。
「……? わあ、わんちゃんがいるの! かわいいのー!」
……その、子犬へ突撃して確保したのはメリーさん。
うん、まさに確保だった。ビビった子犬が逃げる間もない早業。さすがの速さだった。
でも、いきなり抱き上げたから、嫌がって暴れてメリーさんの腕から逃げてしまった。
「あ……逃げられたの……」
その子犬の逃げた先は、雫嬢の足元。止めるべきか? とわずかに迷うが、一旦様子を見ることに。すると……。
「あら? あなた、どこの子? 野良?」
雫嬢にはあっさり抱き上げられる子犬。暴れもしないし、むしろ、その大きな胸に顔をこすり付ける始末。
「………………」
両手を地面について、うなだれているメリーさん。
声も出せないほど落ち込んでいるか? メリーさん、きっとまだ成長の余地はあるぞ。 それに、いきなり捕まえたメリーさんも悪い。
意外と懐っこい犬が来たとあって、女子は桜井さん以外犬を構う方に夢中になってしまった。
仕方がないので、俺と桜井さんとで食事の仕上げをすることに。
……といっても、栗の具合を見ながら肉と野菜を焼くだけだけどな。スープはもう出来てるし。
……なんとなく桜井さんの顔を見たら、にこって微笑んだのを見て、なんか、夫婦って、こんな感じなのかなと思ったのは、その、内緒だ。
さて、食事はだいたいできた。
ご飯はおにぎりにして一個ずつラップに包んで持ってきたし、スープはおかわり自由。肉と野菜はそろそろ焼けてきてるし、栗もよさそうだ。
はいはい、犬を構うのもいいが、食事したら帰りますからね。
ポリタンクの水で手を洗ってからだよ。……おっと、メリーさん? ちゃんと手を洗わないと、食べさせないぞ? いや、ケチじゃないでしょ。
犬、お前は味なしの焼いた肉と、野菜と、あとは虫食いの茹で栗でも食ってろ。
「んーっ! お肉も栗も美味しいのーっ!」
結構な勢いでパクパク食べるメリーさん。
「あつっ。熱いけれど、焼き栗も茹で栗も美味しいわね」
栗の皮を剥くのに難儀しながら、マイペースに栗ばかり食べる雫嬢。
「ん、美味しい」
なんでもバランス良く食べる双葉嬢。
「いやー、なんか悪いですね。でも、焼き栗なんて初めて食べましたよー」
上機嫌で、焼き栗茹で栗の皮を剥いて、自分でも食べながらみんなに剥いた栗を配る朧。
「なんか私、あんまり役に立ってないのに……。こんなにいただいていいのでしょうか……?」
ひたすら恐縮しながらも、しっかりと食べている碓氷さん。
「はい、おかわりどうぞ。たくさん食べてくださいね」
にこにこしながら、スープのおかわりをよそってくれる桜井さん。
「ああ、ありがとう。十分いただいてるよ」
肉や野菜を焼きながら、合間を見てちゃんと食べている桜井さんを見て、ほっとしながら俺も食べる。
……で、前足で俺の足をカリカリしてくる子犬に、味なしの肉や剥いた焼き栗を追加してやる。
この子犬、どこにそんなに入るんだ? ってくらい食べたら、とことこと離れていったと思うと、背中のデフォルメされた天使のようなちっちゃい羽が、カラスのような大きな翼に変化した。
『あおおおぉぉぉーーーんっ!』
空を仰ぎ、天へ届けとばかりに声を張り上げる子犬。
次の瞬間には、光に包まれ、空高く舞い上がり、
「わぁ……綺麗……」
そう、声を漏らしたのは誰だったか。
まだ昼過ぎにも関わらず、空には満天の星空。その空に、一条の光が走った。
・俺 : 主人公。男性。
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
ハーレム願望は無かったはず。
翌日の昼飯は、松茸や舞茸の入った、具だくさんの炊き込みご飯と栗ご飯のおにぎりだった。家にも、キノコと栗の料理が届いた。
桜井さん、ありがとうございます。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
自分で採ったでっかい松茸をマダムに見せたら、とても喜んでいたので、嬉しくなった。
・桜井さん : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
熟年夫婦のような雰囲気が出てきたと言われて嬉しくなった。
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
ランニング、距離を増やそうか検討中。でも、胸が重いのは本当。
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
名前から、樹木のような平たい胸族って言われて、キレたことがある。Bは本当。
・碓氷 幸恵 : 幸薄い誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:昼は誘導員、夕方からは工場の事務を兼業。
あとで松茸がギフトとして贈られてきて、ひっくり返りそうになった。
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
意外と器用で、家事は一通りこなせる。
焼き栗初めて食べた。うまー。
・天狗 : 赤ら顔で長い鼻をもち、カラスのような羽の生えた山伏姿の存在。
……備考 : 戒律を破った、堕落した僧侶。長い鼻は、鼻が高い。つまり、驕り高ぶった歪んだ自尊心などを指す。他にも意味がありますがー、お口にチャックします。
流星の化身ともされ、その姿は光を纏い天を翔る狗の姿に例えられる。
後に、マダムの家の後輩としていつの間にか混ざっていた。
※このエピソードは、UENO Q STYLESさんの要望と、日向 るきあさんの活動報告から着想を得ました。




