第三十九話:ハロウィン
目が覚める。
悪い夢……いや、ひどい夢を見ていた気がする。
ウエディングドレス姿でブーケを手に持つ、顔を黒で塗りつぶされた女性が、ひいふうみい……あ、思い出すのやめよう。
鏡を見てみる。
……うん、ひどい顔をしている。
つまり、ひどい夢だったということだな。
忘れよう。
仕事の支度だけはちゃんとやって、会社に行き、朝礼を済ませて、桜井さんから弁当を受け取って営業へ。
桜井さんは何か言いたそうだったし、係長は「シャキッとしなさい! 先方に迷惑をかけるんじゃないぞ!」と檄を飛ばすし、仲良くもない同僚からも、「桜井さんとうまくいってねぇの?」と言われるし。
うるせぇぞ。
なんて思ったが、なんもない。とだけ言ってあしらう。
しかし、今日は珍しく追加で絡んできやがって、
「別れるんなら、桜井さん俺がもらうぜ?」
とか、のたまうわけだ。
……まあ、色々いいたいことはあるが。
「前から言っておいた方がいいとは思ってたが……。あのな、女性は物じゃない。もらうとかあげるとか、そういうこと口に出すから誰も見向きもしないんだよ」
恥を知れ。
……いや、そこまでは言わなかったけどさ。
心底嫌そうに言ってやれば、舌打ちしながら離れていった。……他にも何事か言っていたけどな。
余計テンション下がったけど、許容範囲だろ、たぶん。
そうでもなかった。
営業で行く先々で、心配され声をかけられ、休んでいきなさいと仮眠室へ……その手には乗りませんから。
これではいかんと気合い入れ直し、一息ついてからまた営業回り。
それでも、何かあったのだと感じるものがあったらしく、やはり行く先々で声をかけられた。
「なにか、悩みごとがあるのですか?」
最近大人しかった、コーヒー好きな社長令嬢からも気取られて、世間話をぶった切られた。
「不満や悩みは人並みにありますよ」
社交辞令的に返したつもりが、
「私なら、あなたの不満は解消してあげられるわよ?」
令嬢さん、普段見せない、色気を感じる顔になって、距離を詰めてくる。
ただ、さすがにもうお腹いっぱいだ。
「お気持ちは受け取っておきます。けれど、お断りします。何度迫られても、それは変わりませんよ」
今度もまた、明確に断ったつもりだった。けれど、この令嬢さんに効いているのかいないのか。
「あら。それなら、その気になるまでアプローチかけさせてもらうわ。それが嫌なら、さっさと結婚することね」
令嬢さんは猫みたいにイタズラっぽく笑い、ぐいと身を乗り出してきて、耳元で囁いた。
(ちゃんと本命はいるのでしょう?)
からかうように、追い立てるように、プレッシャーをかけられた。
……そうやって、俺に結婚しろとかいうならさ?
「では、また。お仕事頑張ってください」
……どうしてそんな、泣きそうな顔で笑って見せるんだよ?
「…………では、今日はこれで失礼します」
………………俺に、どうしろっていうんだよ?
全ての営業先を回り、あとは退社の処理をするだけ。
これも、今では係長に電話一本で済むようになっていた。
だからといって、横着せずにちゃんと会社に戻るけどな。
「きみ、そろそろ身を固めてはどうかね?」
係長は、マスクを外さない関口さんとだいぶいい関係になってきているらしく、引っ越して同居しているそうだ。最近は課長と話が弾んでいる。
それが、俺にも回ってくるとはね……。
考えておきますとだけ返して、逃げるように退社した。
晩飯どうすっかな?なんて考えながら、現実逃避する。
どの店で夕食を調達するかと顔を上げてみれば、なんとまあ、町はハロウィン一色になっていた。
今日はカボチャを食べようか。
そんなことを考えていると、スマホに着信。
夕食のことを考えていたせいか、急に腹が減ってイライラしてきたところだ。
一体誰だよと舌打ちしながら画面を見てみれば……。
( ¯Д¯ )
……お、おおう。なぜか微妙に悪寒を感じるぞ? 不機嫌、らしい? のか?
『もしもし、わたし、メリーさん』
なんか沈んだ声だな。どうしたんだい? メリーさん?
『わたし、汚されたの……。もてあそばれたの……』
疲れきったような声のメリーさん。
さて、命知らずはどこのどいつだ?
メリーさんがいいようにされたって段階で、マダムの関係者だろうけど。
『何度も何度も……脱がされては着せられ、着せられれば脱がされを繰り返して……疲れたの……』
ああ、うん。お疲れ。
『髪をいじくり回すのに、何時間もかかったの……』
その間椅子に座りっぱなしか。それも大変だな。
『そんなわけで……今、お前の後ろを獲ったの』
急に、背後に人の気配と可愛らしくも疲れたような声が。
またテレポートしたのかよ。ここ、街中だよ? 見つかってもいいの?
『トリック・オア・トリート。お菓子をくれないとイタズラするの』
背後とスマホから二重音声が聞こえるが……ハロウィンだからお菓子か……。
今手元にないんだよな……。
すねるメリーさんも可愛いかもしれんが、今みたいに不機嫌だとなにされるか……。
「お菓子がないなら、イタズラするのっ!」
ぴょんと跳ねるように俺の前に回るメリーさん。
その姿は、なんとも気合いの入ったものだった。
魔女をイメージしたのか、黒いドレスにとんがり帽子。髪もくるくる縦ロールにしていて新鮮だし、魔女のステッキはスマホと自撮り棒か。
髪もドレスも気合いが入っていて、とても可愛らしい。
……が、不機嫌な表情が色々台無しにしていた。
その場でクルリと一回転して見せれば、短いスカートが翻り、意外と細い足が顔を出す。
……あんなにたくさん食べているのに、ぽっちゃりですらないんだよな……不思議だ……。
「イタズラするのっ!」
ぴょんと跳ねて抱き付いてくるメリーさん。
おっとと抱き止めてあげれば、なんだか不満そうに頬を膨らませている。
俺には、何が不満なのかよう分からんので、帽子を取って頭を撫で……ようとしたら帽子の下から顔を出したネコミミを、容赦なく撫で回した。
さすがに驚いたのか、スカートから顔を出すネコしっぽがピーンと上を向き、
「ふにゃっ!? ま、また、でんわするのっ!」
がちゃ、つー、つー、つー。
通話終了と共に、姿を消すメリーさん。
んー、なんだったんだろうな……。
魔女っ子も可愛かったが、んー、メリーさんはどんな姿が一番可愛いかな?
そんなことを考えていたら、すっかり気分が楽になっていることに気付いた。
・俺 : 主人公。男性。
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
ハーレム願望は無かったはず。
アパートに帰ったら、宅配でカボチャ料理が届いた。
桜井さん、ありがとうございます。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
ガチムチなオネェのスタイリストに弄り回されて、不機嫌なの。
ガチムチなおっさんオネェは怖かったの……。
・桜井さん : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
ハッピーハロウィンです。
カボチャをたくさん食べてくださいね。
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
お菓子をねだって、イタズラしようかしら?
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
料理を修行中。今日は、カボチャの煮物に挑戦。割りといい感じに思えた。
・碓氷 幸恵 : 幸薄い誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:昼は誘導員、夕方からは工場の事務を兼業。
でも今夜はハロウィンの仮装行列の誘導を担当した……。疲れた……。
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
帽子をカボチャにして、カボチャの置物をタクシー内に置いたら、今日は繁盛した。
今回のFA、メリーさんハロウィンバージョンは、『八割れネコ』さんよりいただきました。