第三十六話:とんとん。
今日もまた、当然のように暑い。
太陽が恨めしくなってくるが……。だからといって、この暑さがましになってくれることもなく。
数日前の川遊びが、遠い昔のようだ。
そんなこと考えながら、炎天下の中、次の取引先まで歩いている最中、スマホに着信があった。
( `д´)=3
おっと、なんか寒いぞ? いや、違う?
震えは来ないが、日差しの暑さを一切感じないとは。
これはこれは。可及的速やかに電話に出ないとな。
どうしたんだい? メリーさん?
不機嫌なのかい? でも、恐怖は感じないな?
『もしもし、私、メリーさん』
お、どうした? 不満そうではあるけど、不機嫌ではなさそうだな。
『週末、またどっか連れてくの』
うん? こりゃまた、ずいぶん急だね。
何かあったのかい?
『先輩たち、この暑さで、みんなぐでーんとしていて、全然遊んでくれないの』
『(きゅーん……)』
おや? 犬の鳴き声が聞こえてくるっぽいぞ?
メリーさんや? 近くに、誰か先輩がいるのかい?
『あんまり暑くて、先輩たちの毛を触ると火傷しそうなの』
『(うう……がうっ!)』
『じろう先輩、暑いからって、私に怒っても駄目なの……』
『(きゅーん……きゃうー……わんっ!)』
なあ、メリーさんや? マダムの家の庭なら、水浴びくらいは出来るんじゃないのか?
芝生に水まきとかさ。
『それはいいアイデアなの! さっそく、濡れてもいい服に着替えてくるの!』
『(わんっ! わんっ!)』
『先輩、いい子だから待ってるの。……また電話するの』
ばちゃん。さー、さー、さー。
よほど水の事を考えていたのか、通話切った音もバケツで水を撒くような音と、シャワーで水を撒くような音に変わってるし。
……しかし、俺、電話に出ただけで、一言もしゃべってないんだけどな。
メリーさん、電話すると相手の考えていることが分かるんじゃろか?
……ところで、そろそろ、まともな電話番号教えてくれないかなー?
メリーさんは双葉嬢ともアドレス交換してるってのに、俺とはいまだに顔文字の一方通行だ。
……悔しくなんか、ないぞう。
さて、数日過ぎて、また五人揃う。
それぞれ挨拶交わしつつ、さっそく車に乗り込む。
冷房の利いた車に乗ると、表情が緩んだりほうっと息を吐いたり、それぞれ違う反応があって面白いな。
助手席はローテーションのようで、本日は雫嬢。
メリーさん、桜井さん、双葉嬢は後部座席。
メリーさんは運転席側……つまり、俺の真後ろ……が定位置になったようだ。
「後ろを獲ったの♪」
四人とも機嫌がいいから、俺も気分がいい。
さて、行き先はマダムにも相談した結果、前回とは違う山だ。
カーナビをポチポチやって、準備完了。
『ぽーん。目的地は山なの。山には芝刈りに行くの』
違うけどな。
『ぽーん。後部座席もシートベルトをちゃんと締めて、出発しんこーなの』
……ところで、このカーナビ進化してる?
いつの間にアップデートしたよ?
「メリーさん?」
桜井さんが声をかけるが、当のメリーさんは返事しない。
後部座席の様子が気になるな。
助手席の雫嬢は、手で口許を隠して、クスクスと上品に笑ってる。
はたして、メリーさんはそっぽ向いているのか、頭を抱えているのか。
さて、着きましたるは、廃坑だ。
聞くところによると、今でも鉱脈は生きているらしい。
しかし、外国の安い鉱石の輸入が活発になったら、採算が取れなくなって廃坑となったらしい。
で、今でも社会科見学の定番コースとか。
なので……。
「お気をつけてー」
受付で小さなピッケルを借りて、意気揚々と先頭を行くメリーさんに、俺と桜井さんは苦笑だ。
雫嬢と双葉嬢もピッケルを借りているが、その小ささと軽さに、雰囲気を楽しむためのただのお飾りってことは分かっているみたいだ。
「出発なの!」
子供用ヘルメットに付けられたライトを点灯し、一人で拳を突き上げるメリーさん。
おー。とまばらな返事にやや不満そうだが、一応全員が手を上げたことで満足したらしい。
洞窟内は薄暗い。ギリギリ足元を照らす程度の弱い照明と、右側の壁面に『奥へ←』、左側の壁面に『入り口へ←』の看板が定期的にあるが、そもそも一本道だ。
途中から二股に分かれるものの、分かれた先で合流……というか、繋がっているので元の場所に戻ってこられると。だから、案内とかは付かないらしい。
涼しい坑道を、二列になって進む。
一番前は、メリーさんと桜井さん。
二番目は、雫嬢と双葉嬢。
最後尾が俺。
歩いて体を動かしつつ、涼むことが出来るとあって、全員気楽に進んでいくのだが……。
メリーさんは壁のでっぱりや天井のライトの調子が悪いなど些細なことで毎回足を止め、その度に桜井さんが付き合い、所々でこぼこしている足元に、何度も躓く雫嬢と、手を貸す双葉嬢。たまに俺も後ろから雫嬢のカバーに入る。
雫嬢の運動能力が低くてヤバい。
「胸部装甲が重すぎるのよ。少し私に分けなさい!」
これこれ双葉嬢。無茶言うんじゃありませんよ。
これこれ雫嬢。勝ち誇った笑みを浮かべたりするんじゃありませんよ。
これこれメリーさん、胸に手を当てても雫嬢を睨んでも、大きくなったりしないぞ?
楽しそうに騒ぐ3人と、どうしたものかと目を合わせる俺と桜井さん。
10分コースが、既に20分ほど経過していた。
一旦落ち着くまで待ってから、矢印に従いまた歩く。
すると、足音の他になにやら物音が?
足を止めて耳を澄ませば、トントンとなにかを叩く音。
全員が耳に手を当て、不思議な音に耳を澄ます。
……とんとん。
……とんとんとん。
……とんとんとんとん。
……とんとんとんとん。
よく聞けば、ドアをノックするような音。
今度は、音の発生源を見つけようと耳を澄ますと……。
「そこなの!」
メリーさんが、借りていたピッケルで壁を一撃。
すると、壁から握りこぶし大の石がぼろり。
その石には、1cmほどの、金色に光る粒が。
……え? マジ? メリーさん、壁壊しちゃったの?
いやいや、そんな得意気な顔されても。
借りたピッケルは、雰囲気作りの小道具だから。壁壊すためのものじゃないから。
あとで一緒に謝ろう? な?
どんどん不満げな顔になっていくメリーさんを宥めて、入り口まで戻る。
受付のお姉さんにピッケルやヘルメットを返しながら、事情を説明して頭を下げる。
すると、たまに壁を掘る人はいるから、落盤さえしなければ特に問題はないという。
それよりも、崩して出てきた石ころに、金色の大粒がある方が問題だったらしく、慌ててどこかへ連絡していた。
石ころは、記念に持って帰っていいってさ。
……連絡先に見せる証拠品として、残しておかなくていいのかな?
などと思ったが、金色の光が魅せる煌めきは、女性陣の心を捕らえて離さないようだ。
・俺:主人公。男性。
……備考:職業・総合商社の営業。優良物件。
ハーレム願望はありません。
洞窟内は涼しかったが、別の意味で寒気がした。
誰も怪我なくてよかったよ。
・メリーさん:少女の姿の……怪異?
……備考:もうすっかりマダムの家の子。
この金で、指輪を作るの。
……この量じゃ、作れないの……?
・桜井さん:同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
洞窟内の涼しさに、驚きました。
・源本 雫:主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
何度もフォローしてもらって、ありがたいのだけれど……。
・木ノ下 双葉:無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
足元が悪いのもあったけれど、気の毒なくらいバランスを崩して……。
少し分けてくださいお願いします。
ノッカー:坑道内に発生する、音だけの妖精。姿は見えない。
……備考:坑道で、なぜかノック音が聞こえてくる。鉱夫が、ノック音の出所を突き止め、壁面を掘ってみたところ、鉱脈に当たった。
そこから、ノック音で知らせてくれる妖精、ノッカーがいたのだという話。
実際のところ、その鉱夫が自分か他人かの足音をノック音と聞き間違え、たまたま鉱脈を掘り当てたか。
あるいは、長年鉱山を掘り続けた鉱夫の、人生一度きりの超常的な超感覚だったのかもしれない。