第三十五話:川遊び
その後もメリーさんの声のカーナビに従い、車を走らせること合わせて一時間ほど。
途中、警備員が常駐するゲートを、身分証明を見せた上で開けてもらって通過し、着いた先は広い駐車場。
見える範囲に、キャンプ場と河原。
ここは、マダムが所有する、川魚を釣れるキャンプ場だ。
マダムの依頼の正式なところは、メリーさんに川遊びを体験させてやって欲しい。とのことだ。
桜井さんや雫嬢は、メリーさんと仲が良いからとマダムが声をかけたそうだ。
で、双葉嬢に関しては、謎なんだがな。
マダムからは、一緒に連れてけとしか言われていない。
まあ、メリーさんに友達が増えれば万々歳なんだろう。たぶん。
車のトランクから荷物を取り出し、担いで河原の方までえっちらおっちら。
えっさほいさの方が正しいのかな?
河原の方まで来れば、全員揃って驚く。
なんせ、川岸は砂浜のように砂で覆われており、石ころなんて見当たらない。
裸足で歩いても怪我しそうにないな。
そして、三日月型の入り江のような箇所があり、川の流れはほとんど分からないほど穏やかで、水は濁りなく透き通っており、川底は砂地で、裸足で川に入って遊べそうだ。
着替え用のテントを張り、ビーチパラソル、チェアを出し、ビーチバレーのボールを膨らませる頃には、女性陣も濡れてもいい服装……全員水着じゃないか……に着替え終わったようだ。
マダムから預かった荷物の中に、名前の書かれた袋があり、濡れてもいい服と言われていたが……。
桜井さんは白のワンピースだけど、他三名はスクール水着って、どういうことかな?
……少なくとも、俺の趣味で選んだわけではないと言っておく。
「ど、どうかしら……?」
長い髪を結い上げた雫嬢は、なんとも恥ずかしそうで、俺、ちょっと、直視できないぞう。全身細いのに、そこだけは自己主張が激しいから。
「…………なんか、すみません」
髪をヘアゴムで一つにまとめただけの双葉嬢は、自分のスタイルに自信がないのか、落ち込んでいた。
いや、可愛いと思うよ?
「ちゃんと見て、感想を言うの!」
金髪をポニーテールに結ったメリーさんだけは、なぜか胸部分に《めりーさん》と名札が着いていた。
腰に手を当てて自信満々な姿は、なんともかわええよ?
「お、おかしく、ないですか?」
なぜか一人だけ白のワンピース姿の桜井さんは、妙におどおどしているけれど、一番バランスがいいと思います。
さて、水着姿の女性が四人。何をするかと思えば、準備体操をしてから、水の掛け合いっこをしていた。
まずは、川の冷たい水を体感して、お約束を体験するらしい。
自信満々なメリーさんが、そう宣言していた。
うん、マダムの入れ知恵だろうな。
で、しばらくしたら、ビーチバレーをするとか。
バレー用のネット無いけど? まあ、工夫してくれ。
……で、その間俺は、少し上流で渓流釣りで昼飯確保だ。
……や、マダムの荷物の中に、バーベキューセット(コンロ、炭、肉や野菜や魚の切り身)があったわけだが。
…………マダムから預かった荷物はリュックが二つ。そのリュックよりも大きい中身が複数あったのは、もう突っ込まないことにした。
妖術かな? 仙術かな? 確かめようにも、マダム本人ここにいないし。
まあ、それはそれとして。
30分ほどで、すでに10匹。
腸を取りながら釣竿を垂らせば、アユにイワナにと、入れ食い状態に驚く。
一人二匹としても、多く釣った分はクーラーボックスに入れて持ち帰って欲しいとのこと。
何匹欲しいか聞けば、釣れた分だけ、との回答が。
ならば、やれるだけやってみようか。
……川の中から手を貸してくれるのもいるみたいだし。
女性陣が水の掛け合いに飽きて、ビーチバレーで遊び始めた頃には、用意されてあったクーラーボックスが三つ、満杯になってしまった。
……そろそろいいか。
マダムのリュックからキュウリを取り出せば、川の水面から水掻きの付いた手が音もなく出てくる。
……突っ込みどころ満載なんだが……。
まあいいか、と、その手にキュウリを掴ませる。
あとは、川のせせらぎを聴きながら…………カリカリシャクシャクとキュウリをかじる音が聞こえてくる。
穏やかな雰囲気台無しだよ。
川下の方にキュウリを放れば、何者かはキュウリを追って川下へ下がっていったようだった。
あとは、ちょいと離れたところから女性陣の楽しげな声。
川の上流の方から、しゃきしゃき、といった感じの、馴染みのない音。
日差しは暑いが、心地よい音を聴きながら、クーラーボックスから取り出したよく冷えた水で喉を潤した。
……さて、そろそろかな。
女性陣にビーチパラソルの下で休ませながら、ペットボトルを配って水分も取らせる。
炭に火を着けて、バーベキューの準備を始めれば、桜井さんが手伝いを名乗り出る。
やんわり断っても、
「いいんです。私がやりたいんですから」
そう言って微笑む姿は、本当に魅力的だと思う。まだ言葉にはしないけど。
網の上で肉や魚が焼けてくれば、遊んでお腹すかせた少女たちは割り箸と紙の皿をもって、ワクワクした表情で待機していた。
「さて、いただこうか」
「「「「いただきます」」」」
牛肉、豚肉、鶏肉、羊肉にソーセージ。
アユにイワナにサーモンのホイル焼き。
タマネギ、ピーマン、ナス、シイタケ、ネギ。
焼けたヤツからトングではさみ、みんなに配りつつ肉を追加。
しっかり自分の分も確保しつつ、合間を見ながら食べて焼く。
タレをつけたり、塩コショウをふったり、醤油を垂らしたりと、それぞれ好きなように食べていく。
雫嬢は、少しずつゆっくりと噛み締めるように食べていて、
双葉嬢は、良い意味で普通。マナーは厳しい家なのかもしれないな。
桜井さんは、ちゃんと食べてる? と心配になったが、ホイル焼きを美味しそうにつついている。けど、焼く側に回って、食べる量は一番少ないと思う。
で、メリーさん。
いやほんと、気持ちいいくらいの食べっぷりだな。なんでも美味しそうにパクパク食べるんだよ。
あ、アユの塩焼き、頭から骨ごといったよ。
注目の的になっても、キョトンとしている。
かわええけど、あとでお腹壊すんじゃないよ?
食後、日陰で十分休んでから後片付けして、帰路に着く。
後部座席の三人は、車の揺れが眠気を誘うのか、肩を寄せ合い仲良くおねむ。
ずいぶん、打ち解けたようだな。
しばらくすると、助手席の桜井さんも眠気に抗えなくなってきたようで、リクライニングを倒すように言っておく。
四人の寝息をBGMに、静かに車を走らせれば、
(ぽーん。500めーとる先、右なの)
勝手に起動したカーナビが、空気を呼んで静かに教えてくれた。
……音量、いじってないんだけどな。
・俺:主人公。男性。
……備考:職業・総合商社の営業。優良物件。
ハーレム願望はありません。
リュック二つにジュース用と肉野菜用と釣った魚用にクーラーボックス合わせて五箱。
俺の車のトランクはいつから異界になったんだろうな……?
・メリーさん:少女の姿の……怪異?
……備考:もうすっかりマダムの家の子。
新しい友達と、たくさん遊んでたくさん食べてたくさん寝た。満足なの。
・桜井さん:同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
トークアプリの仲間が増えました。
良い子ばかりで楽しいです。
・源本 雫:主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
……せっかくなら、もう少し、可愛い水着姿を見せたかった……。
・木ノ下 双葉:無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
ライバルというよりは、仲の良い親戚みたいで、驚いた。
これで誰とも付き合ってないとか、間違ってる……。
河童:頭に皿、背には甲羅、手足に水掻き、口はくちばしという姿。日本全国に逸話があり、呼び名も姿も様々。キュウリが大好き。
……備考:川での事故が形を持った存在。
川辺で足を引いて転ばせたり、水中に引きずり込んで溺れさせたり、尻子玉という架空の玉を抜き取って命を奪ったりと、川にまつわる事故は、大体河童のせいにされる。
頭の皿が割れたり、皿の中の水がなくなったりすると、力を失うという。
小豆研ぎ:川辺で、音だけが聞こえる妖怪。姿は見えない。
……備考:川辺で、しゃきしゃきという、小豆を研ぐような音が聞こえると、小豆研ぎが川で小豆を洗っているのだという。
川のせせらぎが、まるで小豆を研ぐような音に聞こえたようで、昔の人はそれを、妖怪の仕業と捉えたようだ。
また、《小豆はかり》という、似たような妖怪もいる。
一説によると、小豆はかりが計った小豆を小豆研ぎが研ぐと、とても美味しいあんこが作れるのだという。
団子に饅頭、おはぎにぼたもち。
あんこが好きな人なら、一度は遭遇したい妖怪といえる。
むしろ、作者の前に出てきて欲しい。
無害。