第三十四話:カーナビ
さて、この状況、どう捉えるべきか。
「初めまして」
「初めまして」
睨み合う雫嬢と、双葉嬢。
「あ、あの、二人とも……?」
険悪な空気の二人に、戸惑う桜井さん。
「……また増えたの……」
ボソリと呟くメリーさん。
…………うーん、カオスだな…………。
原因に心当たりがある辺り、俺もそろそろ刺されるのかなと現実逃避したくなるが……。
「さてみんな、車に乗りなさい」
やることやってからにしようか。
事の発端は、マダムからの電話。
『週末、予定を入れないようにしてくださいね』
要請という名の命令。
断ろうものなら、いかなる報復が待っているか。
イエス、マム!! と気を付けして姿勢を正したくなったわ。
で、指定された場所に30分早く車で来れば……。
緊張しているのか不機嫌なのか、以前車道に飛び込みしようとした少女が固い表情で一人で待っていた。
いやその、マダムから説明はあったから、俺は少し戸惑うだけでよかったが、少女の方は大きくのけ反っていた。
まるで、俺が来ることなど知らなかったかのように。
その、のけ反って目を見開いた驚きの表情、背景は落雷なイメージだ。
これこれ、年頃の娘さんがしていい表情じゃないぜ?
「……あ」
あ?
「……ああ、会いたかったです! 私の運命の人!!」
……こふっ……どゆこと?
抱きつく、というよりは、飛びかかる勢いで突撃してくる少女。
避けたら大変なことになりそうだったので受け止めれば、腹の中から空気が強制排出されたかのよう。
潰れたカエルのような鳴き声を出さなかっただけマシか。
グリグリと犬のように顔を押し付けながら自己紹介する少女。
俺からすれば、周りの目の方が気になるんだけど……。
……で、悪いことは続くもので。
黒い立派な車が近付き、停車。
その車から降りたのは、ワンピース姿の雫嬢。
「ごきげんよう」
ひきつった顔で、さすが上流階級といえるほどの淑やかな挨拶をしてみせれば、無表情でこちらに近付き、
「離れなさい、この、泥棒猫! その方は、私の…………わたし、の…………と、とにかく、離れなさい!」
非力な細腕で引き剥がそうとする。
俺は、その、木ノ下 双葉と名乗った少女に、鯖折りのように締め上げられ、ミリミリミチミチと筋肉が悲鳴を上げる音を聞きながら、突如発生した悪寒に気絶しそうになっていた。
そして、スマホに着信。
なんとか片手を動かして、スマホの画面を見てみれば。
(・ω・)
…………おおう、震えが止まらねぇぜ…………。
震える指でスマホの画面をタップしてみれば、
『もしもし、私、メリーさん』
はい、こんにちは、メリーさん。
今日も感情の籠らない声が恐ろしすぎるよ。
『今、お前の後ろを獲ったの』
あー…………助けてくださいメリーさん。
そろそろ、俺、体が二つに引き千切られそう。
『むー……………。今行くの』
かちゃ、つー、つー、つー。
通話終了の音がいつもより小さく聞こえたのち、目の前に現れたメリーさんが、双葉嬢をあっさり引き剥がしていた。
抱きつくというよりは締め付けられていた俺は、解放された拍子に、糸が切れた人形のようにその場でくしゃりと崩れ落ち、仰向けにふらーりと倒れていった。
後ろから受け止めてくれた誰かの悲鳴を聞きながら、益体もないことを考えていた。
……双葉嬢、これじゃあ、抱きつくというよりベアハッグだよ……。
※※※
気絶こそしなかったが、半端に意識がある状態で桜井さんに寄りかかり……というよりは、後ろから抱き締められて、落ち着くまでしばしかかり、現状を正しく認識できる頃には、雫嬢と双葉嬢が睨み合いをしていたというわけだ。
まあその、結局、俺が収めるしかなかったわけだが。
手をパンパンと叩き、注目させたら、ちゃんと自己紹介させる。
それから俺の車に……雫嬢も双葉嬢もなぜか躊躇している様子だったが、メリーさんがぐいぐい押し込んで、自分は助手席に……乗ろうとして、既に桜井さんが乗りシートベルトまでしているのを見て、ちょっと涙目になっていた。かわええ。
メリーさんは、結局、後部座席の運転席側に乗ることにしたようだ。
「後ろを獲ったの♪」
今度は楽しそうだった。
さてさて、マダムの計らいとはいえ、なぜ俺たちが集まって車で移動しているかというと。
『ポーン。500メートル先、左なの』
ぶふっ!? なんで!?
改めて状況を確認しようとするとなぜか俺のカーナビからメリーさんの声が聞こえてきて、吹き出してしまった。
『ポーン。300メートル先、左に曲がるの』
メリーさんに視線が集まるのを感じる。俺、運転してるのに、なぜか分かる。
『ポーン。200メートル先、左に、曲がるのっ!』
「ううう…………恥ずかしいの…………」
今、メリーさんの顔は真っ赤になっているのが分かる。見てないけど分かる。
『ポーン。……100メートル先……左なの……』
おいおい、急に幽霊みたいな恐ろしい声色になったよ。冷房弱めなのに、背筋が震えたぞ?
誰かの、息を飲む音が聞こえる。
『もう少し……もう少しで………………左に曲がるの』
可愛らしくも恐ろしい声が、急に普通の声になった。
後部ミラーを見てみると、雫嬢と双葉嬢が、二人してずっこけていた。意外とノリがいいな。
「あうう……」
後ろでメリーさんが可愛い声を出していた。恥ずかしそう。そしてかわええ。
そんな様子を尻目に、ふと助手席に目を向ければ、くすくすと笑う桜井さんがいて。
……んで、左に曲がるのを忘れていた。
・俺:主人公。男性。
……備考:職業・総合商社の営業。優良物件。
ハーレム願望はありません。
俺の車のカーナビ、いつの間に……。
・メリーさん:少女の姿の……怪異?
……備考:もうすっかりマダムの家の子。
ママさんと一緒に、ボイストレーニングしていただけなの……。
・桜井さん:同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
賑やかで楽しいです。
・源本 雫:主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
序列はちゃんとしなくちゃ。
……ところで新入りの彼女、猫じゃなくて蛇かも。
・木ノ下 双葉:無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
いきなりやらかしたことは自覚している。
反省。