第三十三話:深夜
「ありがとうございましたー」
時刻は深夜。
月も見えない暗い夜。
24時間営業のスーパーからの買い物帰り。
やる気がないのか眠いのか、深夜勤務の若い店員は、ダルそうに声をかけてくる。
貴重な睡眠時間を割いてまで、自宅の安アパートからはちょっと遠いスーパーまで来たのは、わけが。
夏の熱い時期、エアコンが故障して部屋がサウナ状態になってしまっていた。
深夜に業者と連絡が付くはずもない……と思っていたら、アパートの大家とは連絡が付き、24時間電話受付だけはしてくれるという。
だからといって、即直るわけでもなく。
窓を開けなきゃ、さすがに命に関わりそう。
しかし、網戸も付いてない部屋では、虫が好き勝手に部屋に侵入してくるわけで。
で、キレた俺。しかし、今は深夜。騒ぐわけにもいかず。
仕方がないので、ちょっと遠いスーパーに併設されているホームセンターで、扇風機や虫除けスプレーなどを買い込み、隣のスーパーでアイスなど買って車で涼んでいるところだ。
エアコンさいこー。
もう、朝まで車で過ごそうかな?
カップのアイスを一つ、食べきった頃。
こーーーーん
どこか、遠くの方から微かに音が聞こえてきた。
車のエアコンの音があっても聞こえる音。
近所には、まばらだけれど住宅もある。
迷惑じゃなかろうか?
こーーーーん
また聞こえる。耳を澄ませば、方向くらいは分かりそうかな?
こーーーーん
今夜はもう寝れそうにもないし、行ってみるか。
音をたどって、車で少し移動。
すると、一本の街灯に照らされた自動販売機のある広めの駐車場に、一台のワゴン車が止まっていた。
「んー、ここかな?」
駐車場の脇には木々が生い茂り、森のようになっていた。
そんな場所なので、自動販売機には、む……いや、やめとこう。
それよりは、自動販売機の脇に、人が通ったような後があり、その奥から音が聞こえてくるようだった。
こーーーーん
車から降りると、意外なほど大きな音。
他に、誰か気付かなかったのだろうか?
最寄りの一番近い住宅からだと、200mくらい?
これでは、うるさくて寝られないのではないだろうか?
……それに。
こーーーーん
……ちり
音が聞こえるたび、チリチリとした何かを、感じた。
なにか、よくないモノがいるのかもしれない。
めんどくせぇと思いながらも、足音を立てないように森を進めば……。
こーーーーん
何かを、打ち付けているような、音。
微かな明かりが見えて、木に身を隠しながら進めば……。
『しね、しね、しね、しね』
こーーーーん
『しね、しね、ひね!? ……ぐ、し、舌を噛んでしまった……これも、アイツのせいだ……しね、しね』
こーーーーん
……うん、変態がいた。
……いや、その、太い木に藁人形を磔にして、鬼気迫る表情で木槌を振るい、釘を打つ様子は、まさにホラー。
……けれど、その格好は……
がすっ!
『しね、し、ぎゃっ!? ……い、痛いぃ……指を打ってしまった……これも、アイツのせいだ……しね、しね』
肥満体に白っぽい浴衣? 着物? 姿の男性なんだが……その、前を全開にして、なぜか女性物の下着を身に付けて、頭にはなぜかトランクスを被って、ねじり鉢巻して、両側のこめかみ辺りに火の着いた太い蝋燭を挟んで、足はハイヒールを履いていた。
……うん、控えめにいって、変態だ。
……だって、な。すぐそばに、男性用のスーツやワイシャツなんかが散乱していたから。
……つまり? この変態、ここで着替えて釘打ちやってるってことか?
……って、コイツ、あのハゲイボカエルじゃねぇか!
そっと近寄ってみれば、藁人形に貼り付けてある写真が確認できた。それは……!?
その時、スマホに着信。なぜか音はなく、マナーモードのようにバイブだけだったが……?
\( ;゜皿゜)/
……えっ? 何キレてるの? メリーさん?
いや、その、震えが止まらないんだが……?
『もしもし、私、メリーさん』
うん、こんな夜更けに、どうしたんだい? 平坦な言葉が恐ろしすぎるんだが?
『怨み辛みを向けるのは、相手が悪党の場合に限られると思うの』
そうだな。少なくとも、藁人形に貼ってある写真の人は、誰かを傷つけたりするような人じゃない。
メリーさんも、よく知ってるだろ?
『人を呪わば穴二つ。因果応報、なの』
あ、はい。是非とも、ハゲイボカエルには、二度穴に転げ落ちてもらいたい。
『あーーーーーっ!?』
汚い悲鳴に視線を向ければ、例のハゲイボカエル、股間と尻を押さえて、泡吹いて気絶していた。
丸々と太った半裸の変態が、ビクンビクンと痙攣する姿は、なんとも気持ちが悪いものだったが……。
『また、電話するの……おやしゅみなしゃい……』
かちゃ、つー、つー、つー。
さすがにこの時間は眠くてたまらないか。
通話切った音も、どこか眠そうに感じた。
……で、このハゲイボカエルに足元から近寄り、股の間に手を突っ込んだ茶色い何かがいるのだが……。
警戒は緩めずに顎をしゃくれば、ニタリと嗤って夜の茂みへと消えていった。
「……全く。因果応報、だな。俺の桜井さんに呪い掛けようとは。アヤツがヤらんかったら、俺が滅! 殺! していたところだったぞ」
ハゲイボカエルの頭から蝋燭を一本抜き取り、藁人形から桜井さんの写真を外し、南無南無言いながら藁人形を蝋燭で燃やした。
正式な作法など知らん。
だが、俺が、桜井さんへの呪いを許すわけない。
藁人形を燃やした際、なにやら黒い靄が出てきたが、握りしめた拳を叩き込めば、弾けて消えていった。
人を呪わば穴二つ。
俺の、ハゲイボカエルに対する呪う気持ちがあったのか、黒い靄を打ち砕いた際に、勢い余って木を殴ってしまい、悶絶する羽目になった。
あとがき
・俺:主人公。男性。
……備考:職業・総合商社の営業。優良物件。
ハーレム願望はありません。
釘を拳で打ち込む羽目になった。
……痛ってぇ……。
・メリーさん:少女の姿の……怪異?
……備考:もうすっかりマダムの家の子。
ママさんの紹介で、わざわざ山に出張してもらったの。
・桜井さん:同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
嫌な夢を見ました。けれど、夢の中でも助けてもらえるなんて……。
次の日、なぜか抱き締められて、昇天しそうになりました。
・源本 雫:主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
不愉快な何かを感じたものの、すぐに寝直した。
その後は良い夢を見られた。
・木ノ下 双葉:無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
赤い糸に結ばれた人を、どう探せば良いのか分からないことに気付いた。
丑の刻参り:呪いの作法の一つ。
……備考:丑の刻と言われる時間帯に、呪いを掛ける方法。
正式な作法と用意するものは、伏せる。
呪いとは、自身の命を消費して怨念を飛ばし、相手を呪い殺すもの。
自身が消費した生命エネルギーや寿命などと同じ分、相手も命を削られるもので、基本的に命懸け。
そして、呪殺が成功した場合、相手を殺した呪いは、すぐさま自身へ返り蝕む。
呪いなど、本来は割に合わない行為と言える。
※このネタ《丑の刻参り》は、イクスさんより提供していただきました。
ハゲイボカエル:一応人間。イボカエルのような姿と顔立ち。頭はバーコードハゲ。
……備考:夢魔インキュバスの力を持つ外道。
勤めていた会社が傾くほどの事をしておきながら、行方をくらましていた。
しかし、もはや再起不能。色々な意味で。
ヤマワロ:ある地域においての、河童の別の姿。山童と書く
……備考:河童の冬の姿といわれている。頭には皿、背には甲羅、全身に冬毛。
冬になると、全身に毛が生え、冬眠のために山に登るという。
水は、たくさんはなくても大丈夫。
水陸両用の河童に対し、陸戦用のヤマワロ。
貫手の妙技は、どちらも一緒。