表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/70

第二十七話:桜井さんのお使い

活動報告で募集したアンケートの結果です。

桜井さん視点。

 いつもと同じように朝礼を終え、愛しの人にお弁当を渡し、外回りの営業の人たちが取引先へと向かった後の事でした。


「桜井くん、この、フェブラル社へ書類を届けてくれないかね?」


「……はい? 係長、速達ですね?」


「なにを言っているのかね? 君は?」


 係長は、やれやれと言いたげに、肩をすくめています。

 私は逆に、なにを言われているのか分かりません。

 配達員さんに頼まないで、どうするのでしょう?


「急ぎの書類に不備があったそうだよ。速達より、今の時間なら電車の方が速い。道順と電車料金は調べておいたから、速やかに行きたまえ」


 係長に、地図と往復の電車料金を渡されます。


 ……なるほど。フェブラル社は、となり町の駅の周辺にあるんですね。

 駅の周辺では、車の方が不便なこともありますからね。了解しました。



 ……けれど係長? そこまで用意しているのなら、ご自分で行かれては?


 ……足が痛いと? 肥満と運動不足でしょう? 自業自得です。



 ……などと、はっきり言えたら良いのかもしれませんが。



 それでも、甥御(おいご)さんが引きこもりから復帰してからは、以前とは別人と言えそうなくらい働いてます。


 普段の考え方自体を変える出来事があったのでしょう。

 効率を極めて、一秒でも速く帰宅するのだ! と豪語していましたからね。


 それに最近、係長からのわいせつ行為……ええと、大袈裟でしょうか? ボディタッチ? ……も、すっかり無くなりました。

 以前は何かにつけて私の体を触ってきたのですが、今では手の届かない距離を保っています。


 これも、あの人が手を尽くしてくれたからだそうです。


 ……本当に、素敵な方です。


 私なら、いつでも歓迎しますからね?


 ……むしろ、養ってあげてもいいんですよ?ふんすっ。




 フェブラル社へは初めて行きましたが、係長の用意した地図はとても分かりやすく、迷うこと無くたどり着けました。

書類の不備も、きちんと目を通してもらいました。あとは帰るだけ。……だったのですが……。


「ね、ねぇ、きみ、僕と不倫しないかい?」


 …………目の前の男性に、なにを言われたのか、理解するのに時間が掛かりました。

 けれど、即座に拒否します。


 うちの係長が血統の良い高級な黒豚なら、目の前の相手は、丸々太ったイボカエルでしょうか?

 係長より、生理的に無理な人です。なので、


「これ以上は警察と相談する事態になりますが、よろしいですか?」


 ぴしゃりと最後通牒を突き付けてあげれば、顔を真っ青にして逃げていきました。


 取引相手に対して、こんな人に対応させるなんて……。わが社は、軽んじられているのかもしれませんね。

 要報告案件です。




 緊張から解放されたからでしょうか? 帰りの電車に揺られていると、なんだか眠くなってしまいます。


 通勤・通学の時間ともお昼の時間とも違う、半端な時間帯なせいか、乗客はまばらです。


 ああ、眠るわけには……。




 気が付けば、電車はどこかの駅のホームで停車しているようです。


 周りには誰もいません。アナウンスなども聞こえません。

 窓の外はなにも見えません。


 ……一体、どうしたのでしょう?


 なんとなく不安になったので、電車から降りて周りを確認してみます。


 けれど、ここは無人駅のようで、軽く見渡すだけで誰もいないことが分かってしまいます。

 あるのは、屋根付きのベンチ、自動販売機。それだけです。


 ホームからは、一つだけある階段を降りれば、もう外です。建物自体がありません。

 屋根付きのベンチと、駅の名前が書いてある看板がなければ、駅とは認識できないと思います。



 ……どうしましょう? 駅から出てみましょうか?



 その時、ふと、駅の看板に書かれている文字が目に入ります。





 夢憑(むつ)き ← 似死(にし) ← きさらぎ → 被餓死(ひがし)夜酔(やよ)





 ぞわっ!



 背筋が凍る。そんな言葉が合うような、訳の分からない感覚。


 ……これが、恐怖……?


 こ、こんなところに、一秒でも居たくはありません。


 早く、逃げなくては……。


 …………でも、どこへ?


 とにかく、駅から離れましょう。どこへ行くかは外へ出てから…………。


 ……そういえば、今立っている無人駅のホームも、外と変わりませんね。


 ……こういう時、混乱するのが一番いけないと聞いたことがあります。


 すー、はー。

 すー、はー。


 よし。冷静になりました。……たぶん。


 では、駅から離れてみましょう。


「お前、ここでなにしてる?」


 離れようとして、ホームの階段を降りようとしたところで、作業服姿の男性から声をかけられます。

 何故か、不機嫌そうですが……?


「向こう側の生きた人間が、こっちに来るんじゃない!」


 怒鳴り付けて来ますが、そこで一度、停車中の電車に目を向けます。


「ちっ、そういうことか。……電車に戻りなさい。そうすれば現実に戻れる」


 何故か不機嫌そうですが、急になにかを理解したようで、落ち着いたようです。……本当に、何故でしょうね?


 男性の言う通り、電車に戻ります。……不気味な文字の書いている看板は、視界に入れないように。


 戻ったら戻ったで、シートに座るしかありません。……元々座っていたところにしましょう。


 座れば座ったで、アナウンスが流れます。……もにょもにょと、なにを言っているか分からないのですけど。


 アナウンスが終われば、車掌も運転手もいない無人の電車がゆっくり進みます。


 緊張から解放されたからでしょうか? 電車に揺られていると、なんだか眠くなってしまいます。


 ああ、眠るわけには……。




 ブー、ブー、ブー。


 マナーモードにしていたスマホのバイブで、目を覚まします。


 着信? ……いえ、メールでした。



 ※件名:私、メリーさん。

 ※本文:お姉さん、今どこにいるの? スマホが繋がらなくなったの。

 ちゃんと、こちら側に降りないとダメなの。

 向こう側に降りたら、戻れなくなるの。



 メリーさんからのメールに目を通すと、ようやく周りの状況が目に入ります。

 乗客も、たくさん乗っています。

 窓の外には、街の景色が見えます。

 それは、当たり前のことです。

 ……当たり前の、ことなんです。


《次の停車駅…………》


 車内アナウンスを聞いて、慌てて降りる準備をします。

 そして、電車を降りれば、今度は無人駅じゃありません。

 自動販売機どころか、店員さんのいる売店があります。

 屋根付きベンチどころか、ちゃんと壁がある建物の中です。


 それは、当たり前のことです。

 ……当たり前の、ことなんです。

 …………だけど、なんだか、無性にあの人の声が聞きたくなりました。


『もしもし、桜井さん? どうした?』


 まだ仕事中のはずですが、ワンコールで出てくれました。

 ……声を聞いたら、なんだか、無性に泣けてきてしまいました。


「……あの、……あの、……ひっく、……私、……えっと、……ぐすっ」


 声が詰まって、上手くしゃべることが出来なくなりました。けれど、


『どうしたんだい? ゆっくりでいいよ? なにか、悲しいことがあったの?』


「……いいえ。違うんです。ただ、あなたの声を聞けたことが、たまらなく嬉しくて……」


 けれど、また、声を聞くことが出来たんです。


 会社に戻れば、また、あなたに会えるんですよ?


 これほど嬉しいことが、他にありますか?



「もう、大丈夫です。切りますね?」


『ああ、またね。あとで会社で会おう』



 好きな人に、ちゃんとまた会える。


 それだけのことですが、これほど嬉しいことが、他にありますか?



 あなたのこと、好きでいさせてくれて、ありがとう。



・俺:主人公。男性。

……備考:職業・総合商社の営業。優良物件。

 ハーレム願望はありません。

 さて、桜井さんを泣かしたやつ、どいつかな?

 …………覚悟は出来てんだろうなぁ…………?


・メリーさん:少女の姿の……怪異?

……備考:もうすっかりマダムの家の子。

 お姉さん、危ないところだったかもしれないの……。


・桜井さん:同じ会社の、同僚の女性。

……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。

 あなたのこと、大好きです!

 …………と、言えたら、苦労はないんです…………。


・係長:主人公と桜井さんの、直属の上司。

……備考:元々は、セクハラパワハラ上等の、本物のクズ。

 若い頃は、動けるデブだった。……今は、みる影もないが。

 最近、マスクを外さない女性とお見合いした。

 人生初めての、本気のお付き合いをしている。だから、普段の生活も改善している最中。

 ダイエットも始めた。


・きさらぎ駅:ここではないどこか。

……備考:電車でたどり着く、無人駅。

 現実世界の隙間に稀に現れる、異界の入り口。波長の合ったものが、ごく稀に迷い込む。

 降りると戻って来れないといわれている。


 もし、間違ってたどり着いてしまっても、電車から降りてはいけない。

 仮に、声とか聞こえたからといって、そっち行ってはいけない。


・次元のおっさん:帽子を目深に被った、作業服姿の男性。おっさんというからには、中年男性。

……備考:ここではないどこかへたどり着いてしまった者に対して、激しく叱る存在。

 異界に居ながらにして、正気を保ち、迷い込んだ者を現実に帰すために奮闘するおっさん。……なんでおっさん? こんな頑張ってるのに。リスペクトしなよ。

 いきなり怒鳴り付けるのにも、理由があるんです。

 そうすれば、ほとんどの人は渋々ながらも引き返すから。


 だからといって、近づいてはいけない。

 コミュニケーション取ろうとしてはいけない。

 このおっさんに近づくということは、向こう側に近づくということ。


 向こう側に、近づいてはいけない。



※このネタ《きさらぎ駅》《次元のおっさん》は、《しろきち》さんより提供していただきました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 最新話に追いつきましたがこんなことに!?∑(゜Д゜) 桜井さん主人公さん好きすぎじゃないですか大丈夫ですか(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾ きさらぎ駅の描写が思っていたよりヤバくて良…
[良い点] 向こう側へ行かなくて良かったですね。
[一言] うわぁ…… きさらぎ駅って本当に危険じゃないですか…… これまでの脅かし程度の怪異たちが尻尾巻いて逃げて行きそうですね。 そういえば「一人かくれんぼ」とか「牛の刻参り」とかってやってませ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ