第二十二話:主(ヌシ)
目が覚めると、ベッドの上。
知らない天井、知らないベッド、知らない部屋だ。
見渡せば、カーテンで仕切られている。
「……病院、か……?」
そうと分かれば、枕元を確認、そして発見、ナースコール。
『どうされましたか?』
目が覚めましたよ?
「意識不明で運び込まれた時は驚きましたが、ただの風邪と分かったので一般病棟に移されたんですよ」
男性医師から若干めんどくさそうに説明されるが、いまいちピンと来ない。
雨の中、ぶっ倒れたと思ったんだが?
周りに誰かいたとは思えなかったんだが?
「コールセンターから通報があったのですが、担当も困惑していたようです。住所から何から随分正確な位置を示してくるので、まるで、スマホの位置情報を調べているようだ、とかなんとか」
で、その、救急車呼んでくれた親切な人はどちら様?
「10代くらいの若い女性……いえ、少女の声で、『メリーさん』を名乗っていたそうです。お知り合いですか?」
なあ、医者さんよ? イタズラと思っているのか? 人の命の恩人のことを、不審者を見るような目で問うて来るとは、どういう了見だ?
お前なぞ、円形脱毛症とイボ痔になる呪いを掛けてやるわ。
急に倒れたのだから、経過観察のためにあと一日入院していきなさい。
男性医師にそう告げられたので、仕方なくベッドに潜り込めば、割りとすぐに夢の世界に……入ったところで、「おはようございます! 検温ですよ!」と女性看護師に叩き起こされる。
……や、実際に叩かれた訳じゃないけどな。
そこでようやく、同室に何人も入院患者がいることに気づいた。
○○さん、おはようございます! 検温ですよ! と、一人一人声をかけていくおばちゃん看護師。
部屋の奥、窓側から検温しているようで、「はいあなたが最後よ、おはようございます!」と元気が大変良い。
恰幅のいいおばちゃん看護師は、俺の体温をカルテ? に書き込んだあと、幅広い体を右に左に揺らしながら俺のことをつぶさに観察して、追加で何か書き込んでから、「ああ忙しい」とぼやきながら部屋を出ていった。
……嵐のような人だったな……。お疲れ様です。
味の薄い食事を食べてしまえば、なんもやることはなくなる。
そうなれば、同じ部屋にいるジジ共が暇を持て余し、俺にあれやこれやと聞いてくるわけだ。
プライバシー保護の観点から、黙秘させてもらいます。などと言ってみれば、つまらんのうとぶつぶつ言っていた。
……かと思えば、老い先短い年寄りに、なんたる仕打ち……。と、うそ泣き始めたりするわけで。
仕方ない、暇潰しのため、と話をしてみれば、暇を持て余したジジ共のトークスキルは中々のもので、あっという間に昼飯。
その後も、人生経験なんかを語ってもらえば、ためになる話をいくつも聞けて、実に有意義な時間を過ごせた。
午後のひと時。ジジ共の会話が途切れた時のこと。
窓際のベッドのうちの一つは、カーテンが引かれたままで、廊下側からは中の様子はうかがえない。
騒がしいジジ共に迷惑しているんだろうか? などと思っていたら、突然窓から光が差し込む。……天気が、曇りから晴れに変わっただけだが……すると、カーテンに、ベッドの様子が映し出された。
身体を起こして、身振り手振りを交えて話している様子の患者と、ベッドの足の方に座って、時折うなずきながら患者と話す、後頭部が異様にでかい不審者。
何事か? と身構えれば、ジジ共の一人が、
「ああ、今日も来てくだすったか」
と、しみじみと呟く。
話を聞けば、一人でぼうっとしていると、時折、後頭部が異様にでかい老人がベッドに腰掛けているそうな。
その老人は、病室であるのにかかわらずキセル(火は付いていないらしい)を咥え、患者に話しかけてくるらしい。
患者が不安を伝えると、
快復する者には、治るからしゃんとせえ。と。
手遅れの者には、迎えが来るから心穏やかに待っておれ。と。
それぞれ伝えるらしい。
あまりにも堂々とした様子から、徳の高い僧侶の霊では? と、その老人に出会った患者の多くが念仏を唱え出すらしい。
今回も例に漏れず念仏を唱え出したから、あの患者は迎えを伝えられたんだな、と、ジジ共は声を潜める。
念仏を、邪魔しちゃなんねぇ。と。
心穏やかに、迎えが来ますように、と。
ジジ共もまた、小さな声で念仏を唱え出した。
俺も、一人念仏を唱えるその患者が、穏やかな迎えが訪れるよう、合掌し祈りを捧げた。
次の日、ジジ共に見送られて病室を出る。
病院を出る途中、おばちゃん看護師に例の不審な老人ことを尋ねてみれば、
「ええ、知ってるわよお。不安で心が弱っている患者さんのところに現れて、話し相手になってくれるそうねえ」
どこの誰か聞いてみれば、知らない、と。近所のじい様が遊びに来ているのでは? と。
それでいいのか? 病院のセキュリティは?
常識的な疑問を持ってしまうが、おばちゃん看護師からすれば、
「そのおじいさん、不安な人を諭してくれるから、病院側からすればとても助かっているのよお? ……おっと、この話、他の人に言ったらダメよ? カウンセラーやお坊様でもない人が、勝手に病院に出入りしているとなると、問題だからねえ」
そんなら、でかい声でしゃべらん方がいいのでは?
会計を済ませて、おばちゃん看護師に見送られて家まで歩く。会社や取引先に謝罪の電話を入れつつ、自販機でお茶を買い一服している時のことだった。
スマホに着信があり、見てみれば……。
(゜Д゜≡゜Д゜)?
……うん? 何かを探しているのかな? メリーさんや?
『もしもし、私、メリーさん』
ちょっとブスッとした声。何かあったんかね?
『うちの庭のベンチに、さっきまで頭の大きなおじいちゃんがいたの』
ぶふっ。
大急ぎでスマホを耳から離したから、吹き出したのは聞こえていないと思いたい。
『これまでも、たまに庭に来ては、キセルをふかしながら先輩たちと戯れているのだけれど……。私が見つけると、いつの間にかいなくなっているの』
メリーさんや、そのじいさん、さっきは病院にいたっぽいぞ?
瞬間移動でもしてるのかよ?
『おじいちゃんが来ると、先輩たちの機嫌が良くなるの。だから、たまにはありがとうって言って、お茶に誘ってあげたいの』
メリーさん、いい子だな。そのじいさんのこと、不審者だとは思わないのかい?
『今度おじいちゃんが来たら、引き留めてくれるように先輩たちにお願いするの』
そうだな、それがいい。……ていうか、マダムの家の先輩たちは、メリーさんのお願い理解できるのか?
……いや、送り狼のくろすけ先輩がいる時点で、今さらだな。
『……退院、おめでと、なの。お大事に、なの。…………ま、また、電話するのっ!』
がちゃ、つー、つー、つー。
メリーさんや、そんな恥ずかしがらなくてもいいだろ?
そして、救急車呼んでくれて、ありがとな?
あとで何か、お礼をするから。
楽しみに待ってなよ?
……うん、そんでさ、じいさん。あんたの気持ちは、多くの人にちゃんと伝わってるようだぞ。
ご苦労さん。
・俺:主人公。男性。
……備考:職業・総合商社の営業。優良物件。
ハーレム願望はありません。
メリーさんに感謝感謝。
……取引先に、謝罪謝罪。
・メリーさん:少女の姿の……怪異?
……備考:もうすっかりマダムの家の子。
退院してほっとしているの。お大事に、なの。
・桜井さん:同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
主人公が倒れたと聞いて、倒れそうになった。
・ぬらりひょん:老人の姿の妖怪。
……備考:後頭部が異様に大きいのと、キセルをふかしているのが特徴的。
裕福な油問屋の座敷に、屋敷の主人よりも威風堂々と居座っている、態度のでかい妖怪。
二度見すると消えているため、神出鬼没の代名詞にされることも。
油問屋の座敷に出ることから、体は油で構成されているとされる。
だから、どこにでも勝手に侵入し、人に見つかるまではでかい態度で居座る。
しかし、基本無害な存在。
なんか、患者相手に治るとか治らないとか適当に言ってたら、大体その通りになってしまって逆に適当なこと言えなくなった。
念仏でも唱えとけって適当に言ったら、多いに感謝されるようになって、逆に戸惑ってる。
やっべ、適当なこと言うんじゃなかったと考えているとかいないとか。
でも、感謝されるのは、満更じゃない。
※このネタ《ぬらりひょん》は、《天野大地》さんからのおねだりで実現しました。