第十九話:お宅訪問
「何です? 係長?」
上司相手にも関わらず、不機嫌を隠そうとしない。
というのも、こいつとうとう実力行使に出やがったからだ。
未遂だったが。
桜井さんに用事を言いつけたすぐあと、呼び止めて手を延ばしたのだ。もちろん未然に防いだが、コヤツは「呼び止めようと、肩を叩くか手を掴むかしようとしただけだ」と言っているが、俺には桜井さんの胸に向かっているようにしか見えなかったんだが?
その時はうやむやになったが、止めるために手首をギリッと強く掴んでしまったから、むしろ俺の方が悪者になりそうな感じ。
だとしても、俺は一向に構わんが?
強い視線で訴えると、係長も退散したのだった。……その時は。
んで、時間がたったあと、具体的には夕方の退社直前に、こうして係長に呼び止められたわけだ。
セクハラする豚が、何の用?
「山田くんなんだがね、先週から無断欠勤が続いているようなんだよ」
……山田……? ……ああ。
「別部署の山田さんが、結婚願望の強い山田さんが、なんだって営業部のうちに話が来るんです?」
研究開発部門だったか? 新商品を開発する部署に所属していたと記憶しているが、完全に畑違いじゃないか。なんでまた……おいまさか。
「研究開発部門の奥寺さんに、なんか弱みでも握られましたか? ……てか、セクハラの証拠でも握られましたか?」
「どきーっ!? なぜそれを!? ……い、いや、違う。私はなにもヤッてはいないのだよ!?」
ギルティ。しかし、しゃべる豚が罠にはまった話しなど、全く興味がない。
「なんでもいいんで、さっさと用件言ってください。俺も暇じゃないんで」
大方、別部署から予算を掠め盗るために、文字通り身体を張って罠に嵌めたんだろうな。
その奥寺さん、アホ社長の愛人なんて話は、割りと有名だし。
「その山田くんの様子を見てきなさい。これは、上司命令だよ!」
「朝の朝礼の時に言ってもらえれば、営業の途中に寄ることも出来ましたが?」
おい、豚野郎? どこ向いてやがる?
人とお話しする時は、相手の目を見て会話しなさいって母豚から教わらなかったのか?
「残業付けてあげるから、お願いします」
上司の華麗な……いや、豚の無様な土下座を見せられてもね。
……まあ、家の帰り道に寄れるから、別に残業なんて付けなくてもいいんだけどね。
途中、手土産にスイーツや缶詰やレトルト食品を買い込んで、例の山田 某の自宅アパートへ。
呼び鈴を鳴らすと、割りとすぐに出てくる男。……しかし、その様子は尋常ではなかった。
ボサボサの髪、伸び放題の髭、ヨレヨレにくたびれたシャツ、それに体臭もする。
しかし、その両目は血走っているように見開かれていた。
自分の所属と理由を述べれば、すんなりと部屋にはいることが出来た。
……で、すぐに後悔した。
だってさ、臭いんだよこの部屋……。
コーヒーを淹れると言って、カップにスプーンで淹れたのは、なんか白い粉。
……たぶんそれ、脱脂粉乳。
何か甘いものでも、と言って皿に乗せたのは、なんか白い塊。
……たぶんそれ、角砂糖。
…………うん、錯乱しとる。
出されたものには手を付けず、休んでいる理由を訪ねてみると……。
「恋人が出来たんだ!」
それはそれは嬉しそうに、血走った目を更に見開きながら、大声でわめく。
……ああ、耳が痛ぇ。
でもって、背筋がゾクリとする。
最近お馴染みの、怪異の出番のようだ。
山田 某が指差すそこは、家具の隙間。僅か5センチあるかどうかの隙間に、小さい女が……。
隙間に挟まった小さい女は、口を動かしている。
それにいちいち頷く山田某。
会話をしているのだろうか? 山田某もたまに何事か語り掛けているようだ。
……うん、日本語で話してくれないかな?
これはいかんと、家具の隙間に手ぇ突っ込んで小さい女をキャッチ。そのまますぐに、窓の外へポイした。
二階の窓から投げ捨てられた小さい女は、アスファルトに落ちる前に猛スピードで急降下してきたカラスに踏みつけられ、文字通り砕け散った。
……えっ? 砕け散った? なんで?
あまりの事態に、しばし硬直。しかし、カラスがこちらを見ているような気がして我に返る。
しかし、このカラス、どこかおかしい。
いくら夕暮れ時だからって、黒い羽毛のはずのカラスの毛が、白く見えるとか。
足が三本あるように見えるとか。
……そんなわけがないよな。
「あれ? どうしたんだろう? 僕、寝ぼけていたのかな?」
山田某の声で我に返る。
水に溶かしただけの脱脂粉乳や、皿に盛られた角砂糖を見たのだろう。あるいは、自分の姿に気付いたのだろうか?
「なんだか頭がすっきりしているような、もやがかかったような変な気分だ……おや? 君は誰だい? ……うん? 誰かを部屋に招いたような気もするし……うーん……?」
山田某も正気に戻ったようだ。
ならば、俺もここにいる理由は無い。
手土産を同僚からの見舞いということにして、俺も家に帰るとしよう。
山田某の家が見えなくなった頃、スマホに着信。
こんなときに誰だよ? と、舌打ちしながらスマホを確認してみれば……お、おおう……。
\┏( ;゜皿゜)┓/
あ、荒ぶっておられますか? メリーさん?
今はとにかく、電話に出ねば……。
『もしもし、わたし、メリーさん』
だ、誰だ? メリーさんを怒らせやがったド阿呆は?
声は平坦だが、全身の震えが止まらねぇ……。
『赤い帽子を被った小さいおっさんを捕まえたの』
そうかそうか。で、何に対してそんなに怒っているんだい?
ガチガチ鳴ってる俺の歯の音が聞こえないといいんだが。
『こいつ、わたしのスカートの中を覗き込んでいたの』
……うん? なんか、俺もぷっつーんと来たぞ?
なあメリーさん? そいつこっちに寄越してくれないか?
考え付く限りの拷問をしてから、煮えたぎった油に投入して素揚げにしてやっから。
『セクハラ、ダメ、絶対。なの』
ギリギリミチミチと、変な音が聞こえる。
それと、やめてくれ、許してくれ、と、変な声も聞こえる。
なあ、世の中、ヤッていいことと悪いことがあるんだぞ?
赤い帽子の小さいおっさんよ?
テメーは、ギルティ!
『滅っ!殺っ!なの!』
セクハラ、ダメ、絶対。
『ああ、汚い……汚いの……』
感情を無くしたような平坦な声と、手をブンブン降る音が聞こえる。
『ああ、気分が悪いの……。こんな、黒いGみたいなやつ、滅べばいいの……』
心中お察しだ、メリーさんや。
ちゃんと手、洗うんだぞ?
『……また電話するの……』
がちゃ、つー、つー、つー。
……赤い帽子の小さいおっさんっていったら、レッドキャップか?
……日本にもいたんだな……。
まあ、見つけたら、ぶっ○すけどな。
・俺:主人公。男性。
……備考:職業・総合商社の営業。優良物件。
クズい怪異も居たもんだ。……イラッ!
・メリーさん:少女の姿の……怪異?
……備考:もうすっかりマダムの家の子。
セクハラ、ダメ、絶対。なの!
・桜井さん:同じ会社の、同僚の女性。
……備考:未だに係長からセクハラされかける。ほぼ未遂に終わるけど。
いつもありがとうございます。
・隙間女:隙間に隠れる小さい女。たまにリアル頭身のでかいやつもいる。
……備考:女っ気のない男が、急に仕事を休んだり彼女ができたと騒ぎ出したら要注意。
そいつの家には隙間女が住んでいるかも?
基本、無害の怪異だが……。
・小さいおっさん:手のひらサイズの小さいおっさん。
……備考:いろんな所で目撃証言がある。
見るとちょっと幸運になるなど言われている。
正体はストレス性の幻覚では? と言う声もあるが、実際に見た人のこと、悪く言いたくないっす。
赤い帽子とか、被ってません。
濡れ衣です。
※このネタ《隙間女》、《小さいおっさん》は、《しろきち》さんより提供していただきました。
・レッドキャップ:赤い帽子を被った、悪質なイタズラ妖精。
……備考:家の中の物を隠したり、物を壊したりする悪質なイタズラ妖精。邪悪な相を持つ。
醜悪な見た目をしており、普段は家の中の人形や置き物のふりをして身を隠す。
家の者に見つかった場合、仲間を呼んでそいつ全力で殺しにかかるヤバいヤツ。
……妖精じゃなくて、悪魔じゃね?
……や、悪魔よりひでぇヤツかも。