第十八話:どうしよう?
さて、困った。
「では、失礼します」
「あ、うん。お疲れさまです」
今は日曜の朝。
ひと仕事終えた配送のお兄さんが去っていく。
目の前に置かれたのは、クール便で届けられた大量の……えーと、魚が納められているらしい大型の保冷ボックス。
や、ほんとお疲れさまです。
「ぶふっ!?」
手渡された伝票を見て、吹き出す。
受け取りは、間違いなく俺。
送り主の住所は、西のマダム。
……で、肝心の送り主は……。
『メリーさん』
いやいや、メリーさんや? 名前の欄に『さん』は付けないでしょ。
てか、なんで魚? しかも、大量に? いや、大漁?
明細を見ていくと、マグロとカツオが部位ごとに切り分けられたサクで、タイは丸々一匹のようだ。
中の氷と合わせて、いったい何キロになるの?
……うーん……。どうするよ? これ?
…………仕方ない。まずは、受け取る可能性のある相手に連絡してみるか。
「まだ準備中……なんだ、あんたか」
「無理言ってすみません。しかし、あのままだと……」
ここは、一食キジ一羽飛んでいくような回らない寿司屋。
連絡したのは、ここの寿司屋の大将。
大量の魚は、個人で消費できるような量ではない。なので、この街で一番といわれる寿司屋の大将に対して、交渉スキルを発揮させてもらった。
普段動かさない車のトランクに、大量の保冷ボックス。
一つ一つ店内に運び込み、中身を確かめてもらう。
全部確認してもらうと、うむ、と、一つうなずく大将。
「あんたさえ良ければ、全て引き取らせてもらおう」
「いいもなにも、こちらがお願いしているんです」
や、ほんと、お願いします。
腐らすよりは、お客の舌を唸らせた方が魚も成仏できるだろうさ。
……で、三時間ほどしたら、また来いと言われた。
運び込んだ魚で、昼をご馳走してくれるそう。
一応、丁寧に断らせてもらったのに、お友達5人までなら連れて来ていいと言われたよ。
……いいの? 滅多に食べられない回らない高級寿司店ですよ? 一度は遠慮しちゃったけどさ、いただくとなれば、遠慮なくいただくよ?
……え? ほんとにいいの? マジで?
……で、あちこち連絡したら、都合付いたのは、
「こ、こんにちは……本当に、いいんでしょうか……?」
高級寿司店に気後れする桜井さんと、
「お招き頂いて、感謝しますわ」
堂々と一礼してみせる西のマダムと、
「……こ、こんにちはなの……」
マダムの背中に隠れるメリーさんの三人だけだった。
……不思議と、こういう時に限って、普段は食い意地張ったヤツも都合付かなかったりするんだよな。
……課長は、桜井さんを誘ってあげなさいとはっきり言ったけどな。
しかし、その……メリーさん? そのフードどうしたよ?
ネコミミメリーさん、ヤヴァイくらい可愛いな。
小さい子……といっても小学校高学年から中学生くらいの少女だが……を見て微笑んでいる桜井さんと、少し恥ずかしそうにしているメリーさん。
二人の様子が、なんとも微笑ましい。
マダムと二人、保護者のような気分で見守っていると、不意に、メリーさんと目が合う。
すると……おいおい、さすがにネコミミフードは恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしてフードを下げ、顔を隠してしまった。
「……見ないでほしいの……」
うつむくメリーさんと、可愛い、と微笑みながらメリーさんのネコミミを撫でる桜井さん。そんな二人をにこにこと見守るマダム。
尊いって、こういうことをいうのかな?
大将にテーブル席に案内されて、最初に出されたのは、刺し身の盛り合わせ。
全員で一つの皿をつつくスタイルのようだ。
まずは食べ比べを、と、大きめの皿に盛り付けられた、マグロの大トロ、中トロ、赤身に、カツオに、タイ。
やべー。食べ慣れないせいか、大トロ中トロ赤身の違いが分からんぞ?
マダムも桜井さんも、お上品に一口で刺し身を……おや? 一口?
メリーさんは、一枚ずつ味わいながらもパクパクと箸が止まらず、一皿目はあっという間に完食。
二皿目は、小さく握られた握り寿司。
大トロ中トロ赤身にカツオにタイ、ネギトロの軍艦巻きに、鉄火巻きに、炙ったタイ。マグロの漬けなんかもある。
それら全て、ネタもシャリも、普通の半分くらいの大きさに握られている。
俺的には、衝撃的な驚きだった。
なんたる気遣いか。
ネタがシャリからはみ出るくらいににぎるより、
女性でも一口で食べられるように、
女性でも口を大きく開ける必要がないように、
完食した上で、次の料理もちゃんと食べられるように。
わざわざ手間ひまかけて、小さく握ってくれた様子。
俺は今、感動しているのかもしれん。
次はなんと、マグロやカツオの血合いらしい。
痛みやすく足が早い上、血生臭くて好まれないから、普通は棄てられてしまう部位。
しかし……。
「ふわぁ……。いい匂いがします……」
刺し身に寿司にと結構食べたのに、また腹が減ってくる感覚。
醤油の匂いが、食欲を増進させてくれるようだ。
んで、よだれ垂らしそうな桜井さんとメリーさんが、なんとも微笑ましく可愛い。
醤油漬けにした血合いの切り身をフライパンで焼いただけ。しかし、味付けも火加減も絶妙で……。
「あむ、んー! 口の中でホロホロと崩れていくの!」
「生臭くないし、火がしっかり通っているのに身は固くないわね。……美味しいわ。不思議な気分よ」
メリーさんもマダムも、大絶賛。
「ご飯が欲しくなっちゃいますね……」
桜井さん、それゆうたらあかん。
みんなパクパクいってるのに、余計に腹減りそう。
ごめん大将。血合いの漬け焼き? がインパクト強くて、次に出てきたカツオの叩き、印象薄いわ……。
藁使って燃え上がる炎でカツオの身を炙るのは見応えあったけどさ。
締めは、鯛茶漬け。
四人それぞれ食べ方が違うのが、とても印象的。
メリーさんは、子供らしく、勢いよく掻き込んでいるし、
桜井さんは猫舌なのか、ふうふうとよく冷まし、静かに食べている。
マダムは、マイレンゲを使って音もなく食べている。……食べてるよね? あんまりにも無音だから、茶碗の中身が減っているところを見ないと、霞でも食べているような印象だ。所作が美しい。
俺? 店のレンゲで無難に食べてますよ? 音を立てないように気を付けるので精一杯さ。
「「「「ご馳走様でした!」」」」
腹一杯になるまで食べ、帰りにおみやげのちらし寿司と握り寿司を持たされる。
マダムは、お車 (運転手付き)、
桜井さんは徒歩圏内。
とはいえ、マダムの提案で桜井さんを俺の車で送って行くことになった。
大将含め、皆が皆お礼を言い合うが、そもそも、メリーさんから大量の魚が送られてこなければ、こうやって集まることもなかっただろう。
だから、一番の感謝は、メリーさんに。
強面の大将まで、しっかり腰を曲げて感謝を伝えれば、メリーさんがまた真っ赤になってネコミミフードで顔を隠してしまう。
かわええ。
車に乗って、エンジンかけて、シートベルト閉めて、さあ出発。……の前に、走ってきたメリーさんが運転席の窓をこんこんする。
なんだろう? と窓を開ければ、ちょいちょい手まねきするので耳を寄せれば……
「また電話するの」
いつものさよならのセリフ。
しかし、今日は、どこか照れくさそうに。
フードのネコミミを跳ねさせながら逃げるように走っていくメリーさんを、桜井さんはにこにこ見守っていた。
・俺:主人公。男性。
……備考:職業・総合商社の営業。優良物件。
美味しいものならなんでも食べる。
送り狼にはならなかったから。ほんとだっつーの。
・メリーさん:少女の姿の……怪異?
……備考:もうすっかりマダムの家の子。
お裾分けした魚が何倍にもなって帰ってきた。ネコミミフードは、マダムの趣味。
・桜井さん:同じ会社の、同僚の女性。
……備考:実家暮らしで、両親と弟の四人家族。
帰ったらお年頃の弟が騒いで大変だった。
・西のマダム:西の高級住宅街に住むお金持ち。女性。
……備考:生まれも育ちも上流階級。美味しいものと可愛いものが大好き。
・大将:高級寿司屋の大将。男性。
……備考:目利きや包丁さばきなど、この街一番の腕と言われている。
通常は、夕方からの営業。
この日は、血合いの漬け焼きとマグロの骨を出汁にしたあら汁とご飯ばかりアホほど売れた。
ある意味失敗。てめーら、寿司屋に来たなら寿司を食え。