第十七話:デート
日曜の今日は、桜井さんと待ち合わせして、水族館デートの日だ。
両親の墓参りに行ったはいいが、アホなやつと遭遇し……元カノなんだけどな……ものすごく機嫌が悪くなった。
メリーさんから電話がなければ、翌日の仕事に影響があっただろうと思われたくらいだ。
しかし、メリーさんの電話で確かな癒しをもらったわけだが、それでも足りず、貴重な日曜の休みに桜井さんをおデートに誘うことにしたのだった。
……ごめん、うそ。課長が水族館のペアチケットをくれたのが真相。
そろそろ答えを出しなさいって痛い一言を添えてな。
待ち合わせの十五分前に着く。
……で、ため息吐くはめになる。
いやさ、確かに桜井さんって細身で小柄な可愛い系で、髪も綺麗で魅力的で、何より押しに弱そうでチョロそうだけどさ。
……桜井さんは、俺のモノだからな?
おっと、違った。
桜井さんのデートの相手は、俺だからな?
だからさ、チャラ男くん達? その手を離さないと……
ヤッちゃうぞ?
おっと、違った。
嫌がる女性を無理矢理連れていこうというのなら、召喚魔法を唱えるぞ☆
そーれ、1、1、0。
「もしもし、警察ですか? 女性が、複数の男共に連れ去られようとしています! すぐ来てください! 場所は……」
「ちっ!? 何だこいつ!?」
「やべっ、逃げろ!?」
「てめぇ、ツラ覚えたからな!」
「ああ、お前達。証拠写真は沢山撮ったからな。逃げられると思うなよ?」
せっかくの良い日に、地獄に墜ちろやゴミども。
……いかんいかん。ダークサイドに堕ちそうだ。
今日はこれからデートなんだから、明るく楽しくいこう。
まずは、ちゃんとした挨拶から……。
「あ、ありがとう、ございます! こ、こわ、かった……です……」
ああ、はい。そうですね。
普通は、複数の男に囲まれて連れ去り一歩手前まで行ったなら、怖くて震えるのが普通だ。
……やっぱ俺、浮かれてんのかな?
震えながらしがみつく桜井さんが可愛くて仕方がないんだが。
このまま見世物になるのは本意じゃないから、とりあえずなだめるか。
頭撫でながら背中ぽんぽん。
見る間に震えが収まっていく。
完全に震えが収まったのを確認してから、一歩分離れる。
「もう、大丈夫です。すみません、お見苦しいところを……」
桜井さんが、服の裾をつまんでうつむいてしまう。
ダメだねぇ。ダメダメだ。
「こういう時は、すみませんじゃないだろう?」
ちょっとカッコつけて言ってみれば、バッと顔を上げて、嬉しそうに微笑んだ。
「はい。ありがとうございます♪」
なんだろうね? この可愛い生き物は?
チッチ、チッチ、小鳥さんが鳴いてるよ?
どこかでたくさん、鳴いてるよ?
この場合、泣いてる、の方が正しいのかね?
水族館は、まあ、あまり盛況とはいえないようだった。
しかし、静かに見て回れるのはとても良い。
優雅に泳ぐ大型の魚や、まとまって移動する小型の魚。
羽ばたくように泳ぐエイに、水底を歩いて移動するカニ。
大きな水槽は、見ていて飽きないし、小さな水槽は、貝や南国のカラフルな魚などがたくさんいる。
ガラスを軽くとんとんすると、寄ってくる魚もいて、しばしの間、桜井さんと楽しんで見て回った。
昼も過ぎたころ、ぐーと腹が鳴ってしまう。ものすごく恥ずかしいが、桜井さんはクスクス笑って、
「そろそろ、お昼にしましょうか?」
と、聞いてくる。
館内は飲み食い不可。
食堂と、そのとなりの休憩スペースだけが、飲み食い可となっている。
事前に調べて、昼は館内の食堂で食べようと決めていた。
でなければ、桜井さんが張り切ってしまいそうだからな。
食堂は、一面ガラス張りになっており、泳ぐ魚を見ながら食事が出来るようだ。
刺身の盛り合わせに海鮮丼に寿司に魚介ラーメン。
イカ飯タコ飯鯛飯。
選り取り見取りで目移りしてしまう。
鯛飯なんかは、取り皿に分けて数人で少しずつ食べるのもアリだと書かれている。
カップルにオススメ! の言葉は、余計だと思うがな。
二人で、刺身の盛り合わせに魚介ラーメンと寿司のセット、鯛飯を頼む。
一つの料理を分け合って食べるのは、なんとも気分が良いものだった。
……しかし……。
刺身盛り合わせの甘エビを箸でつまみ、醤油にちょん、口へ運ぼうとすると、ガラスの向こうで伊勢海老がすいーっと泳いでいく。
……何故か、伊勢海老と目が合った気がする。
鯛飯を茶碗によそって、箸でひとつまみ。口へ運ぼうとすると、黒鯛がすいーっと泳いでいく。
……黒鯛と目が合った気がするのは、俺がおかしいのか?
魚介ラーメンをどんぶりに移し、麺を一口。熱いスープに温められたホタテをぱくり。……ホタテ貝が、貝を開いたり閉じたりしながら跳ねるように泳いでいく。
……俺、疲れてるのかな?
…………。
「ご馳走さまでした。すみません、お代を……」
「構わないよ。いつも昼を用意してもらっているからな」
俺が、そうじゃないだろ? と言えば、桜井さんは、そうですね。と、花が咲くような笑顔になる。
「ありがとうございます♪」
なにこの可愛い生き物?
もう、落ちてもいいかな?
「へぇー、淡水コーナーなんていうのもあるんですね」
小さい水槽の中には、カラフルな南国の魚達のものの他、汽水域のもの、淡水域のものなど、色々分かれている。
中でも、淡水域の水槽は、ある意味面白かった。なんせ……。
「この水槽、鯉がたくさんいますね」
うん、色とりどりの、様々な模様の、たくさんの、鯉。鯉しかいない。
その中の、一匹。
なんというか……。
『なに見てんだ?』
目が合って、吹きそうになった。げほげほと咳き込む。
「大丈夫ですか?」
桜井さんを心配させてしまった。
大丈夫、と言いつつ、ガラスの向こうの金色の鯉に指差して、
「この鯉、なんか人の顔みたいに見えてさ」
「わ、ほんとですね」
桜井さんははしゃぐが、
『なに見てんだよ?』
鯉、お前は……。
『なに見てんだよクソ人間が。見せもんじゃねえぞ』
口が悪いな魚の分際で。
『どいつもこいつも番で来やがって。見せつけてんのか?』
はっ、鯉ならそこらにたくさんいるじゃねぇかよ。番ってしまえよ。
『クソ人間ども……溺れてしまえ!』
うるせえよ。洗いにして食っちまうぞ?
たくさん食って腹一杯だがな。
ついでに胸もいっぱいだぜ?
『おのれ……リア充に……呪いあれ!!』
そんな言葉、どこで覚えてきたよ?鯉の分際でよ?
あるいは、誰かの怨念が乗り移っているのか?
「今日は、ありがとうございました!」
「いやまあ、礼には及ばんが……」
勢い良く頭を下げる桜井さんに対して、俺は頭を掻く。
なんつーか、人面魚のせいで気分が台無しだーよ。
うん、気を付けて帰ってね。……いや、ほんと、気を付けてね?
…………やっぱり、このまま帰せねぇわ。
遠慮する桜井さんをタクシー(ドライバーは女性)に押し込んで、運転手にキジを一羽掴ませて、今日のところはさようなら。
また明日。
タクシーを見送れば、大きなため息がこぼれる。
疲れた。……疲れたが。
「……楽しかった、な……」
心の底から、そう思えた。
実に充実した休日だった。
やり遂げて、気の抜けた、ため息。
そんな時、スマホに着信。
(・ω・)ノノ\>゜)))彡
……な、なんだこれ? もはや理解が出来ないのだが?
『もしもし、わたし、メリーさん』
う、うん。何が言いたいんだい? メリーさん?
『今日は、パパさんの所有するクルーザーで、魚釣りなの。大物をゲットするの!』
あ、ああ……。魚釣りね。しかし、クルーザーとはな。
パパさんって、西のマダムの旦那様だろ? さすが、金持ちは違うね。
『(メリーさん? 竿が引いてるよ? 掛かったんじゃないかな?)』
『(パパさん、ほんとなの?)』
『(そうだよ、メリーさん。リールを回してごらん)』
『(よーし、釣り上げてやるの!)』
『(その意気だよ、メリーさん……って、あ、あれ……?)』
『(あらあら、メリーさん、すごいわねぇ)』
『(やったー! やったなのー!! これは、文句無しの大物なのー!!)』
ああ、100kg越えるような大物を、あっさり釣り上げるメリーさんと、その光景に呆然とするマダムとご主人の光景が目に浮かぶようだよ。
『(やったー! 帰ったら、マグロ尽くしなのー!!)……また電話するの!』
がちゃ、つー、つー、つー。
……え? マグロ? 実は漁船だったりしない? クルーザーでどこまで行ってんのよ? メリーさん?
・俺:主人公。男性。
……備考:職業・総合商社の営業。優良物件。
過去が原因で、女性との関係に慎重になっている。
デートは楽しかった。
・メリーさん:少女の姿の……怪異?
……備考:もうすっかりマダムの家の子。
マグロ美味しいの。タイもカツオもたくさん釣ったの。
先輩(犬)達には茹でたものをあげるの。
たくさんあるから、お裾分けするの。
・桜井さん:同じ会社の、同僚の女性。
……備考:デート、楽しかったです♪
また、助けてもらいました。素敵です。
・課長:善人で人格者なおせっかい焼き。
……備考:既婚者。結婚肯定・推進派。
何組ものカップルを結びつけた。
立場や権力を使って無理矢理くっつけるのは嫌う。
・人面魚:身体は魚、顔は人間の怪異。
……備考:鯉の顔ってさ、なんか人間の顔に見えるんじゃね? 分かるー。くらいの、ゆるーいノリで怪異にまでなった存在。
実際、鯉には人間の顔っぽいのもいるよ?
『なに見てんだよ?』が口癖。
普通の人には、魚の声など聞こえるわけがない。……つまり、主人公は……。
※このネタ《人面魚》は、《しろきち》さんより提供していただきました。