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第十六話:桜

 季節は春。桜の咲くころ。


 この時期は決算の時期。

 それと同じく、有給使えとうるさくなる時期でもある。

 役職持ちは、部下に有給が残っていると、「当然の権利を何故使わせなかった?」と怒られることになるそうだ。


 ……なあ、アホ係長? 有給申請を握り潰してシュレッダーにかけてから、他のやつは仕事してるのに! と無駄な説教垂れるのは、どの口なんだ?

 そのせいで、部下が軒並み萎縮して、申請出せずに有給がまるっと残る羽目になるんだぞ?

 それで、朝礼や会議の席で名指しで怒られることになるんだが、まだ気付かないの?

 あんなにはっきり言われてるのに?


 不思議。すっごい不思議。


 また人事部で土下座するの?


 仏の顔も三度までって言うでしょ?




 俺にとって、有給トレトレは好都合。

 遠慮無くとって、その休日。

 電車で三駅、そこからバスに揺られて、ようやく生まれ故郷の小さな町に着く。

 バス停からはしばらく歩かなければならないが、途中の花屋に寄らなければならないので、問題は無い。

 馴染みだが、愛想の無い同級生の花屋から花束を三束。

 いつも睨み付けてくるのは何でだろな?

 理由を聞くのもめんどくせぇ。

 まさかとは思うが、こいつが惚れていた女子が俺に告って玉砕したって話、信じてるんだろうか?


 そんな事実はないんだがな。むしろ……。


 両親が眠る墓に花を捧げて、線香を焚き、手を合わせる。

 掃除は、寺側がすることになっているので、綺麗なものだ。……まあ、管理料有料で。

 その金で、高齢者の仕事を作って小遣い稼ぎをさせてるらしい。


 どこもかしこも世知辛い。

 そう思う俺は、どこかおかしいんだろうか?


 両親の前を辞して、ちょいと曰くのある場所へ。


 町を見渡せる丘の上の桜の木。

 もう少しすると、休日には花見客で溢れるとか。


 ……まあ、花見客と言っても、地元民だけどな。


 そこの、一番大きな桜の木の根本に、花を供える。


 手を合わせて、途中で調達した大きめの笹の葉を皿代わりにして、桜餅を三つ。

 ごみが出ない工夫のつもりだ。



『桜の木の下には、遺体が埋められている』



 そんな、曰くのある桜の木だ。

 桜餅を三つ、というのには、意味がある。あるいは、忌みがある、といった方がいいだろうか?


 昔から、この大きな桜の木の下に人柱を埋める、という風習があるそうだ。


 飢饉や疫病。理由は色々あるだろうが、少なくとも、近代までに二度、人柱が捧げられたのだという。


 そして、俺が生まれる前にも、人柱が捧げられたのだという。


 バカな話だ。

 聞いた当初はそう思った。

 しかし、両親の遺言に残されてしまった以上、無視するわけにもいかなかった。


 有給消化するために、いい口実になるしな。



 やることをやってしまえば、もうここには用はない。振り返りもせず、立ち去る。




『毎年のお供え、ありがとう』




 女性の声が聞こえた気がしたが、気のせいだ。

 死んだ人間が、何かを語るはずがない。


 あるいは、気のせいではなく、桜の木の精の言葉なのかもしれないが……。


 どちらにせよ、この町に、俺の居場所なんてない。


 ボロい安アパートに帰るまでだ。



 ……と、思ってたんだが……。



「あ、あんた、来てたんだ……」


「ずいぶんな挨拶だな? 親の命日に墓に来るのがそんなにおかしいか?」


 目の前に現れたのは、幼馴染みの元カノ。

 名字は丘野。

 今はすっぱり縁も切れたはず。というか、将来の話までしていたはずなのに、ある日一方的に別れることになった。

 それどころか、町を出ろとまで言われる始末。

 理由を聞いても、うるさい、あんたには関係ない、とにかく出ていけ、などと、とりつく島もない。


 とりあえず仕事は決まっていたので、急いで住む場所を探して、その日の内に今住んでいる安アパートに引っ越しを決めた。


 それ以来、こいつとは会っていない。


 捨てる理由くらい言えばいいのに、ろくに言わずに出ていけ、だからな。

 何が理由かは知らんが、100年の恋も冷めるって感じで興味すらなくなった相手だ。



 ……まあ、理由は何となくは分かるがな。



 俺には、実は姉がいて、

 姉は小さい頃に亡くなってしまっていて、

 丘野は大変な難産だったという。

 そして、丘野の家は名家で資産家、

 我が家は金銭に困ったことは無く、

 両親は、たまに俺を見て泣きそうになっていた。



 いくつもの情報を繋ぎ合わせたなら、その時何があったかなんて、俺みたいなアホでも分かるというものだ。


 でも、丘野はなにも言わない。


 なら、俺から言うことも何もない。


 関係はとっくに切れた。

 それだけだ。


 丘野の横を通り過ぎる。

 しかし、丘野は俺の手を掴んで離そうとしない。


「あ、あんた、なんか……なんか、言うことはないの? 元々は、恋人同士だったのに……」


 はぁ、と、ため息一つ。


 言いたくはなかったが、どうやらこいつは言わなきゃ分からん人種らしい。

 前は、頭の回転は早い女だと思ってたんだが。


「なんだ? 捨てられた恨み言でも吐けばいいのか? なにも言わない事に対して文句の一つでも言えばいいのか?」


「……えっ? な、なんで……?」


「関係は今日で終わり。顔も見たくない。今すぐ町から出ていけ。……そう言ったのはお前だぞ?」


 これでも、大分大人しい表現だけどな。

 せっかくだから、言っておこう。

 女々しい男の未練を。


「関係の切れた、他人のお前に、今さら何を言えば良いと? ……少なくとも、俺は、お前のアドレスを消してはいなかった」


「当時の俺に落ち度はなかったはず。そして、お前の方から一方的に切った縁だ。繋ぐなら、お前の方からが筋だ。少なくとも、俺はそう思っている」


 文句の一つでも覚悟していたが、丘野はしゃがみこんで、泣き出してしまう。


 ため息一つ。ためらい無く手を振り払い、過去に背を向けて立ち去る。

 そんな俺の背中に、意味不明な言葉が添えられた。


「……どうして……分かってくれないの……?」


 お前の事情は、アホな俺でも察することは出来たさ。


 ……けどな? 言っちゃならないことを言っちまってるんだよ、お前は。

 やっちゃいけないことをやっちまってるんだよ、お前は。


 それこそ、どうして、お前は分からないんだ?

 俺は、事あるごとに、双方の両親の事を話題に出してたろ?


 尊敬していると、何度も言っていただろ?




 なのに、どうして、俺の両親が先立っていることを、


《幸いにも、あんたの両親はもう死んでるし、遠慮なく町を出ていきなさいよ》


なんて言えるんだ?




 俺の家を、両親との思い出を、俺に断りもなく解体させたのは、お前だって知ってるぞ?

 両親の遺影もろともに、全て壊したのは、お前だって知ってるぞ?




 そんなお前を、両親を愛し尊敬していた俺が、憎まないとでも思ったのか?




 絶対に許さない。

 許せるわけがない。




 俺の姉を奪い、

 俺の両親を奪い、

 俺の帰る場所を奪い、

 俺の家族との思い出ををも奪ったお前を、




 絶対に、許さない。







 バスと電車を乗り継いで、町まで帰る。

 気分は最悪だった。

 丘野に会わなければ、まだましだったろうが……。

 こんな時でも、スマホに着信がある。

 一体誰だよと、舌打ちしながら画面を見ると……。




(TωT)




 うん? 泣いているのか?


『もしもし、わたし、メリーさん』


 どうしたどうした? いつもの言葉からは、泣く要素は聞き取れないぞ?


『今、ママさんと一緒にハンバーグを作るところなの』


 うん、それで何で泣いているんだい? 確か、肉は好きだったんじゃないのかい?


『玉ねぎが目に染みて、涙が止まらないの……』


 ……お、おおぅ……。


『(ママさーん、玉ねぎはこれくらいでいいのー?)』


『(メリーさん、もう少し細かく刻めるかなー? 頑張って! 美味しいハンバーグのために!)』


『(分かったの! 美味しいハンバーグのために、頑張るの!)……また電話するの』



 がちゃ、つー、つー、つー。




 ははは……。メリーさん、すっかり西のマダムの家の子じゃないか。




 なあ、メリーさん。家族って、良いものだろ……?

 先輩達とは、仲良くやってるかい?




 はは……ははは……。なんか、俺まで玉ねぎが染みてきたよメリーさん。




・俺:主人公。男性。

……備考:職業・会社員。既に家族は他界。

 両親を一度に失い、恋人に理由も告げられず捨てられ、仕事に逃げた。

 女性との関係に慎重になっている。


・メリーさん:少女の姿の……怪異?

……備考:もうすっかりマダムの家の子。

 先輩がた(犬)用のハンバーグは、玉ねぎ抜きなの。


・桜井さん:同じ会社の、同僚の女性。

……備考:顔が見れない日は、寂しいです……。早く会いたい……。


・丘野:幼馴染みの女性。元カノ。

……備考:自身の出生の秘密と愛し合っていた男との因縁を聞かされ、混乱し、選択を致命的に間違う。

 結果、修復不能なほどの溝が生まれたが、丘野自身は気付いていない。まだやり直せると思っている。

 ……一切の行動が裏目に出ているにも関わらず。


・桜の木の話:昔の人は、満開の桜に溢れんばかりの生を、花びらの儚く舞い散る様子に死を、それぞれ見出だし、鮮やかな桜の色の由来を、根本に遺体が埋まっているからだ、と仮定したという。


 そも、桜は特に繊細な木で、虫や病気に弱く、枝の一本を折っただけで病気になって枯れてしまう脆さを持っている。

 根本に遺体など埋めようとすれば、掘る際に根を傷つけ、それが原因で枯れてしまうかもしれない。


 この話は、土葬した遺体の上に育った木が妖樹となった話と混同されていると思われる。


 しかし、これほど繊細な木が、あれほど見事な花を咲かせるのである。

 そこに、美と、生命の輝きと、儚き死を見出だした先人達の感性をこそ、称賛するべきではないかと思う。


※このネタ《桜の木》は、《UENO Q STYLES》さんとの会話から着想を得ました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ダメだ理解力の問題か分からない 姉だったってことか?
[良い点] だんだん重い話になり、読み応えが増してより楽しめました。 [一言] 思い出を勝手に解体するのはいただけませんね。
[一言] 有給は取らせないと上司の評価が下がるのに…… (ウチの会社は結局有給取得が強制になりましたが) 男女のすれ違いはよくある話ですが、これはそれより根が深いですね。主人公側にそれを伝える意思も…
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