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第十五話:足

 さて、うちの係長は俺の直属の上司な訳だが、その人柄を一言で言い表すと、『クズ』となる。


 これは決して私怨で増幅された過大な表現と言う訳じゃなく。

 現に、今もまた俺の目の前でやらかそうとしているわけで。

 ここに転属となって日が浅い桜井さんは、係長のあしらい方を知らず、俺の見ていないところでちょくちょくセクハラ被害に遭っているそう。

 寿退社したお姉さまは、係長を軽くあしらうし、回数をちゃんと覚えていて、未然に防いだ分も合わせて一定回数に到達すると課長をすっ飛ばして人事部に直接行ってたっけ。

 それからは係長も大人しくなっていたが、転属してきたのは、年の離れた若く大人しい事務員。とうとう我慢できなくなったんだろうか?


 ……だからって、やりたいようにやらせるかよ。


「係長」


 桜井さんに伸ばしていた手を掴み、耳元で魔法の言葉をささやく。


 すると、セクハラ上司は「休憩入りまーす」などと言って分煙室に逃げていった。


 ふっ、悪は滅びた。


 ……ほんとに滅びればいいんだけどな。



 退社の時に、桜井さんが耳元でそっとささやいてきた。


「ありがとうございます。毎日、助かってます」


 顔を赤くしながら、早足で去っていく。

 なにこの可愛い生き物?



 ……しかし、あーあ、ばれてーら。



 係長さぁ、そろそろマジでやめとかないと、あんた首が飛ぶぜ?



 帰り道。先日、マスクとコート姿の女性が現れた辺りで、髪の長い松葉杖を付いた女性を見かける。普段ならなんも感じないが、その女性は俺とすれ違いそうになった時、バランスを崩して倒れ込んでしまった。女性の体が地面に付く前に俺の体を滑り込ませる。


「大丈夫ですか?」


 今気が付いた。この女性、片足の膝から下が……。


『ありがとう。あなた、優しいのね』


「いえ。それより、お怪我は?」


『そんな、優しいあなたに、お願いがあるの』


 無視かよ? と思ったが、片足の腿を付け根から膝にかけて指でなぞられ、背中に氷を放り込まれたようにゾクリとした。

 同時に感じる、最近馴染みのある、恐怖。


『わたしに、この立派な足、頂戴?』


 膝を、わしっと掴まれる。


 ため息一つ。


 めんどくせぇと思いながら、名刺を取り出す。


「義足のご用命ですね? 大丈夫です。今からでも、腕のいい職人をご紹介します」


 総合商社の営業なめんなよ?

 こちとら、内臓寄越せとまで言われたことがあるんじゃい。

 そのアホには、警察を紹介してやったがな!


「義足には、繊細な調整が必要になります。今タクシーを呼びますので、職人のところまでご一緒いたしますよ」


『……えっ? ……えっ?』


「ああ、もしもし? 花丸々タクシーですか? ドライバーは女性で一台寄越してもらえます? 大至急で」


『えっ? ……えっ? ……あ、あの?』


 戸惑う女性。しかし、この俺にちょっかいかけるなら、容赦しないよ?


「すぐにタクシー来ますからね。義足を付ければ、松葉杖無しでも歩けるようになりますから」


『えっ? ……わ、わたし帰る……』


 松葉杖に手を伸ばす女性。しかし、タクシーのライトに照らされて、眩しそうに目をかばう。

 ……タクシー早いなオイ。まあいい。


 タクシーのドアが開くのにあわせて、女性を抱き上げ、後部座席に静かに乗せてやる。

 抱き上げる時暴れるかなと思ったが、意外にも大人しいものだった。

 で、ちゃんと松葉杖も拾って渡す。


「こちらの女性を自宅まで。住所は女性から聞いてください。料金はこちらで。あとで明細をこちらに送ってもらえますか?」


 運転手が女性であることを確認して、一番いい色の札二枚と名刺を渡し、俺が不審者でないことをアピール。

 怪異相手に不審者扱いはごめんだからな。


「じゃ、達者でな」


 と、女性に挨拶すれば、


『……ありがとう……』


 と、恥ずかしそうにうつむいていた。

 なにこの可愛い生き物?




 タクシーを見送り、崩れ落ちて膝を付く。


 やっべぇ。見栄張るんじゃなかった!

 給料日前の今、キジが二羽も飛んでいくのは、あまりにも痛い……!!


 せめて、樋口さんにしとけば……、いや、足りなかったら大変なことに……!


 そんな時でもスマホに着信。

 誰だよと舌打ちしながらスマホを取り出せば、





( `З´)





 あれ? なんだこの顔文字? 何が言いたいんだ?


『もしもし、わたし、メリーさん』


 どこか不機嫌そうなメリーさんの声。やっべぇ。さっきの女性とは格の違う悪寒がするぞ?


『ぶー、なんか、知らない女とイチャイチャしてる気がしたの』


 ……えっ? メリーさん、エスパー? 俺、監視されてる?


『なんがモヤモヤするの……また電話するの』


 がちゃ、つー、つー、つー。



 ……果たして、俺は無事に家に帰れるのだろうか……?




・俺:主人公。男性。

……備考:職業・会社員。

 女性に対しては、紳士のつもり。

 怪異さん、お帰りはあちらです。


・メリーさん:少女の姿の……怪異?

……備考:なにかビビッと感じたの。モヤモヤするの……。


・桜井さん:同じ会社の、同僚の女性。

……備考:いつも助けてもらってます。

 好きって、言いたい……。


・係長:セクハラ上司。

……備考:パワハラ上司でもある。未婚。

 女性には、無ー理ー!と言われる。


鹿島(かしま)の怪異:女性の姿の怪異。

……備考:正式名称、不明。鹿島と呼ばれる地域が発祥とも言われる。

 あるとても寒い日の夜、人気のない場所での事故により、片足または両足、あるいは下半身まるごと失った女性が、寒さで血液ごと傷口が凍りつき、ショック死も、失血死すらも出来ずに、助けを求め這いまわり、やがて誰にも看取られずに死亡した。

 その怨念から、失った足を求めて這いまわる怪異。

 逃げても逃げても這ったまま追いかけてきて、足を奪うという。

 魔法の言葉を(ささや)くと退(しりぞ)けられる、という説もあるが、さだかではない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱりイケメンじゃないですか! 大人の知力と胆力と体力と経済力……すばら! 実はですね、昨日あたり他の方の作品でカシマさんについて知ったばかりでして……す、すごい偶然です…… でもなん…
[一言] テケ〇ケの諸説の1つがそんな話だった気がするの(ォィ 人にも怪異にも好かれるってこのリア充め!!(笑) しかし結婚する気が無いとか……いずれオトした女がいろいろ拗らせて監禁されちゃうぞ☆
[良い点] 怪異だとわかっていながら、スマートに応対して、 撃退する主人公は、怪異ハンターとしての、 風格が出てきましたね。 あと怪異なのに、ヒロイン化している、 メリーさんが可愛いですね(笑) [一…
2020/04/19 18:38 退会済み
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