第十話:ほっといてくれ
昼は珍しく、ランチのお誘いだ。
会社ありきの付き合いとはいえ、これもある意味接待だ。受けないと印象が悪くなる。
とはいえ、取引先の担当から、妙に可愛がられているのは感じていた。
大分年の離れた親戚みたいな関係。
俺の方が一方的にもらうばかりで、ほんと、申し訳ない。ご馳走さまです。
こんなことがあるから、今の仕事は辞めようとはならないんだよな。
仕事自体はつまんないけど。
……んで、こんなことがあるから、なんでお前だけって言われて同僚からハブられることになるんだよな。
季節外れの鰻は、ものすごく旨かったです。
いつでも、うちの会社に来ていいからなって言ってくれて、泣きそうになる。けど、今の会社に義理もある。それに、誘われたからって簡単に辞めるような若造を、会社単位では信用しないだろう。
腹も心も満たされて、余は満足じゃ、なんて言ってみる。……虚しい。虚しいが、午後の活力は十分に湧いてきたのを感じていた。
そんな中、スマホに着信が……って、まさか……。
?(゜Д゜≡゜Д゜)ゞ?
おいおい、まさか、メリーさん?
『もしもし、わたし、メリーさん……』
おっと、なんか声がしょんぼりしてるぞ? 理由は想像できるが、一応言ってみ?
『……見失ったの……』
やっぱりか。いや吹くな、俺。吹いたら人生アウトだぞ? 我慢我慢。
『急に目の前から消えたの……。犬モドキの分際で……』
あ、うん。そういう怪異だからな。
酔っぱらいの見間違いってオチの説もある、幻のような怪異。
追うことには定評のあるメリーさんでも、幻のように消え失せる怪異を追い詰めるには至らなかったか。
『むう…………。また、電話するの』
がちゃ! つー、つー、つー。
おお、耳がいてぇ。メリーさんの不機嫌さが現れているみたいだな。
んで、うまく逃げたじゃないか。人面犬よ?
『……ほっといてくれって言ったろうが……』
苦情は、俺じゃなくてメリーさんによろしく。
追っかけたのはメリーさんだろ?
……だからさ、俺の後ろに立って殺気を全開にするのやめろや……。
『ほっといてくれよ……』
分かった分かった。何処へなりともいっちまえ?
『……ほっといてくれよ……』
……お前、あれか? 構って欲しいのか?
天の邪鬼か?
『……ほっといて……くれよ……』
「ええいっ! どっちだよ!?」
我慢できずに振り向けば、そこには何もいない。
人面犬なんて、何処にもいない。
……殺気なんて、感じない。
「あーもう、なんなんだよ……」
結局、ほっといて欲しいのか構って欲しいのかまるで分からんヤツだったな……。
人物紹介
・俺:主人公。男性。
……備考:職業・会社員。
身内は敵、よそ様は味方な感じ。
・メリーさん:少女の姿の怪異?
……備考:好奇心旺盛なお年頃。
・人面犬:人の頭に犬の体の都市伝説。『ほっといてくれ』が口癖の様子。
……備考:酔っぱらいの見間違いのオチもある怪異。消え失せる能力には定評がある。
……しかし、怪異は怪異。