仮想戦争
そう遠くない未来。
ゲーム感覚で戦争が行われていた。
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2013年 アフガン。
近くの山村は既に焼け落ち、住民も女子供問わず炭火焼きの様にローストされていた。
触れれば崩れる程の炭に成り果てた今。死因は何だったのかはわからない。
「連中、恐らくスコア稼ぎのために此処を襲ったのね」
「成る程、スコア稼いで給金増やそう…って腹積もりか」
特に感慨無く喋る一対の男女。
彼女等は戦闘用の鎧骨格を脱ぎ捨て、インナースーツのまま村が焼け落ちる様を見る。
紅蓮の炎が揺らめく赤子の死体に寄り、女は自らの煙草に火をつける。
口からふぅ。と吐き出された紫煙が空へ還って行く。
「なあ、これからどうする?」
男の気弱な問いに、鎧骨格を着け直しながら女は、煙草を吐き捨てて応える。
「敵討ち」
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山村を襲った部隊は近くに居た。
彼等は村の生き残りを的にした射撃を楽しんでいる。
強化アーマーの視覚増幅装置とアサルトライフルのレーザーサイトの組み合わせで狙いを外すことはまず無い。
泣き叫ぶ少女の額にはレーザーサイトの赤い点がついており、一人の兵士が狙いを定め、撃つ。
少女は恐怖と悲しみに支配された表情のまま、頭の上半分を消し飛ばされた。
毒々しい赤い花弁を地にまき散らした少女の骸を前に、ヘッドエイム・ショットを決めた兵士は意気揚々とハイタッチを仲間に要求する。
両手を高々と上げた瞬間、その両手は地に落ちた。
肘から綺麗に切断されていた。
だが兵士は決して泣き叫ぶことも、痛がることも、狼狽えることもなかった。
何故なら頭も同時に切り離され、踏みつぶされていたからだ。
―一瞬で現れた、黒い鎧骨格に。
『宥和重工!』
兵士は鎧骨格に銃を構え、一斉掃射を行う。
アサルトライフルの弾幕が地を穿ち、盛大に土煙を上げるなか、鎧骨格は臆することなく次の獲物を見定める。
神経接続により鎧骨格の人工筋肉に命令が下る。
鎧骨格の大腿筋が膨張し、一回り大きくなった左足で踏み込む。
鎧骨格の突起に巻き込まれた空気が土煙を一気に拡散し、旋風と化す。
その突風に煽られ弾幕の止んだ兵士の腹に貫手を繰り出す鎧骨格。
人工筋肉が延長を始め、最初のダッシュにスピードを上乗しコンマの単位で繰り出された貫手は、兵士の体を強化アーマーごと貫き通す。
そのまま貫いた兵士を盾に、もう一人の兵士まで駆け寄る。
兵士は今まで頼りにしてきた強化アーマーの頑丈さに初めて忌々しさを覚えながら、弾丸を吐き出し続ける。
やがて弾幕が途切れ、兵士がリロードを行うために距離を離したところで、鎧骨格は『盾』を破棄し、距離を詰める。
鎧骨格の右手の装甲がパージされ、中からは内蔵式二連短銃が出現する。
鎧骨格の神経接続により、増幅された視覚にて相手の強化アーマーの頭部をロックオンする。
兵士は相手の武装を侮り、その場で立ち止まり、リロードを開始する。
だがそれは誤りだった。
カスタマイズされた短銃からは普通のアサルトライフルの二倍の速さで回転する、強襲用貫硬ショットシェルが吐き出される。
ドリルの様に捻れた弾丸、その溝が周りの大気を練り上げ、巻き込み、巨大な突風となり兵士の頭部にねじ込まれる。
硫化鉄と化合式強化カーボンの合金で造られたメットは、弾丸がめり込んだ位置を中心に捻れ、渦を作る。
そうして弾丸が兵士の頭を通り過ぎる頃には、金属の延性が働いて、歪に捻れた渦巻きを遺していた。
兵士の死体には目もくれず、的に使われた少女を見つめる鎧骨格。
鎧骨格の頭部装甲を展開する。
敵討ちをほのめかした女性の顔だった。
少女を弔おうと遺体に近づいた瞬間、女性の右頭分が吹き飛ぶ。
―狙撃手!
ヘッドエイム・ショットを決められた女性は膝をつくも、被弾した位置から大凡の狙撃手の位置を推測し、右手を翳す。
人工筋肉が膨張し、装甲がパージされたと同時に貫手が射出される。
一回きりの飛び道具は、遥か先の、岩壁に臥した狙撃手の背後にある木に突き刺さる。
鼬のなんとやら。を決め損ねた女性を嘲笑い、ライフルのスコープを覗く。
装填された対戦車用10mmショットシェルが狙うのは、鎧骨格に覆われた女性の心臓。
強化アーマーの関節部をロックし、ブレの無くなったスコープの、十字架の中心に捉えられた女性をロックする。
引き金を引く。
それと同時に、飛び道具として使われた鎧骨格の右手に仕込まれた爆弾が作動し、その爆発に巻き込まれ狙撃手は木っ端微塵になった。
日本 宥和重工
社内に設けられたサイバールーム。
その中に設置された卵状の機械から、鎧骨格を纏っていたはずの女性が顔を出す。
そばに居た職員が女性へスポーツドリンクを差し出すと、女性は会釈をしドリンクをグビグビと飲み干す。
「予定外の被害だわ」
「そうですねぇ…。鎧骨格ならまだしも、義体も損傷してしまいましたし」
頭を抱える女性。
鎧骨格と義体の費用を考えると、給料の半分が天引きされてもおかしくない。
「大体ねぇ、情報が悪いのよ!あの村に『新しい兵器を売る』だけだったから義体まで寄越したってのに、まさかPMC(民間軍事企業)とドンパチやらかすなんて思いもよらなかったわ…」
「ご愁傷様です課長。まあ無効も四つ戦闘用義体を損失しましたし、痛み分けに…」
言葉を止める職員。
向こうの損失とこちらの損失とは桁が違うと睨みつける彼女を刺激しないための、最善の処置だった。
「好印象を与えるための、オーダーメイドさせた義体なのに…。はぁ、大損だわ〜」
一人気を吐く課長に、職員は色々言いたげな表情を浮かべ、そして口を噤んだままサイバールームを後にした。
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サイバネティクスが普及し、人工筋肉や神経接続技術が高度になった今、世界では義体を用いた、
『兵士が戦場に赴かぬ、戦死の存在しない戦争』
が普遍的になっていた。
戦死の無い戦場はやがて倫理が軽んじられ、兵隊はゲーム感覚で戦争を行う。
新たなビジネスである戦争経済は確立され、兵士の門戸は限りなく広くされ、戦争はもはや空気と同じに成り果てた。
民間の娯楽として、レンタル式に戦闘用義体が提供され、子供から老人に致るまで気軽に戦争が出来た。
そう遠くない未来。
ゲーム感覚で戦争が行われている。
戦死の無い戦場は
増え続けるだろう。
―了―
※意図的に世界観、単語の説明は省いております※