幼少期(前編)
この世界では黒髪というのは魔王ーー呪われた証ともされていた。
ほかに前例は? そう言われれば一切生まれてこなかったわけではないが、どうなるかは言わなくてもわかるほど想像が出来ると思う。
「この子に罪はない。それは分かっているが、それを匿ったとなれば話は変わってくるぞ? 最悪⋯マナ、お前自身も犯罪者に⋯⋯」
「ははは、犯罪者だって? 面白いじゃないかい。もう聖女としては離された私さ。今更、犯罪者だろうが反逆者だろうが一緒の事さ」
「はぁ⋯マナらしいな⋯。だが、お前が赤ちゃんを預かるとはな⋯。で、母親はいまどこに?」
俺を抱きあげるとそのまま弄ろうとしてきたので、必死に払おうと応戦する。
「そこにいるさ」
そう言って、指す方向には土が盛り上がっている。
「おいおい、殺されたのか?! お前が居たのになにやってんだ。少なくとも母親は⋯⋯」
玄関から見える先にあるお墓は、とても簡潔的なものであったので、今は無理だがその内キチンと作りなおそうと考えていると眠気が襲ってくる。
(2人の会話がこの世界の事情を知るのにいいと思ったが⋯⋯そういえば⋯赤ちゃんは⋯寝る⋯のがしごと⋯zzz)
「私も万能ではないさ。けど、母親は最後までこの子を守る事を選んだからね。私が責任もって面倒見るのさ」
「そうか⋯。ん? ちょっとまて。この子の父親はたしか⋯」
「そうさ。だから呪われた黒髪というのは、昔に誰かが吹いた迷信なんだろうね。この子の両親から黒髪が産まれる事はない。呪いをかけたなどであれば、まだまだいてもおかしくはないし、逆にいえば黒髪の子は何か意味があって産まれてくる可能性があると⋯私は思っている。まぁ、初めはこの子から特別な何か感じたから、声をかけただけだったんだがね。今では、世界がこの子を生かそうとしている気がしてるのさ」
「そこまで言うなら止めはしないが⋯想像を絶するほど苦労するぞ? だがまぁ、俺も話を聞いたことだしな、手伝いが必要ならいつでも声をかけていいぞ」
「珍しいね。街を守護する者がいいのかい? 犯罪者になっても」
「ははは、何を言うか。この一式運んできた時点で、もう共犯者だろうが。それとまぁ、気にはなるからな。マナが赤ちゃん相手にどこまでもつかが⋯」
「喧嘩売ってんのかい? 子育てぐらい楽勝だよ」
「は! まぁ、せいぜい楽しみにはしてるさ」
お互いがいつものやりとりのように気軽に言い合う。
「あぁ、それと街の祈りの件だけど引き受けてあげるよ」
「本当か?! それは助かる。今いる聖女だけでは圧倒的に足りなかったからな」
「ただし、私が街に行くことは無いからコレで補充するようにしておくれ」
そういってカンテラのような筒を渡す。
「分かった。それにしても便利な世の中になったな。昔は祈りの間で聖女が数人がかりで行なっていた行為が今はコレでも補充出来るのだから」
「そのせいで金にがめついのも増えてきたがね。まぁ⋯分からないでもないさ。今まで聖女が行ってきた仕事は多すぎたからね。パーティを組めば黒の大地の浄化、モンスターの弱体、味方へのフォロー、街にいれば街の中心にある祈りの間で安全の為に聖気の補充、そして祈りの間が終われば、周辺の結界に補充に赴かなければならなかったしね」
「まぁ⋯そう見ると、あの時代の聖女には感謝しかないんだがな⋯。俺達からにしてみればそこまで押し付けている感じはなかったのだが⋯」
「ただ、やはり私は思うのさ。大雑把に言えば苦行が聖女の力を増していく行為ではないのかとね。まぁ、これはただの偏見な言い方さね。実際に関係しているのは心の持ちようなんだろう」
「ずっと、マナを見てきたからな⋯それぐらいは分かっているさ。現在における聖女に関して言えば、能力値は徐々に低くなっているしな」
「まぁ、私は私の信念を持って動くつもりだからどうでもいい事だけどね。あと、聖気補充器を取りに来る時は、この子の食事とミルクなど必要そうなも物すべて持ってくるんだよ」
「必要そうなものって言われても、俺は分からんぞ?」
「それを調べるのもお父さんの役目さね」
「誰がお父さんだよ⋯ったく、いらんもの持ってきても文句いうんじゃねぇぞ」
それから、少し平穏な生活が続き、俺もいよいよ歩けるようになった。
動けない時にずっと考えていた母の墓を着手しようと外に出ようとすると、狼に首根っこを咥えられ元の場所に戻された。
「あぅ! あぅあ!!」
バンバンと床を叩くが、狼は俺を見守るように定位置に戻って座る。
それから毛布を丸めてダミーを作ったり、ボールを転がして気をそらしたりしてみたが、全て見透かされ定位置に戻される。
「さっきからどうしたんだい?」
フンッといって、狼が再び定位置に戻る。
「あう! あうあうあ!」
「遊ぶのは飽きたのかい?」
「あぅ! あぅあ」
首を横に振り、外の方に手を伸ばす。
「外? 外に行きたいのかい?」
「あぅ!」
「まだダメさ。ヨチヨチ歩きじゃ危ないよ」
転ばない自信はあったのだが、困らせたくはないのでマナに言われると大人しくする。
「じゃあ、今日もアレを見せてあげよう」
マナの仕事机まで移動すると、俺を狼の背中に降ろしカンテラを用意する。
マナが祈りを捧げると青や赤、黄色や緑色の光がゆったりと空間に現れ、ゆっくり混ざり合い虹色になりカンテラに収まっていく。
(何度見ても綺麗だ)
祈りが具現化されたような光景、温かさが身体を包むような感じになりいつも途中で寝ていた。
だが何度も見ている内に、俺もマナを真似て祈るようにしていたのだが、やはりいつも通りいつのまにか寝てしまっているのである。
そして言葉が喋れるようになると、自分の考え通りに言葉を表現すると、とても違和感を感じるようになってきた。
身体と心のズレというべきなのか、『俺』から『私』に変えるのにそう時間がかかることはなく自然と変わっていった。
更に時が経つと、私は自然と歩けるようになり、家の前までだけどマナおばさまから狼と一緒ならと外の許可が下りる。
さっそく、家の周りにある水場で、花をやさしく根っこから抜くと、母の墓の周りに移してあげる。
そのまま膝をつき、お母さんに感謝とこの花が元気に育つ事を祈る。
それを繰り返しているある日の事。
「イヴ、少し聞いてもいいかい?」
「どうしたの? マナおばさま」
「もしかして自分以外の記憶などはあるのかい? 言葉を覚える速さや理解力など普通ではないからね」
「昔の記憶? ⋯うん。あるよ」
「やっぱりそうかい! 言える範囲でいいんだけど、どんな感じか言ってもらっていいかい? もしかしたら伝承に残っている聖女だったりするかもしれないからね」
マナおばさんが言うには、聖女になって生涯を終えた魂は、次の魂に波長や条件があえば能力を引き継ぐ場合があり、そういう子は純粋に能力値が高いらしく期待の眼差しで私を見ている。
「マナおばさまには悪いんだけど⋯昔の記憶は男の子だよ? 記憶の事で言えば、ほとんど言えるんだけど⋯こことは世界が違う気がするから言っても無駄だと思うの」
男の子とはいえ、編物、料理、炊事、洗濯、炊事など家庭的な事から、弓道、合気道などの柔術、パルクールやロッククライミングなどの運動もしているんだけどね。
「なるほど⋯イヴは渡り人だったのかい。で、前世の男⋯ん? おとこ? いま、おとこのこって言ったのかい?」
「うん」
「な⋯なな⋯⋯何じゃってーーーーー!!!!!!!!!!!」
初めてみるマナの大口が開き驚愕した顔に、こちらもビクッと連鎖したのであった。
「なるほど、大体は分かったけど⋯本当に男⋯だったのにはびっくりしたね⋯」
あからさまにマナおばさまがしょぼーんとしているのが分かる。
「でも、記憶は鮮明にあるんだけど私はきちんと私だよ!」
「そりゃ当たり前さ。前世はやはり前世なのさ。まぁ、私が期待したのは初代聖女⋯⋯いやこの話はもうよしとしようじゃないか⋯だけど、まぁ、こことは違う世界の話はやはり信じがたいけどね」
「そうは言っても⋯⋯ん〜、そうだ! じゃあ、私が向こうの知識を使うから、それに納得できたら、これから色んな事をやらして欲しいの! 記憶と身体が一致すると私の中にすぅ〜っと入っていく感じがするの」
「⋯⋯ふむ。⋯私相手に駆け引きかい? 面白いじゃないかい。受けて立ってあげるよ! もし私が納得できたら、この周辺のみなら好きな事さしてあげよう!」
「よ〜し! 頑張っちゃうからね!」
こうして、渡り人である私が自由に動く為に、マナをビックリさせるための行動を起こすのでありました。
【問題】
さて、イヴはマナをビックリさせる為に何をするのでしょうか?
ヒントは飲み物。
正解は次回のお楽しみで(´・ω・`)