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ラプラスの魔物 蔵匿論者と究明信者 後編

柑霞邏街かんからがい』に足を踏み入れた凍蝶の後ろに、アレンが何とか走りながら着いて行く。アレンが軽く凍蝶に耳打ちした。


「な、何だ此処は……此処が『仕事場』って…。」


凍蝶が平然と返した。


「もし、ワタシの事がバレて、アジトを探索されるにされても、此処は見つかりにくい場所です。まさか貴族が風俗街に居るとは思わないでしょう?」


アレンはそれを聞きながら、空を見上げた。


「な…何だあれ、あの、城みたいなやつは…?」


凍蝶もそれを見て言った。

「あぁ…この街の管理人の家ですよ。」


アレンがそれを聞いて更に問う。

「ちょっと待て。あんな大きい城があれば、普通に場所がバレるんじゃ…。」


凍蝶が軽く角を曲がりながら言った。

「此処の空間はなかなか凄くて、所々異世界と普通の空間が混じってるんです。この、ワタシ達が居る方は、異世界側です。」


アレンは目をぱちくりして感嘆の声を漏らす。

「異世界…空間が混じってる…へぇ…。」


凍蝶がそれ聞いてくすくすと笑った。

「ちょっと信じられませんでしたか?それとも男子の血が騒いだ、とか。」


しどろもどろしながらアレンは答える。

「いや…両方だ…異世界、か。」


でも、と凍蝶は指を添えて考える。

「ワタシ達の世界も、ほかの世界から見れば、異世界ですよ?この世界に来たい人もいるかも知れません。」


そう会話を切ると、目的の場所に着いた様で、凍蝶はアレンに振り返る。


「さぁ、着きました。ワタシの…うーん…何て言ったら良いんでしょう。」


アレンが手を叩いて言った。


「秘密基地、とか。」

「それが良いかもしれませんね。」


アレンがポケットに手を突っ込みながら問うた。

「それにしても……何でこんな所に来たんだ?『仕事場』、らしいが……。」


凍蝶はアレンの一言に即答した。


「特に用はありません。もしもの時は此処に入れば助かる、と言う事を伝えたかっただけです。」

「アンタ!」


向こうから劈く一言が聞こえた。アレンがびくりと肩を震わせて、凍蝶はさもどうでもいいように振り返った。ハスキーの声が染み渡る。


「先先先先月からの家賃を払いな!」


其処には黒髪を横に丸く結い、ピンクの髪留めをして薄い珊瑚の軽いドレスを着た、妙齢の女性が居た。アレンが凍蝶に耳打ちする。


「牡丹……一体どれだけ家賃を滞納してるんだ……。」


凍蝶はアレンの言う事をガン無視して、ポケットから純金製の懐中時計を女性に渡した。


「これで足りる筈です。純金製の懐中時計ですから。」


ふぅん、と女性は煙管を持った反対の手でそれを見た。


「偽物じゃあ……無いみたいだね。」

「勿論ですよ。何せ朧月夜の家ですから。」


女性はそれをポケットの中にしまった。


「あたしゃ言う事無いね。さっさと行きな。」

「待って下さい。」

「なんだい?」


凍蝶が毅然とした態度で女性に言った。

「何か知っているんでしょう。今回の事件の事。」


はぁ、と女性は溜め息を付いた。

「どうせ聞くと思ってはいたが……その前に其処の坊ちゃんに挨拶だけはさせとくれ。」


それを聞いた凍蝶はアレンを紹介する。

「ええ、どうぞ。彼はアレン。知りたがりの青年と言えば良いでしょうか。」


アレンが女性に言った。

「どうも、アレンです。宜しくお願いします。」


女性は煙草を吸って言った。

「アタシの名前は久遠寺団扇くおんじ うちわ。まぁ……本名じゃ無いね。源氏名、と言った所かな。」


え、とアレンが言った。

「源氏名って……あの。」


凍蝶が腕を組みながら話す。

「そうですよ。彼女は……じゃなかった、彼は風俗業に属しているんです。」


更にアレンが目を見開いて女性?を見た。

「え……彼って?……男?」


ふぅ、と久遠寺はため息を付く。

「……お偉いさんはね、こういうのが好きな人も居るんだよ。」


だから、と凍蝶は久遠寺のあとを続ける。


「彼はワタシの情報屋として働いてもらっているんです。」

「成程ね……。えーと、で、オレの自己紹介で色々遅れちゃったけど、聞きたいことがあったんじゃ……?」

「ええ、そうですね。久遠寺さん、教えて下さい。知ってるんでしょう。」


久遠寺は口を渋々開く。


「仕方ないねぇ、教えるさ。最近の客にね、事件と繋がっているかもしれないと言う客が来たのさ。」


間髪入れずに凍蝶は言った。

「フスティシア騎士団ですね。」


はぁ、と久遠寺はため息を付いた。

「もうそこまで分かっているのなら言わなくてもいいと思うが……何か『探し物』をしているらしい。」


アレンが訝しげに顔を顰めた。

「『探し物』とはまた……一体何を?」


久遠寺が眉をひそめながら、思い出しながら言った。


「何だったかな……そうだ。あれだよ、『特別な力』……だったかな。」

「特別な力……。」


凍蝶が復唱する。


「そうだよ。なんだかとても見付かりにくい物らしい。……ま、アタシが事件で知ってるのはこんくらいかな。」


凍蝶は軽くため息を付いた。

「はぁ……もっと知ってるでしょう。」


久遠寺は黙って手で『金を払え』をジェスチャーする。

「嫌です。アナタが金を払えという時は大概役に立ちません。」


久遠寺はそれを聞いて鼻で笑う。

「はっ!そうかい、悪かったね。」


それでは、と凍蝶は挨拶してその場を去った。アレンが言う。

「若しかしたら知ってたかもしれないぜ?」


凍蝶は路地を抜けて元の道に出た。

「いえ……もういいです。そんなに沢山知ると困るので。」


そういえば、とアレンが凍蝶に気兼ねなく尋ねる。

「『その目』で、見透かしたりしないのか?」


凍蝶は態々立ち止まってアレンを無言で睨む。アレンが引いた。

「あ、あ……ごめん、余計な事を聞いた。」


まるでその会話が無かったように、凍蝶は劇場へと歩いて行く。

「警部補に会いに行きましょう。何か証拠が上がっているかも知れません。」


はいはい、とアレンは凍蝶に付いて行った。また馬車に乗って移動する。その馬車内は終始無言だった。無言のまま、劇場に付く。アレンが馬車を降りた凍蝶に恐る恐る言った。


「あのさ、」

「何でしょう。」


凍蝶は周りの空気を凍てつかせながら問う。

「……怒ってるのか。」


酷く長いため息の後、アレンに向いて言った。今度は無表情だった。

「そう思うのなら、もう二度とあの質問をしないで下さい。今度は消します。」


アレンは慌てて返事をして、またもや眩しい劇場へと入って行く。

「相変わらず眩しいな……。」


凍蝶はそのアレンの言葉を無視して大きな劇場の扉を開けると、同タイミングで警部補が入る。


「牡丹お嬢様!」


その剣幕に少し驚きながら、冷静に凍蝶は返した。

「何でしょう。何か決定的証拠でも?」


これを、と渡してきたのは何の変哲もない弾だった。アレンが凍蝶の背後からそれを見て言った。

「銃の弾ですね。……それが、何故?」


警部補が慌てながら横の刻印を見せる。

「此処に……フィスティシア騎士団の紋章が……!」


凍蝶は軽く驚いている。目を、ほんの少しだけ見開いている。本当にほんの少しだけ。アレンが訝しげにそれをひょいと摘んだ。


「本当だ……凄いですね。」


警部補が慌てながら言った。


「そうだろう、だから!」

「あーでも、ちょっと待って下さい。」


警部補の次の動作を止めたアレンを、凍蝶は軽く見ている。

「何をするつもりですか?」


にやっとアレンは笑った。

「ちょっとな……ね、警部補さん。これってまだ情報、出てませんよね。」


不思議な顔をして警部補は言った。


「あ、あぁ!今々、そう、ほんの数分前に見付けたばっかりだからな!俺と鑑識しか知らない!弾はだいぶ前に見つけたが、紋章は見付けたてほやほやだ!」


興奮している警部補を半ば呆れ顔で見ていたアレンが、やっと口を開く。


「では、箝口令かんこうれいを敷いて下さい。この事実を知っている人間達に、ね。そう難しくない筈です。理由は……そうだな、朧月夜の家の圧力がかかっている事にしよう。」


凍蝶が肩を竦めて言った。


「何故ワタシの家が……。」

「嘘だよ、冗談だ。」


まぁ、と仕方なさげに態とらしく凍蝶は言う。


「この朧月夜、真実の為になら悪にでもなりますとも。構いませんよ。」

「その後は、アレンって奴が取って行った、なぁんて事にしといて下さいよ。」


警部補はきょとんとしながらアレンの話を聞いている。だから、とアレンはマジックで手の上の証拠品を消した。


「ちょっと貸して下さい。捜査の続行をお願いします。」


アレンは凍蝶の方を向いて笑顔で言った。

「牡丹とオレは屋敷に帰ります。」


こつこつとまた馬車へと歩いて行くアレンに、凍蝶は声をかけた。

「どういう作戦立案なんでしょう。」


アレンは返答を渋る。

「んー……ちょっと言えないな。そうだ、執事の服を用意してくれ。あと、凍蝶はドレス姿で宜しく頼んだ。」


ふぅ、と凍蝶は優雅に微笑んだ。

「分かりましたよ。アレンの話に乗ります。」







「わぁ!此処が騎士団の庁舎なんですね!お嬢様!」


執事姿に変装したアレンが、木造の大きな荘厳な造りをされた騎士団庁舎を見上げて言った。凍蝶は髪の毛を編み込みにして庁舎に乗り込もうとすると、警備員に止められる。


「申し訳御座いません、流石の朧月夜 凍蝶様でも……此処は申し込みがないとお通しする事は出来ません……。」


凍蝶は態とらしく指を付けて言った。


「ワタクシ、騎士団に物申したい事があって来ましたの。……駄目でしょうか。直ぐに理事長様とお話がしたいのですわ。」


さも毒気も無いように凍蝶が装っているのを、アレンが苦虫を潰したような顔をしながら見る。警備員がまたもや渋る。


「しかし……。」

「ね。駄目でしょうか。もし駄目なら王宮」

にでも、と凍蝶が言葉を紡ごうとしたのを警備員が抑える。


「いえいえいえ!どうぞ!どうぞお通り下さいませ!直ぐに理事長を呼んで来ます!どうか、どうかっ、応接室でお待ち下さいませ!」


にこっ、と凍蝶は笑った。

「御理解頂き感謝致しますわ。」


2人は通された応接室で、理事長を待つ。直ぐに男が汗を垂らしながら入って来て、凍蝶の名演技が更に続く。


「いやはや、どうしてまたこの様なむさ苦しい所においで下さいまして……。」


若干文章がおかしい理事長を前に、紅茶をすすりながら凍蝶は言った。


「いいえ。王都を守るフィスティシア騎士団に無理を言って入らせてもらって、恐悦至極の至で御座いますわ。」


ええっと、と男が言った。


「今日は何やらご相談とお聞き致しましたが……。」


優しく微笑んで凍蝶は言った。

「ええ、そうなんですの。この間の事件、覚えていらしておいででしょうか。」


直ぐに男は答えた。


「え、えぇ!勿論ですとも!確か不祥事を起こした……。」

「不祥事、ですって?存じ上げないお話ですね。少し知りたいのですが。」


しまった、と言った顔で男は言った。


「不法侵入の事件が、騎士団のメンバーの何者かが行っているという話が横行しておりまして……。」


凍蝶がその情報に漬け込む。


「だからでしょうか……最近の王都の様子が、何処か変なのです。話を聞くと『騎士団が悪業に手を染めている』との噂を良く耳に致しますわ。それをお伝えに参りましたのよ。」


それは、と理事長は顔を上げた。


「良くない事で御座います。直ぐに徹底致しますので!」

「それは良う御座いますわ。ワタクシが伝えたかったのはこれだけで御座いますの。それでは帰らせていただきますわ。」


アレンが立ち上がった凍蝶に、これ見よがしに耳打ちした。そして凍蝶が変わりに言う。


「そうですわ。この間の、劇場の事件。ワタクシもこの者と観劇していたのですわ。警察と手を組んでの早期解決を望んでおります。」


ええもちろんですとも、と理事長が言った時だった。アレンが口を挟む。


「あ、言わないのですか。お嬢様。あの事件に騎士団が絡んでるかもーって話。」


凍蝶は眉間に皺を寄せてアレンを見る。アレンが理事長に言った。


「もし絡んでいたら、この騎士団の評判も地に落ちますよね。確か……この騎士団特製ライフルの弾が見つかったとか……。」


凍蝶がアレンを窘める。


「申し訳御座いません。ワタクシの連れが粗相をしました。しかし……この者が言った事は本当で御座います。少し話が長くなってしまいましたわ。それでは。」


凍蝶が直ぐにその場所を去った。仰々しい見送りのあと、馬車に乗って暫く経ったあと、凍蝶が怪訝そうに言った。


「アレン、あの寸劇は一体?」


アレンは苦笑いしながら答える。

「あ、はは……すまねぇな。言ったら芝居が出来ないと思ったし……な。」


それでは、と凍蝶が言う。

「あの話は、一体何の効果があるのです?」


そうだな、とアレンは言った。


「良いか。もし王都を守る騎士団の評判が地に落ちると、騎士団もやっていけない。彼処でカマをかけたんだ。事実、証拠も上がってたしな。あれで凍蝶があのセリフを言ってくれたから、恐らく今晩にでも騎士団が持っている拳銃や武器は捨てられるだろう。」


凍蝶はアレンの一言一言を黙って聞いている。


「捨てられた武器の中から、この型番を探すんだ。」


アレンは白い紙を凍蝶に渡す。


「これは……型番?」

「そうだ。知らないか。騎士団の型番の話。」


アレンの行動を考えて、凍蝶は言った。


「……成程。なかなか上手く誘導しましたね。確か騎士団の型番が刻まれた番号は、その人の個人情報が分かると。で、撃たれた痕跡を探す為に拳銃を見つけると。もし偽装されていたら分かりますからね。確か拳銃を撃ったら、本部に記録されるとか。」


しかし、とアレンに凍蝶は言った。

「いくら捨てられる場所を知っていると言っても、分からないのでは?」


アレンは自信満々に言った。


「いや、大丈夫だ。もう場所は幾つかマークしてある。だから、今夜、両方探す。」

「両方?」


凍蝶はアレンに言った。

「だから、本部の記録と拳銃。それだけあれば人を割り出すことも可能だ。」


だけど、とまたもや凍蝶はアレンに言った。

「人を割り出すって……そんなコト……。」


アレンが自信満々に笑った。


「オレ、そういうの得意なんだ。だからそれは任せろ。今夜はこの二つを取りに行く。オレは拳銃を漁る。本部は凍蝶に任せた。朧月夜の家なら多少融通が聞く。」


凍蝶は少し微笑んだ。








『あー、あー、聞こえますかー。』


遠隔用の小さな隠しマイクを通して、凍蝶はアレンと連絡を取る。

「ん、聞こえてる。そっちの状況は。」


焦りもせず凍蝶は答えた。


『良好。本部の情報はどれがあったら良いでしょう。』

「そうだなぁ……出来れば型番に当てはまる人のページをくまなく写真で撮ってくれると嬉しい。」

『了解。潜入開始につきマイクは切ります。』

「はいはいっと。」


アレンはマークしてある地図を見ながら辺りを見回す。


「うーん……五つの内の此処の筈なんだが。一番近くて怪しまれにくい、良い場所なんだけど……ん?」


大量のトラックが、庁舎の近くの『騎士団廃棄場所』に入ってくる。がらがらと、それは明らかに金属質の音がする。


「よし、あったりー。」

『アレン!』


凍蝶の声が耳元で炸裂する。


「なんだよ……煩いな。」

『そこから逃げて!狙撃兵が居ます!』

「何だと!」


アレンが言葉を言い切らない内に真横のトタンが飛ぶ。弾丸が貫いたのだ。その音に反応して、中の兵士も叫ぶ。


「おい!誰かいるのか!?」

「糞!」


アレンはそのまま転がりながら狙撃を避ける。しかし弾はどんどんと近くになってきていた。近くの工事現場に駆け込む。


「凍蝶、大丈夫か?」

『ワタシは大丈夫ですが……アナタは?まぁ、送ってきている辺り無事な様ですね。』


それと、と凍蝶がばらばらと書類を捲りながら言った。


「もう型番の人間は取りました。勿論くまなくですよ。だけど……アレンには残念なお知らせがあります。」


きゅうん、きゅうん、と音がする向こうの人間に、凍蝶は言った。


「どうやら廃棄場所、分散されている様です。」

『何だと!?』

「煩いです。そして……この型番は1000番台ですから、王宮近くの廃棄場所になっています。急行した方が良さそうです。」

『……まぁ、善処する。』


アレンの声が聞こえなくなると、凍蝶は辺りの書類を直し始めた。しかし、


「誰か居るのか。」


警備員の声が凍蝶の耳に届く。速やかに書類を片付けると、奥の書類棚の根元に隠れて銃を準備する。凍蝶は息を殺して、こつ、こつ、と来る足音に拳銃を向けて発砲した。


勿論大きな音を出さない為に、サイレンサーを使って、亜音速弾のサブソニック弾を使って、ばん。


「っ……!」


そのまま悲鳴も上げず、真後ろに警官は倒れる。凍蝶は人相をバレないように深くフードを被ると、その場所を出た。


「バレたら嫌ですね。」


一言、そんな物騒なのか呑気な事を呟きながら。


『アレン、無事ですか。』

「あぁ、勿論。」

『拳銃は?』

「探してる。」

『型番は、1598番ですよ。』

「分かってるよ。牡丹はどうだった。」


凍蝶は平然として答えた。


『今、脱出中です。人を一人殺したかも。』


がらがらと銃を漁りながら、アレンは言った。


「はぁ?お前、それホントか?」

『……まぁ、そんなに殺傷能力の高いものでは無いので、死にはしないかもしれませんが。分かりませんね。』


ふー、とアレンは腰を伸ばして言った。

「……牡丹、お前、人を殺したの初めてじゃ無いだろ。」


少しの沈黙の内、凍蝶は言った。


『……ええ、まぁそうですけど。でも、数える程しかありません。これで一人か三人程度ですよ。』


はぁ、とアレンが言った。

「その分にはやたら滅多ら落ち着いているな。」


平然として凍蝶は言った。

「こういう仕事をしていれば、いずれ人を殺す事も有るでしょう。……あ。」


凍蝶は目の前に並んだ精鋭を見て言った。


「お客様です。お茶を用意してあげませんとね。」

『は?』


アレンの素っ頓狂な声が聞こえる。


『じゃ、拳銃探しを頑張って下さい。』

「え!?ちょ、ま……。あ、これ1598番……ん。……まだ弾丸が入ってるのか。」


かちゃかちゃと鳴る拳銃を持って、アレンはその場所を去ろうとした瞬間だった。


「見つけたぞ!不法侵入者め!」

「うげっ……。」


アレンは面倒くさそうにその場から去ろうとする。そしてアレンは凍蝶に連絡した。


『牡丹!追われているんだが!』

「それはワタシもです!……そうだ。」


何処か楽しそうに凍蝶は言った。バンバンと背後に魔法弾を撃って、それが炸裂する。


「時計台に逃げましょう。そんな遠くない筈です。」


目の前にある窓を蹴り飛ばして飴細工みたいな硝子は飛散る。恐れ戦く精鋭を他所に、凍蝶は猛スピードで走り出す。


『分かります!?そこからの時計台の道!』

「分かる!けど、だ!」


アレンは一度立ち止まって兵士を飛ばす。蹲っている間にまた走る。


「時計台に着いたら何処まで行けばいい!?」

『登ってください!最上階まで!』

「はぁ!?」


取り敢えず先に付いたアレンが、かんかんとなる薄汚れた階段を登っていく、暗かった廊下から、鉄骨が剥き出しが一瞬見える。下からも「追えー!」等と声が聞こえる。

「やべっ…きついんだけど!」

視界が開けた時に、飛んでいる凍蝶の声が聞こえた。

「アレン!上はもう少しです!頑張って走って下さい!」

アレンは叫びながら屋上に着いた。

凍蝶が屋上に付いたアレンの隣に立つ。


「それでは今から個々を飛びます。」

「は?投身自殺か?」

「ちゃんと証拠品、掴んでて下さいね?」


え、と呟いたアレンを他所に、凍蝶は落ちていく。満月の夜に、美しい街が映える。


「良いですか。今から柑霞邏街に飛びます。ワタシが時空の歪みを作るので、アレンは落下時の風のクッションを作って下さい。」

「分かった。」


何とか分かっている風にアレンは言う。その途端、虹色の煙が湧いて、アレンが空気のクッションに作る。2人はそれに包まれた。そして、紫煙立ち込める街に、二人はペタンと座っている。アレンが両手を見ながら言った。


「オレ……あの高い所から落ちたんだよな…。」


凍蝶がその様子を見て、くすくすと笑った。







「よし!牡丹!これを見ろ!」


朧月夜の庭で、凍蝶にアレンは書類を見せる。


「見付けたぞ。あの2人組。洗いざらいささっと全部見付けてやった!今夜にでも断罪出来るぞ!」


そうですね、と凍蝶は紅茶をすすりながら言った。

「それでは事件の真実を教えて貰ってもいいでしょうか。」


アレンが事件資料を凍蝶に見せた。大体を見た凍蝶が、ぽつぽつと言った。


「……成程。要するに、『特別な力』を手に入れる為、この男女2人は被害者を狙った、という訳ですか。それで、女は男の銃を使った……と。成程、理解しました。」


その口は、明らかに三日月に歪んでいた。








「どうも、今晩は。騎士団の方々。」


黒いフードを被った女の声が、辺りへと響く。男女はこちらを不思議そうに振り返った。


「最近、騎士団の話を良く聞くのです。『横領が横行した』り、『窃盗が相次いだ』り。」


そして、と凍蝶はくすくすと嗤った。


「どうやら『特別な力』を手に入れる為、人殺しをしたり。」


凍蝶はそのまま続ける。


「……とっても駄目な事ですよね。『殺人』、だなんて。神様はきっとそんな事はなさらないでしょう。……いえ、神でもするのだから、人間がしないという論理はおかしい、か。」


男は口を開いた。

「お前……何を言っている?」


凍蝶はフードを取って、にこやかに笑った。

「ワタシ、知っているのです。アナタ達が『特別な力』とやらを手に入れる為、リチャードソンという方を……という被害者を殺した事も。」


結局、と凍蝶は肩を竦めて言った。


「『特別な力』と言うのは、ただの財産だった訳ですが。騎士団の、溢れんばかりの財産権。それを被害者が握っていたらしいですね。昨日知りました。」


女が凍蝶に言った。


「な…何言ってるの!?先輩がそんな事をする訳……!」

「見苦しいですよ。アナタだけとは言っていません。」


女は男を見ると、男は女を窘める様に見ている。それでは、と凍蝶が自信満々に言った。


「容疑者エーミール・シェルブックリン 性別 男性 並びにマーサ・アルレンキア 性別 女性。罪状は『金欲しさの殺人』。……異議はありますか。まぁ、今は検事も弁護士も居ませんが。」


マーサは逃げようとしているが、男が取り押さえている。


「いつ見ても、人と言うのは愚かな物です。酷く、酷く愚かしい。」


凍蝶は持っていた探検を上げて、呪文を唱える。


「それでは……天界より来たれり、天地創造の神よ。今我が身を以て遣いとし、断罪の権利を与え給え。…固有魔法、『断罪の天使』!」


その光を浴びた2人は、直ぐに発狂した。アレンが側から凍蝶に言った。


「いつ見てもえげつない魔法だなぁ……。」


凍蝶が伏せ目がちに言う。


「まだ2回しか見てないでしょう。」

「まぁまぁそれでも、って事だよ。一体この魔法、どんな効力があるんだ?」


少し微笑みながら凍蝶は言った。


「さぁ?ワタシも良くは知りません。精神破壊の魔法だと思いますよ。罪悪感と自責の念に駆られるんでしょうね。それも酷く。」


へぇ、と言ったアレンの声は、空気へと溶けた。








「はー……まだ事件が解決したって感じしないなぁ……。」

「そうですね。」


数日前の事件が嘘の様に、薔薇園で2人はお茶会をしている。凍蝶が立ち上がるアレンに言った。


「そうだ。電話番号を教えて下さい。」

「ありゃ?そりゃまた何で。」


凍蝶が揺れる紅茶の水面を見ながら、言った。


「ワタシは……少なからずワタシは、楽しかったです。アナタと事件を解決する事が。」


アレンが満面の笑みで言った。

「オレもだ!オレも!凍蝶と一緒に解決する事、とっても楽しかった!」


そして、それに釣られて凍蝶も満面の笑みで笑った。

「そう、ですか。……嬉しいです。」


それじゃ、とアレンは言った。

「オレは毎日来てやるからな!」


いえ、と凍蝶は言った。


「そこまで来なくて良いです。」

「何だとー!?」


その声に混じって、凍蝶の笑い声が、薔薇園に響いていた。

凍蝶ちゃんとアレンくんの物語、如何でしたでしょうか。随分と長いことになってしまいましたね。連載も遅くなってすみません。評判が良ければまた続きを書くかも知れませんが、大体私に限って評判がいいと言うことは無いですね。


第二魔物、千年怪奇譚もお楽しみに。追伸 外伝も年代順&もっと読みやすくしたいと思います。実は滄助くんの過去話も用意しておりますので、宜しくお願いします!

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