ラプラスの魔物 蔵匿論者と究明信者 前編
これは
まだ宵闇が濃紺の時代の話。
今の様に燻んだ夜空では無く
まだ悪鬼犇めく時代のお話。
これは、まだ、
真実の為に人が駆け回っていた時代の話。
『断罪の天使』。
それがこの地、マグノーリエに伝わる都市伝説、と言ってもたかだか歴史は浅い。まるで嘘だろうと思っていた時代が、青年にもあった筈だ。
「ッ…!何に追われてんだよ…!」
青年は、何かから逃げる様に走り続けている。路地の奥の、何かにぶつかる。
「…つ、突き当た、り…。」
後ろを恐る恐る見ると、高いヒールのコツ、コツ、という音が響いて来る。青年は腰に携えた短剣を軽く握りしめる。相手は言った。
「…ワタシの相手は、アナタでは無いです。」
そんな妙齢の声が聞こえる。青年の立ち尽くしている突き当りを軽く跳躍して、月光の光を身に浴びる。女性は続けた。
「危ないから今の内にお逃げなさい。見ると言うなら話は別ですが。」
その声の後、5、60代の男性だろうか。そんながやがやした声が聞こえる。言葉も下品で、風貌も成金風だ。青年は近くの木箱のそばに隠れた。ふと頭上から声が落ちる。
「クロチィイッーカード・クロブアルセルヒン。アナタを断罪する為、参上致しました。」
男達はその頭上の声に罵声を浴びせる。
「俺が?馬鹿言え、俺は断罪される様な事はしていないぞ!この糞が!」
女性は罪状を読み上げる。
「アナタの罪状は、『殺人と横領の罪』。殺人は、家族三つ分の命を奪った事により、情状酌量の余地はありません。その上横領など、断罪に値します。其処のお連れ様も……それなりの罪があるとお見受けします。……アナタも断罪しましょうか。」
その声を聞いた片方の男は、四つん這いになって走り出した。青年もその様子を食い入る様に見ている。まさか、まさか、そんな、本当に生ける伝説を、今ここで見る事が出来るなんて。
「あ、…!辞めてくれ!金を!小切手を!大金をやる!見過ごしてくれぇぇ!」
女性は冷たく言い放った。
「金なら余るほどありますし、小切手も量産可能です。さぁ、断罪のお時間ですよ。」
女性が何処か笑っている様な声が聞こえる。
「…天界より来たれり、天地創造の神よ。今我が身を以て遣いとし、断罪の権利を与え給え。…魔道式展開、『断罪の天使』!」
無数の光が男に当たったかと思うと、男は狂乱し始める。青年はその様子見て木箱のそばから出て来る。
「アナタが通報して下さい。匿名通報だと言って下さい。何か言われたら、『女に命令された』と言えば大丈夫です。」
やたら手馴れた手つきで青年に支持する。青年は叫んだ。
「…名前を教えてくれ。じゃないとムリなもんもムリだろ?」
女性は一瞬目を細めて青年を見た。
「アナタは……またワタシに会うでしょう。その時にでも。…それでは、さようなら。」
マントの様なはためく音がとヒールの音が、軽やかに去っていくのが聞こえた。青年は、何処か遠くからサイレンの音が近付いて来るのが聞こえる。恐らくこの突き当りだろう。
「…ま、もう大丈夫か。とんずらさせて貰いますぜ…!」
青年ーーーアークレンニフォード・ベルセリングブルツは、その場を後にした。
「新聞はまた『断罪の天使』で持ち切りだな。」
青年、アレンの父親は、豪奢な朝食を前に新聞を広げて言った。見出しは『断罪の天使 またもや正義の鉄槌!』と言う派手な物で、倒れ込んだ男が写っている。アレンが口に物を突っ込みながら言う。
「おふれはさ、きのふみはんば!」
父親が窘める。
「飲み込んでから言いなさい。行儀が悪いぞ。」
それなりに階位の高い貴族の家、ベルセリングブルツ家の朝食は、普通の一般家庭とあまり変わらない。アレンがごくりと飲み込んで言った。
「あのな、オレ、昨日見たんだぜ、『断罪の天使』!」
母親がアレンを叱る。
「貴方また外に勝手に出て行っていたの!?もう本当に…それだけはやめて頂戴な。貴方は仮にもこの家の長男なのよ。」
アレンが少し反省する。
「ご、ごめん…昨日は本当に…勝手に出てた…ごめんなさい。」
突然、執事がアレンの所に小さな手紙を持ってくる。恐る恐る開けると、それは招待状だった。太陽の紋章と言うことは、つまり。
「…『ラプラスの魔物』?」
父親がその言葉を拾った。
「『ラプラスの魔物』?朧月夜の家じゃないか。お前、何をした?」
訝しげに父親はアレンに聞くと、アレンは慌てて返した。
「何もしてない!なになに…『お茶会のお誘い…朧月夜凍蝶様からのお話…』?要するに、お茶会に来いって事だよな?日付は…え?今日?1時間後?」
母親が恐ろしい顔をする。
「嘘でしょう?そんなの無理じゃない…。支度はどうしましょう。」
父親が執事に問う。
「これ、本当に今日入った手紙か?」
執事は自分の疑いを晴らす様に言った。
「勿論です!手紙の端をご覧下さいませ。今日の日付で届けられたものです。」
アレンが父親を窘めた。
「そうだよ。インクもまだ完璧に染みて無いから、特別に輸送された物だ。…朧月夜の屋敷だろ?それなら走ったら30分程度で行けるよな。」
母親がアレンを止めようとする。
「駄目よアレン!手土産でも持っていかなくちゃ…!」
アレンは何処か察した様な口早に言った。
「要らないと思うよ。これは……オレと凍蝶の話だし。何を話したいかは、大体分かった。」
アレンは止める両親を無視して、窓から飛び降りて走り出す。まず家の角を曲がって、階段を降って運河まで降りる。其処からは宮廷が見えるまで一直線だ。
「…渡れないな。」
アレンは助走を付けると、運河を走っている船にジャンプして対岸に渡る。そのままのスピードで対岸にある家の庭に転がり込んだ。茂みをずんずんと進んで行くと、薔薇園に出た。
「此処か。」
視界が広がった時、其処に合ったのは紅茶をすする女性と、白磁のテーブルだった。
「…随分と派手ないらし方をされましたね。」
アレンに目もくれず女性は言った。青緑のドレスに髪を、ポニーテールにして括っている。くせ毛で右目に髪がかかっており、顔色が良く見えない。アレンは言った。
「…アンタが昨日の天使さんか。」
「幾つか質問を認めます。数を決めて下さい。」
アレンは少し拍子抜けした様子で言う。
「お、おう…そうか、じゃあ3つ、質問をさせてくれ。」
女性ーーー凍蝶は黙っている。
「アンタが、朧月夜 凍蝶…『断罪の天使』だな。」
「ええ、そうです。」
茶菓子をパクパクと食べながら、凍蝶は顔色を変えずに言った。
「歳は幾つなんだ?」
訝しげに顔を顰めると、凍蝶は渋々言った。
「…女性に歳を聞くなんて失礼ですね。19ですよ。」
アレンがそのまま質問を続ける。
「三つ目、これが最後だ。お前の仕事は何だ?全て教えろ。」
凍蝶は真顔で恰好つける。
「ワタシの名前は凍蝶。またの名を驪龍院牡丹!ありとあらゆる宵を又にかけ、真実を追い求める女です。即ち…貴族兼探偵兼スパイです。因みに親公認です。」
アレンが叫ぶ。
「は?親公認なのか!?」
真顔で凍蝶は言った。
「そうですね。」
アレンは有り得ないという風を醸し出す。
「良くご両親がお許しになられたな…。」
凍蝶はにやりと笑う。
「朧月夜の人間は皆怖いですから。これまでも、これからも。」
不思議にアレンは問うた。
「それってどういう…?」
「さぁ?」
凍蝶が態とらしく笑う。
「お茶会に誘ったんです、お茶を飲みましょう?」
アレンが片眉上げていった。
「あ、それはいい。オレは凍蝶の真実が欲しかっただけだ。」
でも、と凍蝶が言った。
「一応誘ったんです。何処か……そうだ、劇を見に行きましょう。ね?そうしたら、また真実をお教えしましょう。此方です。」
凍蝶はその場を離れる。アレンも慌てて凍蝶に着いて行った。
「そういえば。」
劇が始まる数分前、凍蝶がアレンに言った。
「アナタ、名前は?何時までも三人称で呼ぶのは疲れます。」
アレンは直ぐに答えた。
「アークレンニフォード・ベルセリングブルツ。アレンと呼んでくれ。」
凍蝶が吐き捨てるように言った。
「…なら別にアナタでも良かった気がします。」
アレンがその言葉を拾う。
「お前、冷たいって言われねぇ?」
優美な微笑みで凍蝶は言った。
「だって、『凍てた蝶』ですもの。」
「嫌な奴だな。」
「良く言われます。」
左様斯様する中に、劇は始まった。話はそう大したことも無く、有りがちな男女の悲恋の物語だ。壇上で声が響く。
「あぁ、どうしても私達が結ばれぬと言うのなら、常世で結ばれましょう。そうすれば、もう悲しみの海に身を投じる事はありません。」
「そうだな。さぁ、もうこの物語を終わりにしよう。」
そう、男が言った刹那だった。
バン、という銃声と共に、客席から声が響く。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
凍蝶の顔に少し焦りが見える。
「っ…逃げましょう。」
凍蝶はアレンの手を引くと、観客とは反対の方向へ逃げる。走りながら凍蝶は言う。
「アレン、アナタは真実探求者でしたっけ!?」
くすりとアレンは笑う。
「そうだ、オレは究明信者だ!」
なら、と凍蝶が言う。
「ワタシは蔵匿論者です!ちょっと隠れましょうか。」
2人は廊下の角に隠れると、向こうから聞こえる声に耳を済ませた。
「せんぱいっ!やりました、撃ちましたよ!ちゃあんと人を殺す事が出来ました!」
15、6の少女がきゃっきゃとはしゃぐ声が聞こえてくる。同じ位の齢の少年が、窘めるように言った。
「おい、声を上げすぎた。早く逃げるぞ。」
「はいっ!」
開いている窓から飛び降りる音が聞こえて、凍蝶が体を起こす。アレンが言った。
「何で追いかけなかったんだ?」
凍蝶が逃げた窓を見ながら腕を組んで言う。
「ああいう手負いの獣は追いかけぬ方が吉です。殺気立っているので、手に終えません。」
すると今度は走ってくる足音が聞こえる。
「何者だ…!…あぁ、凍蝶お嬢様でしたか。其処の方はお連れ様?」
警部に見える男は凍蝶とアレンの近くに寄って言った。凍蝶が答える。
「その様子を見ると、追いかける獣は同じだそうですね。そうです、彼は連れですよ。」
警部は頼み込む様に凍蝶に言った。
「凍蝶様。どうかお力を貸して下さい。今回の問題は、凍蝶様のお力が無いと解決出来そうにもありません…!」
凍蝶が一拍置いて問う。
「それは、ワタシに対する依頼ですか?」
警部は唾をごくりと飲む。
「そうです。凍蝶様に対する依頼です。報酬も、何なりと。」
凍蝶はそのまま続ける。
「そう。何でも下さるのですね。なら、一つ条件があります。」
凍蝶の背後に下がっていたアレンの手首を引っ掴んで言った。
「彼も同行させると言うのを許可するのなら、その依頼を飲みましょう。」
アレンは慌てて凍蝶に言う。
「ちょ、ちょっと待て!何でオレが…。」
凍蝶がアレンを軽く睨む。
「アレンは究明信者なのでしょう?ならば、今ここで引き下がるのはかなりキツイですよ。」
警部が凍蝶に言った。
「しかし……信用出来るかどうかも…。」
アレンが状況を何とか読み込みながら名乗る。
「それなら、大丈夫な筈です。オレの名前はアークレンニフォード・ベルセリングブルツと言います。ベルセリングブルツ家の長男です。」
凍蝶がそれに便乗する。
「ベルセリングブルツ家なら、信頼に値する家筋だと、ワタシは思います。我が朧月夜家のお茶会に誘った人間です。」
警部がそれを聞いて渋々言う。
「…分かりました。そこまで言うのなら信頼しましょう。しかし、もし何かあったのなら…。」
凍蝶が食い気味に言う。
「ワタシが責任を取ります。そうですね、これで契約は成立です。」
凍蝶はポニーテールだった髪の毛の髪紐を解いて、横括りにした。
「朧月夜 凍蝶、並びに驪龍院 牡丹の名において、この件は完遂致します。」
警部が半笑いで凍蝶に言った。
「随分とあっさり件を承諾して下さいましたね。」
凍蝶も笑う。
「だって、ワタシのいる場所で殺人など…屈辱の極みです。それに何時もは警部補が持ってくる捜査だけですから。」
彼女はアレンに向き直った。
「さぁ、1度屋敷に戻りましょう。警部から証拠品やらなんやらを受け取って下さいね。」
「うーん…。」
アレンは薔薇園で事件概要を見て唸る。別に見ても良いと言われたから見た書類だが、特に何の変哲も無い事件だ。それが、警部が真っ先に凍蝶を頼った理由が分からない。着替えた彼女がアレンの前に現れる。
「どうです?少しは分かりましたか?」
「少しは…って…お前、着替えたのか。」
その返答に凍蝶が片眉あげる。
「…お前じゃなくてちゃんと名前で呼んでくださいよ。」
「あぁ、ごめんな。凍蝶。にしても、そのドレスは…。」
凍蝶がその場で軽くターンした。
「可愛らしいでしょう?」
アレンが軽く言った。
「確かに可愛いけど…それ、露出度高くないか?」
ふりふりのフリルが着いた、黒と赤を基調とした前開きのドレスに、黒のヒール。真黒の手袋。足元には拳銃とナイフが覗いている。アレンが指摘したのは、背中が大きく開けている。
「そうですかね?もう長い事着ていたので慣れました。」
「慣れたのか…。」
「それで、ちゃんと分かりました?」
アレンが書類を見ながら事件概要を説明する。
「別に、何の変哲もない事件だぞ?ええっと、被害者はリチャードソン・ハンブルックリン。職業は気象学者。妻子持ち。心臓を銃弾で撃たれ即死…。そんだけかな。」
凍蝶が椅子にもたれながら言った。
「まぁ、そうですね…超平凡…。」
アレンが少し考えて言う。
「あのオレ達が見た男女が犯人だよな?それはもう確定で良いんじゃないのか?」
凍蝶が真顔で冗談を言う。
「もしかしたら『撃った』と言うのは髪ゴムで、『人』と言うのはカエルの事かも知れませんよ?」
「ンな訳あるか。じゃあ何で逃げたんだよ。」
「カエルが弱ってしまって怖くて逃げた、とか。」
「滅茶苦茶過ぎるだろ…。」
「冗談です。」
「真顔で言われると、本気かどうか疑うぞ?」
「ワタシの表情筋はご臨終なされたので。」
「その割にはちゃんと笑ってる時もあっただろう?」
「…朧月夜の人間は誰だって、ニヤって笑うのが得意なんですよ。後、嘲笑と。」
アレンがその返答に頭を抱える。すくりと凍蝶は立って言った。
「もし、ワタシ達が見た男女が犯人でなくとも、何かの犯罪に加担する可能性があります。早急にかたをつけないと…。」
アレンも立ち上がる。
「その言い方じゃあ、目星は一応付いてるみたいだな。」
凍蝶は振り返らず歩き出す。
「そうですね。一応は。」
アレンがのんびりと問う。
「一体、どいつの仕業なんだ?」
飲む込むような瞳をアレンに向けて言う。
「…恐らくは、フィスティシア騎士団だと。」
アレンは訝しげに顔を顰めた。
「フィスティシア騎士団だって?この王都を守る聖騎士団じゃないか…。」
門から出て、2人は馬車に乗り込む。
「最近の事件…銃絡みの事件は、ほぼほぼ聖騎士団の騎士が犯人です。何か意図があるのか、それとも騎士団に悪鬼が蔓延っているのか…測りかねます。」
でも、とアレンは馬車に揺られながら言った。
「新聞を見ていたら、被害者欄があるだろう?其処にも別に共通点が見られない。職業も、年代も、性別も、何もかも。」
ふと、アレンがそのまま続ける。
「…もしかしたら、何かを探しているのかもしれないな。」
考え込んでいた凍蝶の顔が少し上がる。
「何か…特別な力だとか、財産とか、情報とか…それはまだ分からないが…。」
凍蝶がそれを聞いて少し顔を緩ませる。
「そうですね…その可能性もありそうです。まぁ、始まるのはこれからですよ。現場を見て行けば、知りたくない事までも知ってしまうので。」
がたんと馬車は止まり、2人とも下りる。辺りの木々の木漏れ日とは相反して、凍蝶はきゅっ、と手袋をきつく着ける。アレンは開かれた劇場の装飾に目を細める。
「眩しくて何にも見られねぇな…。」
凍蝶が振り返らずに言った。
「王宮はこれの倍くらい眩しいですよ。目が眩みます。」
アレンが驚きながら声を上げる。
「凍蝶は王宮に行った事があるのか!?」
面倒くさそうに凍蝶は言った。
「ありますよ。何度も。面倒臭い式典の為に、本当に面倒臭い…。」
アレンがそれに返した。
「それ…こういう所で言っちゃ駄目なんじゃ…。」
凍蝶は心底莫迦にした様に、嗤う。
「大丈夫ですよ。アナタ、全知全能の神様に人間様が敵うとでも?」
「ま、そりゃそうか。」
凍蝶は突き当りの大きな扉に手をかけて、ぎしぎしと音を立てながら劇場は開く。煌めく光は暁の光。どうやらそれは、文明の開花を囁いているようだった。それを見てアレンはくすくすと笑った。
「こんな劇場なら、オレも毎日劇を見に来たくなるなぁ…。」
凍蝶は呆れ笑う。
「そんな事をしていれば何時か飽きますよ?」
「じゃあ凍蝶が居れば飽きなさそうだな。」
「あら、どうしてです?」
「お前は何か面白そうな事を言い出しそうだから。」
「……一応褒め言葉として受け取っておきます。」
そんな中、もう現場には着いていた。犯行現場は舞台近くの席。アレンが近くに居た警部に問う。
「誰と一緒に来ていたんですか?」
アレンと凍蝶に気付いた警部が、詳しい説明を始める。
「ああ、君か。公演には家族と学者仲間で来ていた。席はかなり離れていて、一階席と二階席。二階席に妻子が座っていたんだ。」
アレンは腕を組んで言った。
「特に特別な情報は無いか…。学者仲間さんは被害者の近くに座っていたんですね?」
警部は続ける。
「そうだな。家族も学者仲間さんもかなりのショックで話も聞けん状態だ。」
「まぁ、そうなりますよね。」
アレンが警部と話をする。アレンが凍蝶に言った。
「凍蝶、何か分かったか?」
凍蝶がのんびりと答える。
「何にも見てないのでわっかりっませーん。あと、一応任務中のワタシの事は、牡丹と呼んで下さい。」
警部がアレンに耳打ちする。
「あの言い方は、お嬢様が拗ねている時だ。自分と話してくれなくなると拗ねるからな。気を付けろ。」
「え?まじで?」
アレンが本気のトーンで言った。拗ねまくった凍蝶にアレンが言った。
「す、拗ねるなよ…。」
「拗ねてませーん。何処のどーみたら拗ねてるように見えてるんですか。あったまおかしいんじゃないんですかー。」
棒読みで凍蝶は続ける。黙ってアレンは凍蝶の頭を撫でた。
「はいはい、よしよし。これで落ち着いてくれー。」
凍蝶はすくりと立ち上がると、嘲笑する様にアレンに言った。
「何してるんですか?頭撫でるとか…笑えるんですけど?」
アレンがぽかんとする。
「今までの下りは一体…?」
またもやるんるん気分の凍蝶を見ながら警部はアレンに耳打ちする。
「何時も拗ねるのが治るとあんな感じだ。気にするな。」
アレンが呆れ笑う。
「警部さんの言い方だと、幾らか体験した事があるようですね。」
真顔で警部は至極当然そうに言った。
「何を言っている。あれは全警部の洗礼の道だぞ?……ああ言うのを、『ツンデレ』と言うのだな。」
アレンが唖然としながら訂正する。
「いや、ツンデレというかは情緒不安定混じってません?」
でも、と凍蝶が言った。
「此処には本当に何もありません。銃痕と、血液ぐらいしか。」
唸って腕を組みながら、凍蝶は警部に言う。
「…そうだ。脱出経路はどうなっていましたか?事件当時、幾ら慌てていたといえ、安全経路はあったでしょう?」
警部が直ぐに地図を見て言った。
「そうですね。左手が安全経路になっていました。見てみますか?」
凍蝶は至極当然そうに言った。
「はい。見ます。」
凍蝶、アレン、警部の3人は、てくてくと廊下を歩いて行く。するとふと、屋上庭園に出た。下の並木までありそうな硝子の屋根が眩しい。アレンが不思議そうに警部に尋ねる。
「…?屋上庭園に出るんですか?何処から逃げれば…。」
警部が横の細い階段を指さした。
「彼処だ。当時は大変だったんだぞ。撃たれるや殺されるやでてんでの騒ぎだったんだからな。」
そりゃあ、と凍蝶は言った。
「死ぬとなると皆も急ぎますもんね。……あれは?」
凍蝶が不思議そうに1階の並木の所にあるかかっているロープを指さす。警部が言った。
「あれはですね…事件の前からあった物だそうです。事件当日頃から。即ち今日ですね。」
凍蝶は当然に続けた。
「指紋はどうだったんでしょう。」
警部は表情を変えずに続ける。
「小さな子供の指紋ばかりで、事件に関わる様な物はありませんでした。恐らく気になって触っていたんですね。」
凍蝶は黙って警部とアレンに言った。
「ちょっと此処で待ってて下さい。すぐ戻りますので。」
そう言うやいなや、凍蝶は硝子の屋根を滑って行く。あんぐりと口を開けてアレンが言った。
「け、警部さん…こういう事って、良くあったりします?」
遠くを見つめて警部は言った。
「良くあるんじゃない。普通だ。割かしこういう光景を、毎回見るぞ。」
滑って滑って、最後に飛ぶと、ロープをに掴まって地上に降りる。すると、またパルクールを使って2人の場所に戻る。そして、さも当然そうに言った。
「もう大丈夫です。行くべき場所があるので。」
アレンが目を見張ってその言葉を聞いた。
「は?今から行く場所…?何処に行くんだ?」
凍蝶はその言葉をガン無視してアレンの手を引張る。そして耳打ちした。
「…少し、言えない所です。言ったらそれこそ私の地位が危うくなる。」
凍蝶は手を離すと、ずんずんと裏路地を進む。振り返らず凍蝶は言った。
「…アナタ、壁を飛び越えるなら、どれ位飛べますか。」
アレンは突然の質問にしどろもどろしながらも、何とか答えた。
「えっ!?壁?…大体3m位なら…行けないことはない事も無いけど…。」
「なら良いです。困りません。…という訳で、ここを登ります。」
明らかに麻薬やら違法武器やらなんやらが売られている裏路地の、裏側に来たような場所に、無機質な壁の前、アレンは言った。
「いやどういう訳だよ。」
言っている内に凍蝶は登っており、アレンも便乗して登った。凍蝶はアレンに言った。
「此処が…ワタシの『仕事場』です。ようこそ、『柑霞邏街』へ!」
紫煙立ち込める、妖しい妖艶な街に、2人は降りた。唖然とするアレンの前に、凍蝶は、深い煙をカーテンを開けるかの様に身を落として、にやりと笑った。
「さぁ、行きましょう?置いていきますよ?」
アレンは慌てて凍蝶を追いかけた。
前編、お楽しみに頂けましたでしょうか。8月中旬に上げる予定だったのですが、前後編制にしたので、先にあげることとしました。前編後編の評が良かったら、また次を書きます、考えます。後編を中旬予定としました!それではお楽しみに…。(ルビがおかしくなっています…ご了承ください…)




