第5話 悪夢
「お前のような世間知らずが王子に生まれたというだけで、何故国を継ぐことができる。何の能力もないくせに」
その声には、憎しみが宿っていた。
人は、生まれてきたときに身分がほぼ確定してしまう。貴族に生まれたら貴族として、平民に生まれたら平民として生きていかなければならない。特に、平民が貴族になるということは稀で、生半可な努力や運では成し遂げることなどできない。故に、平民として生まれたのなら、生涯平民として過ごす覚悟が求められるのだ。
当然、それを受け入れられない者もいる。この世界には身分の格差というものが存在し、平民は身分的には貴族より下となる。
貴族に生まれついただけで、平民とは違いそれなりに裕福に暮らすことができる。一方の平民は、生まれついた家柄によっては、今日を生きることすら困難なこともある。
この格差をどうにかしようと、父上も努力したが、根本的な解決は何もできなかった。
父上の努力は部下たちや国民には伝わっていたと思う。しかし、国を統べるものに求められているのは結果だ。如何に努力しようが、結果が出なければ意味がない。
故に、父上に反感を持つものは多くいた。それが、今回の出来事の発端となったのだろう。
「私は納得できない。だからこそ、行動に出た。私がこの国を統治する」
僕とは違う眼差し。自分の命を犠牲にしながらも、必死に生きてきたことが伝わってくる。
僕はその眼差しに怯んでしまった。怯えて何もできず、逃げ出してしまった。
「お前たちは決して逃がさない。王族は根絶やしにしてくれる」
止めてくれ。その目で僕を見ないでくれ。
僕は弱いんだ。国を守れず、家族を守れず逃げ出すことしかできない弱虫なんだ。
「はあっ、はあっ」
そこまで見て、ラグナは目を覚ました。
未だにあの日の出来事は毎日夢に見てしまう。誰一人救えず、ただ逃げることしかできなかった弱い自分。
そして今もなお、逃げ続けている。
「……」
ラグナは、そんな無力な自分に心底腹が立っていた。
しかし、今のラグナには拳を握りしめて悔いることしかできない。
「大丈夫か、ラグナ」
と、そこにリクトがラグナの様子を見に来ていた。青ざめたラグナの姿を見て、どうやら心配しているようだ。
「酷い汗だぞ。悪夢でも見たのか」
「ああ。悪夢なんてものじゃないよ」
ラグナの顔は強張っていた。
どのような悪夢だったのか、ラグナに問おうとしたが、リクトは自分の用件を思い出し、踏みとどまった。
「ところでラグナ、さっき君の連れが目を覚ましたぞ。顔を見に行ってやったらどうだ?」
「! 本当か」
その報せを聞いたラグナは、布団から飛び起きて様子を見に行った。