8
「捕まえたぜ」
「――! 旦那ァ、正気ですかい!」
深く入った袈裟斬り。誰もが耳を覆いたくなるような音が支配する。
「言ったろ。お前を倒すのは、片腕だけで十分だって」
どうやら、刃は肺まで届いているらしい。吐血して、息苦しくて、なのに痛みは全く無い。痛みが分からないから、啓介はこんなに人を殺められたのかもしれない。
だが、痛い。心がこんなにも痛むなんて。
こいつも、こんな所で生まれなければ、盗みや殺しはしなかったはずだ。
分かっている。境遇なんていうものは、ただの言い訳に過ぎない。しかし、縦ではなくみんなで横一列に顔を見合わせ、並んで壁を乗り越えていけば、この戦場跡地にも新たに秩序が生まれたかもしれない。玲奈や美咲に出会っていなければ、こんな感情に出会えなかっただろう。
「……心配すんな。痛くはしねぇさ。たぶんな」
周りは、一面銀世界に戻っていた。娘の仇と言わんばかりに美咲が握っていた鉈が首に刺さり、肘を伝って男の血が雪を染めている。
大きく目を剥いた男の心臓は、啓介の命と同じくもう動くことはない。
だめだ。身体が動かない。
ただ……他人のために力を使うのも、悪くはない。
一つだけ、お願いがあるんだ。悲しみも苦しみもこの先あるだろう。だけどもう、何も壊さないよう、見守ってくれないか。
光沢が無くなった仏の目。息が途絶えた啓介の叫喚に、雪たちは呼応するかのように静かに降り続いた。
風で公園の隅に重なった二つの写真。笑顔の五人は、確かに共存していた。写真に映った純白の優しさが溶けそうなほど、温もりで満ちた心に。
2
柔らかい風が吹いた。目を開けると、雪が舞い落ちていた。噴水が流れる公園は、花畑に取り囲まれている。太陽と月が混在していて、絵本の中に迷い込んでしまったかのようだ。
「あれ。……確か俺、死んだはずじゃ……」
腕もちゃんとある。血にまみれていなかった。ふと温かみを感じて、首元に手をやると、不格好なマフラーがあった。今度は純白で、赤い毛糸ではない。
「けーくん?」
「……えっ」
遠い昔に消えてしまった声が、そこにはあった。今度こそ聞き違えではない。かつて、その名で呼んでいた者は一人しかいなかったのだから。この声を、どんなに聞きたかった事か。