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「忘れたくない!」
子供のように泣きじゃくった。いい大人が。恐怖で支配していた男が慟哭を隠せなかった。
死にたくない。
これは、あの時の玲奈も同じ感情だったのだろうか。
「構いやせんぜ。世代交代といきましょうや」
泣きはらした目を向けると、そこには撃退したと思っていた男が立っていた。
「お前……!」
「旦那ァ。さっきのガキから、これを預かりやしたぜ」
ブランド物の手提げ鞄だった。ユイが持っていた、あのバッグ。
「案の定、中には金目の物がたんまりとありやした」
「そのガキ、なんて言ってた……?」
「確か、『いのうえけーすけのともだちだから、みちをあけて』と」
「それで……どうした」
「あんまりにも喚くんで、近所迷惑にならないように口を塞ぎやしたぜ」
完全に裏目に出てしまった。恨みを覚えた奴に偶然出会ってしまうとは。
「旦那ァ、一つお願いがあるんでさぁ。単刀直入に言いやすぜ。そろそろ死んでもらえやせんかね? あっしが話してる最中にお供え物は構いやせんが、旦那もすぐそこに行く事、忘れちゃぁいけやせんぜ」
啓介の目は、まだ死んでいなかった。むしろ、これから何かが始まりそうな予感さえする。
修羅が宿った血走る瞳は、先ほど泣いていた人物とは完全に別人だった。鬼の眼光で男に向かい鉈を振り抜く姿は、瓦礫の城の王者そのもの。片腕を失ったとしても、威厳は死ぬまで消えない。
満月の夜に雄叫びが轟く。相変わらず視界は悪かったが、気配を感じる事は出来た。
惜しくも刀で弾き返されるが、威圧だけで周囲の雪を瞬時に溶かし、地獄の業火を撒き散らしている。
今まで、壁だらけだった。全員が敵で、その度に壊してきた。時には壊さず、共に乗り越えたりもしたが、その友もすでにいない。全身全霊を賭け、たった一人で最後の敵に向かう。
「旦那ァ。そんな目であっしを追う事が出来やすかい? 遅いですぜ」
確かに、そいつは速かった。五体満足だったとしても追い付くのは至難の業かもしれない。
今まで何度もこういう経験はしてきた。弱点を狙うのは、人間を壊す上で基本中の基本。だったら、最期くらいあえてその弱点を晒そう。骨を絶たせて、臓を喰らおう。