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どちらかといえば、オジサンの方が優しそうな顔だったりする。片腕を失ったばかりの啓介は、少女にどう映っていたのだろう。狂気に満ちたピエロだったのか、それとも襲い来る糸の切れた人形だったのか。
一歩、また一歩と少女は啓介から離れていき、ついには新たに悲鳴を上げて走って行った。
「旦那、逃げやすぜ! 追いやしょう!」
「おっと。ここから先は俺を倒してから行きな」
「……あ?」
「テメェみてぇな奴、腕一本で十分だ」
どうかしている。気が狂ってしまったのだろうか。まさか、自分がこんな真似をするなんて。
最後に自分を信じてくれた美咲の言葉を、信じたかった。
自分の間違いに気付きたかったのかもしれない。
人の温かさに、触れたかったのかもしれない。
「どうして、わたしをたすけたの?」
「……気まぐれだ。お前、早く逃げろ。そんなお上品な格好で歩いてたら、殺されるぞ」
視界が悪い。ほとんど何も見えない。目をやられたらしいが、痛覚が無いのでよく分からないが。
名も無い奴に壁際まで追いやられたようだ。らしくない。尻が凍りついてしてしまう。
ただ一つ言える事は、本当に片腕だけでこの死臭溢れる魔境に巣食う魔物を撃退したらしい。そうだ、昔はやれば出来る奴だった。ただやらなかっただけで。
「わたし、ママにこれあげるまでかえらない」
「ママ? この街にいるのか? 名前は?」
「みさき。にしむらみさき」
「――!」
言えなかった。
「ママは、すっごくつよくて、だれよりもやさしいの。ホントはいっしょにすんでるパパにダメっていわれてるけど、ついママのだいすきなミートパイをつくってきちゃった。えへへ」
ついさっきまで温もりがあったなどと。この手で、彼女をミートパイにしてしまったなどと無邪気な笑顔に言えるわけがない。
「……そのミートパイ、全部俺に売ってくれないか?」
「えっ、おじちゃんに?」
「あぁ。実はおじちゃん、神様なんだ。何でも一つだけ、願いを叶えてあげる石を持ってるんだよ」
もちろん、神だなんて嘘だ。『嘘つきは泥棒の始まり』とはよく言ったものだ。嘘をつき、信頼を失うから社会で信用されなくなる。そして、生きる力を失った者は犯罪に手を染める。
「それで、ママとずっといっしょにくらせるようになるの?」
「あぁ、そうだ」