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「井上啓介だな」
彼は思わず振り向いてしまった。何の気配も前触れも無く、突然本名を呼ばれて思わず肩を震わせる。
「やはり、生きていたのか。改めてその命、頂戴する」
その先には、三人の人間がいた。雪避けのためか全員目深にフードをかぶり、手にはそれぞれ刃物が握られている。同業者だ。
彼は、どう戦ったのかも分からなかった。気が付いた時には、最後の一人に馬乗りになって、奪った刃物を光らせている。
「涙か。悪の限りを尽くした貴様が……」
「うるせぇ」
「今なら、胸を張ってあの娘に会いに行けるのではないか?」
「……黙れ。殺すぞ」
「殺せ。だが、気付いたお前が私を殺したら、もうあの娘と同じ世界へは行けない。今ならまだ、間に合う。ようやく気付いたお前なら、まだ許しを乞える」
優しい音色に、達也は刃物を振り抜いていた。微笑んだ女の顔面へと突き刺さる。これまで幾度も拳を交えてきた強敵中の強敵を、今討ち取った。
避ける事も出来ただろう。なのに、避けなかった。
「あああああああああああああああああああああ!!」
返り血と、自分の血が混じって目が霞む。真っ赤な吐息が空気中で分解されて溶け込んでいく。
ここで殺さなければ自分が騙し打ちでやられていたかもしれない。だが敵は、最後の最後で啓介を信じてくれたのだろう。だから、顔を背けなかった。
殺してしまった。同じ、血塗られた道を歩んできた者を。結果的に、無抵抗の人間を。
違う出会い方をしていれば、もしかしたら最高の仲間になっていたかもしれない。風によって流れてきた一枚の写真が、それを示唆している。たった今温もりを失った者たちは、その中で温かい笑みを浮かべていた。
荒廃した元首都で、啓介は一人叫んでいた。
「愛してる」
絶対に届かなくなったこの言葉は、どこに向かうのだろうか。
近くを悪戯っぽく駆けていた玲奈は、もう見えなくなっていた。よく見れば自分の腕も片方無い。凍ってしまったのか、血も噴き出してない。痛覚は、元から無い。
慌ててポケットに手を入れた。
ある。感覚を失った指先には、確かに指輪を感じていた。
「……ワリ」