1
外を見ると、あの時の夜と同じだった。漆黒の世界には似つかわしくない、純白の優しさが窓の外に広がっていく。ふと懐かしくなって、啓介は慈悲に満ちた翼へと舞い降りる。
二人で一緒にいると、すごく楽しかった。他愛無い話。ありふれた話。ただ、その楽しい時間は、掴んだ瞬間、雪解け水のように流れ落ちていった。
啓介は、「愛してる」という言葉を言ってはいけない。犯罪者が使う言葉ではないと自分の中で認識していたから。だけど、それは違った。犯罪者だから……犯罪者だからこそ、そういう言葉を言わなければいけなかったのだ。
人間はぶっきら棒に突っ立ったまま愛を伝える事は出来ない。もしそういう感情を読み取れる人物がいるのならエスパーしかいない。それに気付いた時には、もう全てが遅すぎた。
「愛してる」
日本人には馴染みのない言葉。なぜなら、日本人は愛してるの代わりに心からの「ありがとう」を言うからだ。
たった一言。簡単な言葉。だけど一つ手前の「好きだ」という言葉さえ言えずに、彼女は遠い国に行ってしまった。
「愛してるよ」
次第に涙声になっていく事に、啓介自身も気付いていた。
願いを叶えると言われている石の指輪。その指輪に何度無茶振りした事か。もちろん、死んだ人間が息を吹き返す事はないが、もしかしたら何事もなかったかのようにひょっこり顔を出すのではないかと期待していた。『そんな想いは花畑のランチボックスにでも秘めていろ』と神から罵声を浴びながら。
時が人を忘れさせる、という考えはどうやら嘘らしい。 啓介は、喜怒哀楽を共にした玲奈を思い出していた。歩く先で、飽きる事も無く降り続ける雪たちが彼女の幻覚を植え付ける。
雪ん子の如く啓介の周りを跳ね回る玲奈。かまって、かまって、と言っているように聞こえた。静かにベンチへと腰を下ろし、しばらく眺めていると彼女が本当にその場にいるような感覚に見舞われた。
「愛してるよ」
心からの叫びも、あっちの世界には届きはしない。二人は生きる世界が違いすぎたらしい。黒く塗りつぶされた世界と、白く包まれた世界。空から舞い落ちるこの雪たちも、白い世界のおすそ分けのようなものだ。