なーよとゆか
お前が歩いている姿は酔っぱらいのようだ。
そんな事を言われる少女が居た。
高校の机に伏して微動だにしないショートカットの少女の名は立花 縁。
自他共に認める極度の面倒くさがりである。
空はもう茜色に染まっている。
だが緑はこの状態のまま動く気がないようだ。
よく誤解されるが決して眠っているわけではない動くのが怠いそれだけなのだ。
そんな彼女に近づく影。
「まったくゆかは……帰らないのか?」
呆れたように奈代に声を掛ける彼女は井伊 奈代。
男子生徒服を着ているがれっきとした女性である。
何故、男子生徒服を着ているかというとスカートが恥ずかしいかららしい。
この高校は決して校則がゆるいわけではない普段は恥ずかしいと言いながらもちゃんとした服装をしているが……放課後になると何故か持ってきている男子生徒服に着替えている。
その凛とした顔付きは男女問わず虜し一部ではお姉様とも呼ばれているらしい。
「動きたくないんだ 車椅子でも用意して」
「まるで駄目人間のようなセリフだな……いや、駄目人間だったか」
肩で息をつく奈代。
「むぅ……別に私がいつ帰ろうとなーよには関係ないだろ」
「大有りだ 少なくともゆかがうちに居候している間はな」
縁は奈代の家に居候している。縁は親の都合で旧友の井伊の家に預けられていた。
そんな奈代の言葉に縁は顔を上げる。
縁はすれ違ったのなら誰もが振り向くであろうアイドル顔負けの容姿を持つ美少女である。
それを台無しにしているのが極度のめんどくさいがりというその性格なのだが。
「まったくゆかはもっと自覚を持つべきだ 私が付いていないと男共が群がってくるに決まっているだろう」
力説する奈代に縁は呆れたような表情をする。
「流石に過保護過ぎ ちょっと引く」
縁のその言葉にポニーテールを揺らして動揺する奈代。
井伊 奈代という人物は縁に対して物凄く過保護である。
「幼馴染だからなこれぐらい普通だ!」
「……普通?」
ポケットから携帯を取り出し幼馴染と検索し出す縁。
「本当だ 幼馴染と結婚とか結構あるんだ ロマンチックだねぇ」
「け、結婚!?」
口をパクパクさせる奈代を見て縁は悪戯っ子のような表情をする。
「でも私達同性だから無理かな」
「……普通はそうだろう」
冷水を掛けられたように奈代の心は冷静になった。
だが次に掛けられた言葉に奈代はまた慌てる事となる。
「でも私はなーよの事大好きだよ 結婚してもいいぐらいには」
「はうわっ!」
謎の奇声を上げて奈代の顔がみるみる赤くなる。
「やっぱなーよはからかいがいがあるなー」
縁の笑みを見てからかわれた事に気付いた奈代は照れ隠しからか縁の頭を軽く小突く。
「ああ、もう!いい加減帰るぞ!」
声を張り上げて奈代は扉を開けて出て行く。
それに続くように縁も立ち上がりおぼつかない足取りで教室を出る。
いつも最後まで教室に残っているので鍵を閉めるのは縁の仕事だ。
鍵を閉め職員室に向かっていると犬の尻尾のように揺れるポニーテールが縁の目に入った。
なーよはなんだかんだ言っても私をちゃんと待っててくれてるな、と昔の事を思い出し自然と縁は笑みを浮かべた。
「ゆか遅いぞ!」
「今行く!」
縁は恋人のように奈代の腕に掴まる。
「歩きにくいだろ ゆか」
「別にいいじゃん」
頬をぽりぽり掻きながら照れくさそうにする奈代。
そんな奈代を見て縁は瞼を伏せ内心呟く。
『なーよにさっき言った言葉……嘘なんかじゃないよ……このまま一生伝えられないと思うけど私は誰よりもなーよが大好き』
茜色に染まった廊下を二人は進んでいく。
二人が帰った後、十人程が屋上でキマシタワーと奇声を上げながら踊り狂っていたのはこの学校の七不思議の一つになったとかなんとか。