嘘つきくんと空ごと
大学の校内にあるカフェテラスでジュースを飲んでいると向かいの席に河坂くんが座る。
別に彼と待ち合わせはしていない。私、1人だけだったテーブルに当たり前のように座っている。
「真純ちゃん、付き合って」
軽すぎる。遊びや会話に付き合ってという話にも聞こえるし、告白のようにも聞こえる。
冗談でさらりとそんなことを言う男だから本気にしない。それでも何気ない仕草や、その微笑みが様になるくらいかっこよくて、動揺してしまう。
透明なプラスチックにストローがついてるジュースをぐるぐるとかき混ぜる。氷が音を立てて動く。
ジュースと一緒に動揺を押し込めて単調になるように言葉を返した。
「愛乃ちゃんに言えばいいでしょ」
彼が片思いしてる人。
「そうだけど、そうじゃない」
時々こうゆう回りくどい言い方や、分かりづらい言い方をするのは彼の癖なのか。
「もうちょっと分かりやすく簡潔に」
「愛乃ちゃんも、真純ちゃんも好き」
なにこのグズっぷり。
隠すつもりもないので思い切り顔を顰めて見る。こんな顔しても彼にダメージはないから気なんか使ってやんない。
ほら、なんか笑って話し続けてるし。
「愛乃ちゃんをデートに誘ってもスルーされるし、最近冷たい」
もし、友達からこうゆう言葉だけを聞けば形だけでも否定した。慰めた。
「他に好きな人でもいるんじゃない?」
「……壊していい?」
「やめなさい」
「……じゃあ、止めるから真純ちゃんかまって」
「年上好きじゃないって言ってなかった?」
「好きじゃないよ」
「私、一応あなたより年上なんですけど」
「んー、可愛いから年上って感じしないね」
「しなくても年上ね」
「そっか」
「そうです」
「ねぇ、キスしていい?」
「おい、今の流れでどうしてそうなった」
「えー、だめ?」
可愛らしく首を傾げても可愛くなんか……ないって言いたいけど、線が細い整った顔をしてるので似合う。
もう、こいつ自覚してわざとだな。あざとい!
「……だめ」
「ガード固いなー」
「愛乃ちゃんは……」
「ん?」
「愛乃ちゃんとはしたの?」
「気になるの」
「……やっぱり気にならない。聞きたくない」
「聞かせてあげるよ」
「だから聞きたくないって」
「したよ」
「……」
「……」
「聞きたくないって言ったのに」
「うん」
「なんなの。愛乃ちゃんと付き合えばいいじゃない」
「愛乃ちゃんは好きな人いるから」
「やぱりいるんだ」
「だから、真純ちゃん付き合ってよ」
「だからってなに。駄目だからってすぐ他にいくんだ」
「他にはいかないよ。真純ちゃんだけ」
「私が駄目だったら他にいくんでしょ」
「……それは考えたことなかった」
「え」
「あ、惚れ直した? 好きになった? 付き合っちゃう?」
「付き合わないから」
「なんだ。残念」
嘘に聞こえる。少しくらいは本当がまじってたりするのか。どこまでが嘘なんだろう。
そんな風に言うから分からなくなる。
「……軽く言わなかったらいいのに」
「本気で口説いていいの?」
「え」
「ほら、困るでしょ」
「真純ちゃんの一言で変わるのにな」
「え」
「よそ見するなって言ってくれたら俺、ちゃんとご主人様にだけ懐くよ」
「え、え。いぬ?」
「うん、犬になるよ」
「ちょっと待って」
「いいよ。飲み終わるまで待つよ」
その言葉でテーブルの上に飲みかけのジュースがあることを思い出した。
氷が溶けて量が増えた気がする。
ゆっくりと少しだけ飲んで視線を上げると彼の前には飲み物も何もなかった。
「……河坂くんは飲まないの」
「財布忘れたから」
「貸すよ?」
「じゃあ、それがいい」
「私が飲んでるのと同じの?」
「そうじゃなくて……ひとくち、ちょーだい」
「だめ」
「ケチ」
「いや、これ以外だったらいいよ。新しいの買うよ」
「それがいいのに…」
犬が怒られたときのように元気がなくなった。
いつも、へらへらしてるのに落ち込まれると困ってしまう。
どう声を掛ければいいのか先程の会話を思い出して考える。
嘘をついたり冗談ばかり彼は言う。どこまでが嘘なんて本人しか分からない。人の気持ちなんて分からないけど、分からないけど、顔を上げてほしい。
「よそ見はしないって……言われても付き合わないけど」
ピクリと彼の肩が動いて眉が下がってまま視線が向けられた。
「けど?」
「デートならいいよ」
そう言ってしまった私に、彼はふにゃりと嬉しそうに笑った。