雨
初めての投稿です。全然慣れておらず、拙い文章や表現など多々ありますが、暖かい目で見てやってください。少しでもうるるとできたら幸いです。
僕は雨が嫌いだ。
理由なんて特にないが、じめじめしていて、傘をさすのが面倒臭い。道を歩いていればスピードを出している車に水をかけられることもある。水たまりを避けることも手間にさえ感じる。
・・・意外と理由があった気がしなくもないが、再び考えることも気怠く感じる。
僕は今とある高校に徒歩で通っている。部活には所属しておらず、たいした友達もいない。いや、いないこともないが、ちょっと話したり、たまに遊んだりする程度だ。学校自体も特になにもない。いつも通りの授業を、いつも通りに適当に過ごして帰る。そんな毎日。
・・・ああ、退屈だなぁ。人の多い通りから、細く、少々気味の悪い道へと曲がる。
進学した理由は世間体を一応気にしているから。学校を選んだ基準は、近いことから。将来の夢は特になし。
今日もひとり、木々の生い茂る、時間の割に暗い道を歩いて帰る。
エヴリデイ無限ループとでもいうのだろうか。何もない日常。進んでいるのだろうけど、それがどこに向かっているのだろう。自分自身に語るも答えはない。当たり前だ、今を考えられないのに未来なんて考えられるはずもない、と適当に解釈した。
道の脇に置いてある白い彼岸花の束に目をやった。
この暗く鬱蒼とした道を通るたびに思い出すことがある。中学二年生のときの話だ。
5月に入る少し前のこと。自分の所属しているクラスに一人の女の子がいた。僕はその女の子のことがずっと気になっていた。僕がいた中学は制服がなく、みんな私服だったのだが、毎日白いワンピースを着ていた。その子は友達がいない。知り合いもいないのだろうか、誰かと話しているところさえ見たことがない。ずっと無表情で席に座って過ごしていた。給食の時間もひとり無機質に口だけを動かし、機械的にお昼ご飯を食べていた。僕は当時、うわさ好きの友達に彼女のことを訊いてみたが、
「さあ、名前も知らないし、話しかけても反応さえしてくれないんだもん。」
と言われた。そのころから僕自身はあまり積極的ではなかったが、なんとなく親近感がわいた。
その日の放課後、彼女のあとをつけてみた。今思えば完全にストーカーである。その時彼女が通っていたのがこの暗い道である。僕もこの道を通学路としていたから、さらに興味が出てきた。
その次の日の放課後、同じように後ろをつけて、暗い道に入ってしばらくしてから、彼女に声をかけた。
「ねえねえ」
「・・・」
ゆっくりと振り返った名前も知らない彼女。身長140~150くらいだろうか。透き通るような白い肌は彼女の着ているワンピースと同化しているように見えた。少々痩せ気味な気がするが、それ以外は普通の、年相応の体格だった。しかし、少しだけ違和感のある箇所があった。それは瞳の中だ。パッと見は普通なのだが、ずっと見つめていると、瞳の奥から白いオーラのようなもやもやがにじみ出ている気がする。そこで初めて自分もじっと見つめられていることに気が付いた。思わず目を逸らしてしまう。
「僕も帰り道こっちなんだ。よかったら一緒に帰ろうよ」
「・・・」
コクリ、と彼女はうなずいた。隣に並んで歩きだす。
「名前はなんていうの?」
「・・・」
答えはない。少々気まずくなりながらも続ける。
「いつも一人で帰ってるの?」
「・・・」コクリ
うなずいてくれた。どうやら声は出さないようだ。
「友達は?」
「・・・」ふるふる
首を横に振る。失礼なことを訊いたかも、と少し後悔した
「じゃあーえっとー・・・」
「・・・して」
「・・・え?」
「あなたのこと、話して・・・」
今にも消え入りそうな、だけど澄んだ声で彼女はそう言った。僕は嬉しくなり、同時に照れくさくなった。
それから毎日一緒に帰っては僕は毎日いろんな話をしてあげた。
勉強のこと、自分の家のこと、あまり友達がいないこと、普段家でしていること、休日にしていること、昔のことや未来のこと、最近の出来事・・・いろんなことを毎日たくさん話してあげた。最初はほぼ無表情だった彼女も、日が経つにつれ段々と笑顔になってくれた。その笑顔がたまらなく愛おしくなり、僕は彼女のことが好きになった。同時に、しろいもやもやの漂う瞳に見つめられたとき、意心地がとてもよかった。学校の教室では話さなかったが、目と目があったとき、彼女はいつも一瞬だけ微笑んでくれていた。
1学期最後の日。いつもと同じように僕がずっとしゃべりながら帰っていた。夏でもこの道はかなり暗く、人も全くいなかった。その道は長く、10分ほど一本道で、その中心あたりにすこしひらけた場所があり、ベンチがあった。
「ねえ、あそこのベンチで少し休もうよ」
特に理由もないが、そういえばなと思い、提案してみた。彼女はいつものようにコクリとうなずいてくれた。ほとんど手入れされていないらしい、木製のベンチだったが、学校の椅子よりも座り心地が良かった気がした。となりに彼女が座る。
「たまにはしゃべらないでいてもいい?」訊いてみた。
コクリ。うなずいてくれた。僕たちは黙ったまま時を過ごした。彼女はどう思っているのかわからなかったが、僕は自分のそばに彼女がいるだけで意心地がよく、幸せだった。
何分経過したのだろうか、ひとつ訊きたいことがあった。
「なんでいつも白いワンピースを着てるの?」
「・・・彼岸花、綺麗だから」
いつぶりに聞いただろう、彼女の声は少し悲しげに話した。
「とても綺麗だけど、悲しいお花なの」
そういって、彼女は俯いてしまった。僕は何も言えず、ただ黙っていた。
「・・・ごめんね、急にこんなこと言われても困っちゃうよね」
優しい声色で彼女は言った。目のしろいもやもやがいつもより濃くなっている気がする。
このときに僕は感じた。彼女のこの目にはきっと彼岸花が映っているのだと。なぜかはわからないが、彼女の彼女の目には見えているんだと思った。
「ううん。ごめんね。ありがとう」
なぜか僕は泣いていた。理由はわからない。それに自分で何を言っているのかわからない。ただ、涙が頬を伝い落ちた。
その時、何かが僕を包んだ。とてもあったかい。すぐに、彼女が僕を抱きしめていることに気が付いた。とても優しく、暖かかった。僕も同じように優しく抱きしめ返した。
気が付いたら僕はベンチで寝ていた。雨がしとしとと降っている。彼女は隣にはいなかった。一度大きく伸びをする。
驚いた。あたり一面に白い彼岸花がたくさん咲いている。さっきまでなかったものが見渡す限りにあった。
時間的にももうかなり暗いはずだが、白い彼岸花がまるで自分から光っているかのように明るかった。
幻想的ではあったが、それ以上に恐怖がこみ上げてきた。ここはどこなのだろう。自分か帰れるのか。彼女はどこにいる。帰りたい、怖い。手に何かが触れた。
いつに間にか隣りに彼女が座っていた。僕の手を握りしめている。なぜだろう、とても冷たい。雨のせいだろうか。
「大丈夫だよ」
いつもよりはっきり聞こえたその声に思わず安堵する。しかし異変に気が付いた。瞳に白いもやもやがなく、透き通っている。
「私にお話ししてくれてありがとうね。いっぱい、いーっぱい話してくれて、ありがとう」
いつもとは違う、はっきりと聞こえるその澄んだ声。ああ、いいなぁ、と満足感を覚えた。彼女はさらに話す。
「あなたの話をもっと聞きたかった。私もいつかあなたに話したいことがたくさんある。でも駄目なの」
なにを言っているのかわからない。冷たく、小さな手をしっかりと握り返す。
「じゃあ今からもっと話そうよ、いつまでも、いつまでも」
咄嗟に出た本心だった。しかし、彼女はそれを拒絶する。
「私もずっとそうしたかった。でももうお別れなの」
「なんでそんなことを言うのさ」
自分でもわからないが、涙が目に溜まって、次第にあふれてきた。やがて零れていくその滴は、足元の白い花を揺らした。
「泣かないで。わたしのために泣かないで。ありがとう。ありがとう」
彼女もまた泣いていた。突然すぎる別れの発言になんてついていけず、混乱と戸惑い、悲しみが僕の身体中を駆け巡る。
「もういかなきゃ。でもお願い。私を忘れないで。」
「いやだ、いやだ、もっとたくさんお話ししたい!」
「泣かないで。きっとまた逢えるから。あなたが忘れなければ、いつかきっと」
涙が止まらない、思考できない。目の前がぐちゃぐちゃになっていく中で、彼女は微笑んでいた。
「ありがとう。また逢いましょう、いつか。大好き」
彼女の手が急に熱くなり、そして離れていく。涙で滲んでいた世界が白く輝いた。
目を開ける。先ほどの空間ではなく、木々が生い茂る場所で、ベンチに座っていた。周りを見渡しても、彼女はいない。雨がかなり降っていて、身体をびしょびしょに濡らしていた。ふと立ち上がり、帰ろうとした。手に何か持っている。一輪の白い彼岸花がそこにあった。
毎日のように思い出す。あれは夢だったのか、現実だったのか。その日以降彼女に会うことはなかった。代わりに、雨の降る日には必ず白い彼岸花が道に置いてある。きっと、本当のことだったのだろう。誰が置いたのかはわからないが、彼岸花の束から一つを取り出した。
ベンチのある開けた場所を通り過ぎようとしたときだった。視界の隅に白が映る。あわててそちらを見た。
白いワンピースを着た女性が、傘も差さずに、手に花を持ってベンチに座っている。
僕は一瞬ためらったが、そちらにゆっくりと近づいた。女性が澄んだ目で、微笑みながら振り向く。
僕は雨が嫌いだ。
だけど、その中で佇む、白いワンピースの女性の笑顔は-
「大好き」