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キュウセイ⇔ワールズエンド  作者: 雪端 裄弘
1話、混乱の前触れ
3/19

1-2

 浮遊国《ヴァルハラ》には本島と離島が存在している。離島の大きさはあれこれで異なり、ユキのいる《バラル》はその中でも随一のをほこるが、人口は極めて少ない。

 理由は、山しかない。自然しかない。遊ぶところ皆無。

 若者が総人口の大半を占めるこのご時世に、楽しめるところがないならば住む意味がないのと同義であるからだ。


 しかし住む者がいないというわけではない。


 最近森に住みたがり始めているリアル森ガールとか、悟りを開かんとばかりに右腕を上げ続ける修行僧とか、普通のおじいちゃんおばあちゃんとかがそれに当たる。


 ユキの実家は本島のネオン街にあるが、中学校は兄弟姉妹揃ってここの離島第一中学校に通学している。そのためユキは後二年程ここにいる予定だ。

 今歩いて向かっているのは、寝泊まりしている親戚の家だ。

 ユキは特に部活とかには所属していない。



「あっちーなー」



 いつからか歩行が登山に変わり、急な斜面をえっちらおっちらと汗水たらして進んでいる。

 いい加減に舗装しろよ、と思うのだが、自然保護活動の盛んなバラルでそれは難しいだろう。



「ユキィー!」

「あ、じいちゃーん!」



 上の方で立っているのはユキたちの祖父、アウロラ・クーリア。

 もうすぐで七十歳だというのにふさふさの白髪が風に靡き、こんな山奥だというのにアロハシャツを着ている。しかもピッチピチのを着ているため、鍛えられた肉体が隆起して見える。



「お疲れぇ。はぁいよぉ」



 登りきるとキンキンに冷えたコーラを差し出してくれた。

 だがユキはあまりコーラは好きではない。色からして身体によろしいようには見えないからだ。味は嫌いではないけれど、コーラ自体を好きになるのはこれから先もないだろう。

 ユキは内心うわー、と思いながらもありがたく受け取り、ちびちびと飲み始めた。



「うん、美味しい」

「そりゃぁ良かったぁ」



 こんなところに来ると、物事の違う見方ができるようになる気がする。

 脱水した身体に爽やかな清涼飲料水。加えて眼下に広がる一面の自然、吹きかかる涼しい風。気持ちいい。

 現代的な遊びは確かに楽しいが、人間、それだけが楽しみではない。もっとこう、命を実感できる瞬間も、楽しみのひとつなのではないだろうか。

 ユキは「中二病すぎるな」と思うと、ニワトリの鳴き声が聞こえた。

 もう、昼のはずなのに。


 ユキがアウロラの軽トラの荷台に乗ると、エンジン音を響かせ静かに山道を走り出した。舗装された道を見るのは久しぶりだ。毎日見ているだから実質の時間的には久しくはないのだろうけれど、体感している時間的にはそう思える。軽く登山してきたからだろう。

 軽トラはぐるぐると螺旋階段をあがるように山道を走っていく。


 森の中で鹿が見えた。

 鹿はこちらに気づくと颯爽とどこかへ行ってしまう。



「鹿なんて初めてみたなー!」

「あんまり乗り出すなよぉ! 落ちるからなぁ!」

「わかってるよー!」



 途中住民に会って何回か挨拶した。

 バラルの住民は穏やかだ。

 この優しいバラルの自然がそうさせているのだろう。

 やはりそういう環境の中で暮らしていると、自然とそうなっていくものだ。


 しばらく揺られていると、アウロラの家が見えてきた。

 全体的に赤錆た鉄の造りになっている五階建ての民宿がそうだ。ネジが外れて斜めになっているネームプレートには『民宿クーリア』と書かれている。魔力結晶マナによる加工を行っているため、見た目以上に頑丈らしい。


 ユキたちクーリア家の学生諸君は、ここの最上階を貸しきらせてもらっている。

 もともとあまりお客さんの来ない離島のあまりお客さんの来ない民宿だ。だからたいして懸念することもダメージもない。失礼極まりない言い様だけれども。事実なのだからしかたがあるまい。


 ユキは赤錆に塗れた鉄の扉を六回ノックする。それが彼の持ち合わせている、己が帰ってきたことを知らせるノックだ。

 クーリア家は各々にノックの回数が決まっていて、ニーヴなら八回、クレイならば五回、アレイなら四回、ウレイなら三回、エミリアなら二回、ルーウなら一回となっている。

 個人のプライバシーを尊重しようとしたら、このような結果になった。

 扉がキィッと音を立てて開く。



「おかえりなさい、ユキ」

「ただいま。姉さん」



 出迎えてくれたのは、長女であるウレイだった。

 腰まで伸びた艷やかな黒髪、あまり感情を出すことのないクールで綺麗な顔、しかし、内面はとても優しいところが魅力的だ。だからこそクレイはシスコンなのだ。見た目とのギャップに魅了され、見事に恋に落ちていった。果たしてそれを本当に「恋」という一文字で表して良いものなのかは、定かではないが。


 なんだか、甘い香りがなかから漂ってきた。



「どうしたの? 犬みたいにくんくんして」

「良い香りするなぁーって思って」

「ちょっとだけ、お菓子作りに挑戦してみたの。けっこう上手くいったのよ? 食べる?」

「ぜひ!」

「じゃあ、早く入りなさい。おじいちゃんも」

「おぉ? わしにもくれるのかい?」

「当たり前でしょう。さっ早く」



 ウレイの声は弾んでいた。それ程上手くできたのだろう。

 ユキはお菓子に心を躍らせながら玄関をくぐった。


 テーブルの上には、色とりどりで多種多様なお菓子が陳列していた。

 クッキーやアップルパイやプリン、ショートケーキやモンブランなど、手のこんだお菓子も多い。もはや挑戦してみたというレベルではなく、少し、いや、かなりガチだった。


 イスに座ったユキは、コーラを一口飲むと、クッキーのひとつに手を伸ばす。チョコチップ入りのバニラクッキーだ。そのまま口へと運んでいく。

 その様子を、ウレイがクールな瞳でじーっとで見詰めていた。不安そうに見える。自信満々、というわけではなさそうだ。



「あ、おいしい!」

「本当?」



 瞳が輝いた。



「うん、とっても。お店のを買って食べてる錯覚に陥るくらい美味しい」

「それは、良かったわ」



 ウレイはほっと胸を撫で下ろす。

 同時に白地のエプロンに浮かび上がった二つの双丘が揺れた。ユキはそれをいやらしい気持ちはまったくなく、ただ純粋に「でかいなー」と思いながら眺めていた。

 すると、


「んっ!」



 ユキの視線に気が付いたウレイは、頬を赤く染めながらぷるぷると震えだす。

 瞳の端に涙を浮かべ、ユキに冷ややかな眼差しを送っていた。

 周囲の温度ががくんっと下がった。コーラが氷始めている。



「え、ちょっと、姉さん!?」

「……ぃ、……ぃ」

「え?」

「許さない! 変態!」

「えぇ!?」



 彼女の地雷を忘れていた。

 ウレイはその大きな胸にコンプレックスを抱えていた。学校に行けば男子達からいやらしい目で見られ、公共交通機関をひとりで利用しようならば、痴漢にあうこともしばしばだ。

 だから彼女は己の無駄に発育の良い胸が嫌いであり、同時に家族以外の男子をとことん嫌う。それなのにユキに自身のコンプレックスをじーっと見られれば、イコールで「信じてたのに……」的な風になったのである。



「変態は死んじゃえ! 氷輪気造アイスメイク!」

「ちょっ、タンマ!」

「うるさい!」


 空中にて無数の氷のつぶてが現れる。

 ウレイの能力は感情の起伏に比例して発動範囲、威力が増していく氷の造形能力。範囲的にはあまり怒っていないようだが、それでも怒り心頭していることにかわりはない。



「ユキのばかあ! 連射ラッシュ!」

「ぎゃあああああああ!!!!」





「上が騒がしいですね」



 珍しく訪れたお客様がそうアウロラに言った。和気藹々に笑って話す男女数人のなかで、ひとりの少女が彼に話しかけたのだ。

 確かにどたどたばたばたとうるさい音が聞こえてくる。



「孫が上に居候しているんですよぉ。気になるようであれば当人達に言いつけますのでぇ」

「いえ大丈夫ですよ。それより、一週間程泊まらせていただきたいのですが、コースなどはこざいますか?」

「はいぃ。山の幸コースと海の幸コースと海山コースがございますよぉ」

「……では、海山コースでお願いいたします」

「了解いたしましたぁ。お部屋はお分けになられますかぁ?」

「お願いいたします」

「はいぃ。では最後にぃ。当店の温泉は清掃の終わる午前七時以降に入浴していただけますぅ。それからは午前四時まで入浴していただけますのでぇ」

「わかりました」

「万が一ぃ、こちらに不手際があった場合などはなんなりとお申し付けくださいませぇ。ではお部屋へ案内しますぅ」



 アウロラはお客様の荷物を抱えようと見ると、彼らは手荷物しか持っていなかった。少し不思議に思ったが、プライバシーには干渉しないのが店員の仕事でもある。



「荷物はお持ちいたしますかぁ?」

「いえ、大丈夫です」

ウレイ・クーリア


年齢15歳 出身浮遊国ヴァルハラアメリカ県ネオン街 父親ルーウ 母親エミリア(賢臣) 弟妹アレイ&クレイ(双子)ユキラウル&ニーヴ(双子) 魔力系統多様 所有能力〈氷輪気造アイスメイク〉〈制限限定リミット・リミテッド〉スリーサイズ86・53・79





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