密偵の2人
2015年8月13日改稿。
改稿作業を続けています。
以前の話を3分割にした上で、加筆修正ののち上書きしています。
ご了承くださいませ。
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「ああもう!やっと付いた!!」
「疲れたよ~、バイパー…!休もうよ~」
「うるさい!モルボル!」
傍から見ても騒がしい彼等が、リニアガウスから馬車で四日徒歩で8日掛かる距離のマンクスハットに到着したのは、街から10日目の、月もすっかり昇りきった夜の事であった。
崩れ落ちた外壁や外門をそのままに、以前『ギガ』級魔物『アクタイオーン』の襲来を受けて未だに復興が見込めない街。崩れ落ちた外壁に眼を瞬かせ、大通りのそこら中に散乱した瓦礫の破片を通り過ぎ、あるいは踏み越えて。
大通りには、魔物の死骸などは落ちていなかったものの、まだ血溜まりもところどころに残っており、人目見て何かが起きたというのは分かりきった事であった。
暴風に浚われた後のような街の様子を眺め渡している彼等。
女性は真っ赤な髪をしており、帽子をかぶって隠している。衣装は黒い光沢のあるレザー素材のボンデージスーツで、同じくレザー素材の膝丈のコートを羽織っていた。
肉厚的な身体のラインをこれでもかと前面に押し出した女性の格好に、ちらほらと見受けられる商人や旅人が目を奪われては、通り過ぎていく。
一方、男性はまるで岩のような巨体を引き摺り、頭は反り上げられた禿頭。筋肉の隆起すら岩のように見える上半身にベストを羽織っただけで、下半身は鎧帷子。
そして、背中には無数の棘が生えた大きなアックスを吊り上げており、装備は薄いが『ハンター』然りの体躯と様相である。
二人のミスマッチな男女の様子は、人がまばらな街の中でさえ人目を引いて目立っていた。そんなある意味で目立ちまくった男女二人組の女性の名前はバイパー、男はモルボルと言った。
彼等二人組みは以前、『セントラル』と『サウス』の境目の裏路地でひっそりと営まれているハンターご用達のバー『アイアン』に襲撃を仕掛けた二人組であり、捕縛されて『軍』の牢獄に収容された後、『軍』師団長ホーキンス・オーディーンから『断頭台ギロチン』と引き換えに密命を受けた二人組でもあった。
彼等には申し訳ないが、彼等の身柄は既にホーキンスの手によって、表向きには処刑されている事になっていた。
『軍大隊長、ダグラス・トール殺害の実行犯』としての汚名を被ることで、彼女達の命と引き換えにホーキンスの密命を受けるという条件を呑む旨の書類にサインをしてしまったのだから。
ホーキンスも最初からそのつもりだったが、その書類のサインを終えたと同時に ホーキンスに身柄を引き渡され、そして次の日には保釈と同時に武器と食料その他諸々を渡れただけで街リニアガウスから放り出された彼女達には、知る由も無い事である。
実質的に、彼女達は『ダグラス・トール殺害の実行犯』として社会的に抹殺され、『亡霊』としてホーキンスの密命を受けているので命が助けられているというのは、あながち間違いではない。
そして、そんな可哀想な彼等の密命とは、
「だいたい、人相書きなんぞで探し出せるもんかい?」
彼女達が街を放り出された時に、武器や食料その他諸々として渡されたものの中に、この人相書きがあった。
人相書きの人物の名前はダグラス・トール。
『帝国』では、彼女達と同じく社会的に抹殺されてしまった、ダグラスの人相書きであった。
最初、彼女達もこの人相書きを見た時には大いに戸惑ったものだ。しかし、密命を受けてしまった以上どうしようも無い上に、ホーキンスからは『保護観察期間内(密命を受けている期間)に一度でも連絡が途絶えた場合は、国家全土に指名手配をしてその場で処刑命令をだすぞ』と、おおよそにっこりと微笑みながら言われたとは思えない科白を聞いてしまったからには、逃げ出すことも満足に出来ない。
実はこの脅しも半分は冗談でしかないのだが、それは彼女達には預かり知らぬところだ。
彼女達は、実はこのダグラスが何らかの理由があって失踪、もしくは逃亡しているから連れ戻せ、という事だろうと見当を付けられたのは、僥倖ではあったものだが。
とまぁ、そんなお家問題も絡んだ傍迷惑な密命を受けてしまった二人は、一路大草原を抜けてこの街へとやって来た次第である。
「バイパー…腹減ったあ」
「…しょうがないね…」
モルボルは、既に前屈気味に腹を押さえて、うるさい腹の虫を轟かせていた。
歩きで10日も掛かった道中、食料は8日分あるにはあったのだが、それは成人男性の場合である。モルボルは成人男性の裕に二倍はあろうかという体躯を誇っているので、必然的に食料が足りなくなってしまった。
それでも、専門が『人狩』であった彼女達もそれなりに魔物を狩る事は出来たが、肝心なのは、彼女達が魔物を捌く知識も技術も持っていなかった事だ。
おかげでモルボルが食ってはいけない部分まで食って腹を下してしまい、二日分ロスしてしまった為10日目の夜に到着したという事になる。
勿論バイパーも腹が減っているのは変わらないし、次の街までは今度は倍以上掛かる事も知っている為、まずは腹ごしらえと食料の補給をするしかない。
未だ瓦礫の散乱した大通りをわき道に逸れて、彼女達が入ったのは裏通り。
大通りに軒を連ねた街にある飲食店よりも、彼女達はこちらの裏路地の独特の雰囲気をしている飲食店や酒場の方が性に合っている。
彼女達は諸国を『犯罪者ギルド』として動き回っていたおかげで、こういった裏路地や酒場の立地も詳しく、まず第一に情報が手っ取り早く手に入るのは、こうした裏通りの薄暗い飲み屋街であると相場は決まっているし、どのみちその通りである。
かくして立地にも詳しい二人組が、情報を求めて暖簾をくぐったのは、既にある意味常連となりつつある酒場、その名も『トープ』であった。
「あら、いらっしゃい!今回は随分間が開いたわねぇ!!」
出迎えたのは、この酒場の主人であった。主人の低いながらも鼻に掛かるような猫なで声が店内に響く。
店内には未だまばらに人が入っているのは、一重にこの主人の飯の腕を見込んでであるだろうが、その主人はといえばこの裏通りではある意味名物の男だった。
顔にはけばけばしい化粧を施して、厚塗りのファンデーションによって骨格すら分からなくなっている。
小太りの身体をド派手な色と露出と装飾の付いたドレスで包み込んで、これまたド派手な色のハイヒールをかつかつと鳴らしている音だけは小気味良いが、全体で見ると大変気味の悪い女装趣味の主人あった。
以前、話を聞きに来た『旅商人』の青年と『ハンター』姿の青年が思い出しては顔をしかめる程の容貌の持ち主であり、女でも男でも顔さえ良ければお持ち帰りをしてしまうという迷惑な性癖の酒場の主人とは、勿論この男の事だ。
そんな特殊な性癖を持った女装主人の姿を見ても、バイパーとモルボルは一向に気にせず酒場のカウンターへと颯爽と脚を進めた。用は慣れである。
「ああ、少し立て込んだもんでね。ビルスナー二つとおつまみセット!」
「オレ、肉!!肉!!」
「アンタ達も大変ねぇ」
万人が気持ち悪いという声で笑う声もなんのその。バイパーはとっとと注文を済ませて、早速情報収集に取り掛かった。
「今は人探しを受けていてねぇ」
「あらん?こういう酒場に来るって事は、ちょっと訳ありかしらん?」
「そういう事さね」
人相書きを酒場の主人の目の前に突き出したバイパー。
彼女達は情報の一つでもあれば、儲け物としか考えていなかったのだが、この酒場に来たのはある意味正解であり、こういった裏通りの酒場であれば情報が集まるという彼女達の勘は見事当たっていた。
「こんな良い男、一度見たら忘れないわよぉ!!」
「知ってるのかい!?」
「そりゃあもう!!」
この時、この瞬間ほどバイパーは、この気持ち悪い様相の酒場の主人を女神と思った事などないだろう。
しかし、
「情報はあるにはあるけどねぇ…」
と、主人が少し目線を逸らして、情報を出し渋る。
こういう時の交渉はバイパーも知っている。
たとえ、以前襲撃を企てて酷い眼にあった『アイアン』のマスターには通用しなくても、情報を聞き出す為にはなんでも出来るのが、彼女が『赤蝮』と呼ばれていた所以である。
「オススメグリルセットを追加!」
「まいど~!!」
つまりは、食事の追加オーダーの催促である。
そうして、嬉々としておつまみセットの準備を終えた酒場の主人が、ビルスナーと一緒にカウンターへと押し出した。こんがりキツネ色のほかほかのポテトは揚げたてで湯気を立て、丸々としたソーセージが油でテカテカと光っている。
ビルスナーも丁度良い泡加減で、グラスも中身もキンキンに冷やされていて喉をカラッと潤してくれた。
大皿に盛られたその食欲をそそる香りに、いつ来てもここの料理は美味いと分かっているバイパーが迷わずフォークをソーセージに突き刺して、口いっぱいに頬ぼった。
お次は肉!肉!とカウンターで涎を垂らして待っているモルボルのオーダー、プレーリーウーシーのがっつり骨付き肉をオーブンで焼き上げて、その間にオススメグリルセットのプビックの下ごしらえをしている主人は鼻歌混じりだ。
「10日ぐらい前なんだけどねぇ?実はこの街、魔物の大行進と『ギガ』級魔物の襲来があったのよ」
「なっ!!『ギガ』級魔物が現れたのかい!?」
「そうよぉ?あの時はあたしも怖かったわあ!!」
「それで街が瓦礫だった訳かい。にしては、被害がちょいと少なすぎないかい?」
バイパーの言うところはもっともである。
彼女は『ギガ』級魔物が襲来した街の様子を見た事もあるし、そのほとんどが壊滅状態であった事も知っている。
しかし、魔物の大行進とは一体なんだろうか、と頭を悩ませつつもマスターの次の言葉を待っていると、
「聞きたいのぉ?」
と、二度目の催促要求である。
彼女は財布の中身を確認しつつも、
「ビルスナー2本追加!」
「まいどぉ~!!その夜に丁度街にいた『ハンター』の二人組と、『旅商人』がとんでもない腕利きだったのよぉ!!あの時はあたしも、ときめいて濡れちゃったわぁ!!」
恍惚とした表情で小太りの腹まわりをくねらせた姿はいっそ悪夢であるが、酒場の主人は華麗な手付きでビルスナーの完璧な泡を完成させて、もう一度カウンターへと押しやった。
そして、バイパーはといえば思わず自分の耳を疑った。
『軍』が一戸から三戸師団を投入しても討伐できるか出来ないかの『ギガ』級魔物を、たった三人で退けたなんて話しは聞いたこともなかったからだ。
「いくら腕利きの『ハンター』だとしても、たった二人…しかも一人は『旅商人』だってぇ?信じられないねぇ!」
「あらん?それなら良いのよ?ここで話をおしまいにしちゃっても!!」
酒場の主人が厚塗りの化粧の頬をぷくりと片側だけ膨らませた。
この主人の気色悪い反応には思わずバイパーも、一瞬飲んでいたビルスナーを吐き出しそうになったが、情報を聞きださなければいけない手前、なんとか堪えた。ここで、酒場の主人の機嫌を損ねてせっかくの情報を不意にする訳にはいかないのだ。
「分かった、分かった!信じるよ!ベニソン焼肉セットも追加!これでどうだ!」
「まいどぉ~!!」
酒場の主人の機嫌を損ねないために、駄目押しのオーダー追加でなんとか乗り切り、バイパーは半ば辟易としながらもビルスナーを一気飲みした。
そんなバイパーを尻目に酒場の主人は、焼きあがったプレーリーウーシーのがっつり骨付き肉を熱々の鉄板に乗せてカウンターに押しやり、モルボルへの餌付けも忘れない。
「その時の『ハンター』の男の人、この人なのよぉ!!もう、強くて格好よくてその癖、『ギガ』級魔物を討伐した勲章を口外しないでくれなんて、なんて謙虚!!なんていい男かしらぁん!!」
しっかりちゃっかり口外してしまっている酒場の店主を他所に、ここでようやくバイパーは合点がいった。
なるほど、口外されると数十年前の『ギガ』級魔物討伐の最低人数の記録を更新してしまう事になる挙句、一緒に旅をしている『旅商人』の一行でもある事もバレてしまえば、この街に『ハンター』姿に扮装してまで紛れ込んだ意味がなくなる。だからこそ、口外をしないようにと街の人間に伝えていったのであろう。
その酒場の主人は腰をフリフリ、恍惚な表情で『ハンター』姿だったというダグラスの姿を思い出しているようだが、『旅商人』の青年が提案した取引と言う名の作戦が裏目に出てしまった状態だ。
彼が緘口令を敷いたのは他でも無い、街の人々でもある商人達だ。実際、その場にいた多くは商人達であったからこそ、彼は情報の露呈は少ないと考えた訳ではあるのだが、ここで一つの落とし穴。
逃げ出していた街の人間の中にはこうして情報を集めては提示している裏通りの人間達やこの酒場の主人も混ざっていた訳で、かくいう彼等は商人ではなくあくまで経営者でしかない。
『軍』からの緘口令となれば話は別だがそんな彼等の中で酒の肴に出る分には問題ない。それと同時に、こうして裏社会の人間とも通じて情報を提示している人間からしてみれば、守る通りもないのだ。
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誤字脱字乱文等失礼致します。