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サウンドレスガーデン~あたしと子猫の世界旅行~  作者: 瑠璃色唐辛子
出会い編
3/231

第3話 ザエル・ウル・ロー

とんでもなく時間ギリギリ。


2015年8月12日改稿

****



 『商業ギルド』所属、ザエル・ウル・ロー。


 彼とは、父さんが死んだ時の縁がきっかけで知り合った。

 そして、その後2年間、後見人としてお世話になった。


 10歳ぐらいから12歳ぐらいまでの少しの間。

 彼とて子どものようなものだった。

 それでも、彼はあたしの後見人になる事を選んだらしい。

 だが、面倒を見てもらっていたのだ。

 感謝している。


 その時は、旅商人に成り立てだったらしい彼。

 20歳だったという、あの時。


 遊びたい盛りだっただろうに。

 あたしを厭わず、育てようとしてくれた彼。

 お互い、傷を舐めあうようにして生活をしていた。


 正直、どっちが子供か分からなかった気もするが。


 そんな彼も、今ではこの街で旅商人の顔役だなんて言われている。

 少し、鼻が高くなる。

 あたしは、そんな彼と既知の仲なのだ。


 ザエル・ウル・ローといえば、この街で知らない人間はいないかもしれない。


 顔も良く、顔役だなんて言われている商才は伊達じゃない。

 腕も確かだ。


 あたしは勿論、『ハンター』のほとんどが、彼に商材や武具の調達を委託している。

 たまに、ブッキングする。

 それも、彼にとっては商戦らしい。


 素晴らしい口八丁手八丁で乗り切った。

 今では、そのブッキング対象がどちらもお得意様らしい。

 なんて、商魂逞しいのやら。


 そんな彼、ザエルがあたしの家に突然現れた。


 いつもは屈託の無い笑顔を貼り付けているはずの表情。

 それを、とても険しいものに崩している。


 そしてその険しい表情を向けている目線の先。

 見ているのは、ベッドの中ですやすやと寝息を立てているシャロンだった。


「駄目だ、キウイ」

「そのキウイって呼び名をそろそろ止めろ。何が駄目なんだ?」

「キウイは何歳になってもキウイだろ?あの子を育てるのは、お前には無理だって言ってんの」

「キウイは何年も経てばそのうち腐るわ馬鹿者。無理でもなんでも、責任は取らなきゃならない」


 キウイの話からそろそろ離れるべきだ。

 あたしは、キーリエルだ。

 キウイではない。


 そんな揶揄も含めた言い合いは、お手の物。


 こっちだって、伊達に彼と8年か9年。

 どちらかは忘れてしまっているものの、それなりに長く付き合っている。

 惰性で一緒にいる訳ではないのだ。

 濁したとか言うな。


 ずずず、とちょっとマナーは悪いけど苦々しげに啜った紅茶。

 気持ちと一緒で、苦かった。


 しかし、お茶請けに出したクッキーは甘い。


 一口齧って驚いたザエルが不思議そうな顔をしている。

 そんな彼の表情を横目に、どことなく視線を彷徨わせいてた。


 あたしはザエルをまっすぐに見ることが出来ないまま。

 行儀が悪いとは知りつつも、片腕を椅子の背もたれに引っ掛けている。


 ザエルとシャロンを交互に見るのも疲れて、先ほどと同じように紅茶を啜る。


 しかし、やはり苦かった。

 物理的にではなく精神的に。


「このクッキー、どこの?」

「あたしの」

「え、嘘!?アンタ、お菓子なんて作れたの!?」

「この上なく失礼だな!あたしを何だと思ってんだ?」

「え?『戦闘狂』(バーサーカー)…いでっ!」


 久しく使っていなかった豪腕を、手刀で披露してやることにした。

 誰が、『戦闘狂』か。


 そして、人を『戦闘狂』なんぞと抜かしておいて、何を美味しくクッキーを齧っているのか。


 元々、これはシャロンのオヤツだ。

 ザエルに出すのは勿体無かったかもしれない。


 そう思いながら、未だにクッキーを摘もうとしている手を叩き落とした。


「そもそも、なんで子どもなんて拾っちゃった訳?まさかとは思ってたけど、この間路地裏で『何かを抱えて全力疾走してたハンター』って、もしかしてキウイじゃないよね?」

「覚えが………あるな」

「嘘でしょ!?マジで信じらんない!!どこから浚ってきた訳!?」

「違う、浚ったんじゃない!!」


 ばん、と両手を叩きつけたテーブル。

 卓上のカップが揺れた。


「だったら、なんで目撃者の証言が『鬼気迫ってた』なんてことになる訳?『アイアン』のマスターも見てたらしいけど?」

「…っう、ぐ…マスターに見られてたんじゃ、どんな噂になってるか分かりはしないじゃないか」

「だから、その噂の真偽を聞いてるンじゃない!」


 ザエルが睨むようにしてあたしを指差している。

 だが、真偽も何も無い。


 さっきあたしが、彼に説明させてもらったとおりだ。


 誰も寄り付かないような路地裏の奥で、蹲っていた子どもを拾った。

 今にも死にかけていた彼を看病して、生きながらえさせた。

 そして、半年以上もの間、託児所にも預けることもせずに面倒を見続けている。

 今では、その子を自身の子どもとして認識している。


 簡潔ではあるが、それだけである。

 それ以外、言う事も無い。


 シャロンの可愛さならば、それこそ一晩では語りつくせそうに無いほどあるものの、


「あの子は、死に掛けてた。あんな路地裏の奥にいたんじゃ、次の日には死体だったかもしれないんだぞ?」

「だからって、まだ年端も過ぎてないキウイが子どもなんて育てられるかってんの!」

「そ、そんなものやってみなくちゃ…!」

「ギルドのお遣いとは違うんだよ、お馬鹿!!」


 ザエルの怒鳴り声。

 それに触発されて、あたしも大きな声を張り上げる。


 狭い部屋に怒鳴り声が反響する。

 聴力が優れているあたしには、少し耳に痛い。


 それと同時。

 部屋の中に、布擦れの音がかすかに響いた。


 シャロンがベッドで眠っているのを、失念していた。

 起こしてしまったか。と、背後のベッドを勢い良く振り返る。


 だが、どうやらあの子が寝返りを打っただけらしい。

 怒鳴り声には、起きなくてもむずがってしまったのだろう。


 あたしの視線の先は、シャロンに向いていた。

 だから、見えなかった。


 そんなあたしの焦った様子に、ザエルが驚いているなんて。


 一瞬沸騰しかけた脳みそ。

 喉元過ぎればなんとやらだ。

 背後を振り返り見てシャロンが寝ているところを確認すると、一気に冷静にはなる。


 何をしているんだ、情けない。

 いちいちザエル程度に怒鳴り返しているようでは、子どもを育てるなんて出来る訳が無い。

 彼に、無理と言われても仕方ないじゃないか。


 冷静になったと同時に、冷えた思考。


 溜め息を荒々しくも吐き出して、椅子に座りなおす。

 そうして、見据えた先。


 ザエルは、今まで見たことが無いような険しい表情をしていた。


「今は、子どもだ。確かに良いさ。でも大きくなっていくに連れて出費は嵩むよ?」

「分かっている」

「分かってるならなんでまだ手元に置いてる訳?『軍』系列で、育児施設が『イーストエリア』にあったはずだよ?」

「…喋れないんだ、あの子」

「えっ…ちょ、…はぁ?」


 ザエルの表情が、一変した。

 険しいものから、途端に同情するかのようなもの変わる。


 ここだけは少し気になってしまうだろう。

 あたしだって、これが無ければ託児所に預けるつもりではいたのだ。

 

 普通、子どもというものは、騒がしいものだろう。


 喋って、笑って、泣いて、叫んで。

 玩具か怪獣みたい。

 そんな気の向くままに遊んでいるようなものだと、あたしは認識していた。


 静かな子と言っても、大人しい子を差すのでは無いだろうか。

 それも、限度があるだろうし、そもそも有り得ない。


 あの子は、産まれ付きかどうかは知らないが、喋れない。

 その上、


「なんだか、最初の時は酷く弱ってたけど、変に緊張してたようにも見えるんだよ。警戒っていうレベルじゃなく、怯えてる感じ。見てるコッチが感じるぐらい」

「喋れない理由と何か関係があるとでも?」

「それも考えたし、疑ってはいる。いつか聞いておかなきゃいけないけど、少なくとも今すぐに掘り返す必要なんて無いだろう?」


 子どもが怯える理由。

 そんな理由なんて、たかが知れている。


 考えつくのは、戦争孤児や虐待。

 もしくは、人攫い。


 ましてや、あれだけ可愛いシャロンだ。

 無粋で、なおかつ下品な考えではあっても、『何か』されなかっただろうか、と不安になる。


 だが、未だに聞けないでいる理由は、一つ。


「シャロンをもう怯えさせてやりたくない」

「だ、だからって…」


 この子は、怖がっていた。

 当初は、あたしの事すら警戒していたのだ。


 その時の、怯えたシャロンの瞳。

 今でも、あたしは鮮明に思い出せる。


 これは、ザエルにしては珍しく言い淀んでいる。

 良い兆候だ、とあたしは思った。


 ザエルという青年は基本的にタフだ。


 余りある商才は勿論、それを言葉に表現する巧みな話術。

 自身の能力のみで、不動の地位を築く敏腕『商売人』。

 その実、凄まじい精神力の持ち主。

 話術であれば右に出るものがいない。


 ただし彼の唯一の欠点は、説教魔である事。

 あたしの場合は、馬に念仏程度ではあるのだが、それはもういつもの商魂逞しい様からは想像も出来ない程の説教魔だ。

 しかし、これは余談としよう。


 思い出すと、座りが悪くなる事ばかりだからだ。


 ただ、あたしですら彼と口論をするともなれば、8年間負け越している。

 それどころか、勝った事が無かった気がする。


 理論も正論も然ることながら、駆け引きなんて料理の片手間でもお手の物。

 なんだったら、『ザウルス』系統か『モブ』系統を相手にしながらでも出来るかもしれない。


 ちなみに、前述の『ザウルス』系統はリザードや、竜の総称。

 『モブ』系統というのは一体では脅威とも言えない癖に繁殖力が凄まじく、討伐がこの上なく面倒くさい類の魔物の総称を指す。

 たまにアクティブ系ではない、ミニマム(小さなウサギみたいな魔物)や、フルフル(こっちは狐みたいな魔物)が市場で愛玩動物の類として並んでいる。


 話が逸れた。


 横道に逸れた話は、さておいて。


 口論ではあたしに白星をとり続けている彼。

 そんな彼が珍しく、言い淀んでいる。

 本当に、珍しい(大事な事なので二回?ん、三回か?言った)姿のザエル。


 チラリと上目で伺ってみる。


「…そんな目で見ても駄目なものは駄目だよ?」


 眼が合ってしまった。

 そして、素っ気無く切り捨てられた。 


 まるで哀愁を含んだような彼の眼。

 それが一瞬にして引き締められた。


 そんな眼、というのはあたしが彼を見つめていた眼の事だろうか。

 正直、どんな眼をしていたのか、分からない。


 気になる。

 けど、今気にするべきはそこではない。


 その前にしていたザエルの眼だ。

 そんな彼の眼が、あたしにはどうにも、あの子を嫌っているようには見えなかった。


「(駄目って言っておきながら、ちょいちょいシャロンが気になってるみたいじゃないか)」


 ふい、と振り返った先の、ベッドに眠っているシャロン。

 ザエルも、同じものを見ているのだろう。


 ふくふくな頬や、つやつやでさわり心地の良い髪。

 日当たりがあまり良くない部屋の中でも、天使にも似た彼がベッドに寝ているだけで、その部分だけがまるで絵画のように切り取られて見えた。


 いっそ、荘厳な風景だ。

 タイトルをつけるなら『天使の寝顔』とでもつけようか。


 もう一度、ザエルを伺い見てみる。


 今度は、本当にこちらの目線に気付いていないのだろう。

 ザエルの眼からは、いっそ無防備な程に感情が読み取れた。


 哀愁ともいえない、遠くを見つめるような瞳。

 羨望にも似た眼。


 覗き込めば、きっと悲しげに揺れているだろう。


「(…ああ、そういえば。…コイツも、確か…子供の頃に親が死んでるんだっけ)」


 自分と似た境遇。


 彼が旅商人になったのは、拾ってくれた先の家族が旅商人だったから。


 なんて、幸運だろう。

 その才能からしてみれば運が良いにも程がある昔話。


 その生い立ちを、酒に酔った勢いで話してくれたのはいつだったか。

 生憎と、記憶は定かでは無い。

 あたしも、あの時は酔っていた。


 彼はシャロンに、誰を重ね合わせているのだろうか。


 問いただす事は出来る。

 だが、きっと問い質したとしても、はぐらかされるだけだ。

 ザエルという人間を知っていれば、手に取るように分かる。


 だからこそ、あたしは問いただす事はしなかった。

 代わりに、


「誰になんと言われようと、あたしの気持ちは変わらない」

「…ッ…」


 息を詰めたザエル。

 本当に、珍しい。


 彼が、ここまで感情が露になるなんて。


 彼を問いただす事はしない代わり。

 気持ちを言わない彼へとあたしの気持ちをぶつける。


「あたしは、あの子を拾った。最後まで責任を持たなきゃいけない」

「…それが、どんなに大変でも?」

「ああ。どんなに苦しくても良い。あの子が笑って暮らせるなら」

「………」


 本心と、建前。

 ずるい、と思いつつも。


 あたしは、本気だ。

 それを、彼を前に宣言した。


 黙り込んだザエルを見て、内心では本気で歓喜する。


 初めて彼に勝ったような満足感。

 少しだけ、胸が疼いた。


 だが、その満足感は、おくびにも表情かおには出せない。

 怯えている訳では無い。

 だが、今の彼はすこぶる虫の居所が悪い。

 機嫌も急降下している事だろう。


 そんな彼に、今の気持ちを悟られようものなら、怒涛の言葉攻め(表現が卑猥に聞こえるが)を受ける。

 もとい、正論を吐き出されることは間違いない。

 そうして、あたしをコテンパンにしてくる事だろう。


 つくづく、面倒なことだ。

 口撃対象には、出来ればなりたくない。


 なので、2人で、睨み合うだけとなった。


 事の発端は確かにシャロンではあっても、あの子のせいではない。

 それだけを目線に込める。


 あわよくば、彼を引き取ったまま生活をさせて欲しい。

 協力して欲しい。

 

 あたしとザエルが睨み合う事数分。


 殺伐とした空気すら感じる室内で、時間だけが過ぎていく。


 これが、『ハンター』の仕事の一つである、討伐なら、まだ面倒も楽しめるというのに。

 厄介な事である。



***

誤字脱字乱文等失礼致します。

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